先の大戦で戦死した香川県出身の松江寿男さんの遺品の日章旗が、74年ぶりに兵庫県上郡町に住む長男、実男さん(78)のもとに返還された。戦地から日章旗を持ち帰った元米兵の孫娘から託され、遺族を捜していた青森県むつ市職員の高島慎吾さん(33)が日本遺族会に相談し、実男さんを見つけ出した。
返還された日章旗は縦70センチ、横95センチ。「祈武運長久」の文字のほか、約40人分の名前が筆で書き込まれている。日章旗には寿男さんの義弟の名前もあることから、出征の際に家族から贈られたものとみられる。
寿男さんは36歳だった昭和20年4月、フィリピンのルソン島で戦死した。日章旗は平成18年から30年まで国際交流員としてむつ市に滞在していた米国出身のエイミー・ミラーさん(32)の祖父の元米兵が大切に保管。祖父の死後、ミラーさんが管理して持ち主の遺族を捜していた。
ミラーさんが帰国する際に、遺族捜しは高島さんに託された。高島さんは松江姓が香川県に多いことなどを突き止め、同県丸亀市役所などを訪ねたが、遺族は発見できなかった。その後、知人を通じて日本遺族会に相談し先月、上郡町に長男の実男さんがいることを突き止めた。
上郡町役場で高島さんから日章旗を渡された実男さんは「父の遺留品が何も残っていなかったので感無量」と感謝の言葉を述べ、高島さんは「日章旗を託されてから、5年間の思いが結実してほっとした」と話していた。
沖縄戦の日章旗、74年ぶり遺族に返る 「バンザイ・クリフ」で戦死 米兵が保管
74年ぶり日章旗返る 太平洋戦争の遺族へ
太平洋戦争末期にソロモン諸島で戦死した和歌山県みなべ町筋出身の小谷幸一さん(享年33)の遺留品である日章旗が30日、米国の団体や日本遺族会を通じて、74年ぶりに遺族の同町筋、小谷一美さん(71)の元に返った。日の丸を囲むようにびっしりと並ぶ寄せ書きが命の尊さを訴える。
幸一さんは一美さんの父の弟。1945年3月3日、ソロモン諸島ブーゲンビル島で戦死した。一美さんは幸一さんについて亡父からは、戦死したということ以外に話は聞いたことがなかったという。
今回、戦争で連合軍兵士が持ち帰った旗の日本の遺族への返還や平和啓発をする非営利団体「OBON SOCIETY」(米国オレゴン州)から、幸一さんの日章旗の遺族を探す依頼が日本遺族会にあり、返還に至った。
30日は同町芝の町役場町長室で、小谷芳正町長立ち会いのもと、日本遺族会理事で県と日高郡遺族連合会の会長を務める杉本正博さん(75)が、一美さんに渡した。
旗は絹製で縦約70センチ、横約1メートル。「祝小谷幸一君入営」と書かれ、大佐や大尉、中尉、少尉などさまざまな階級の人の名前が並んでいる。「徹心開運」「忠誠」「武運長久」といった文字もある。
太平洋戦争末期にソロモン諸島で戦死した和歌山県みなべ町筋出身の小谷幸一さん(享年33)の遺留品である日章旗が30日、米国の団体や日本遺族会を通じて、74年ぶりに遺族の同町筋、小谷一美さん(71)の元に返った。日の丸を囲むようにびっしりと並ぶ寄せ書きが命の尊さを訴える。
幸一さんは一美さんの父の弟。1945年3月3日、ソロモン諸島ブーゲンビル島で戦死した。一美さんは幸一さんについて亡父からは、戦死したということ以外に話は聞いたことがなかったという。
今回、戦争で連合軍兵士が持ち帰った旗の日本の遺族への返還や平和啓発をする非営利団体「OBON SOCIETY」(米国オレゴン州)から、幸一さんの日章旗の遺族を探す依頼が日本遺族会にあり、返還に至った。
30日は同町芝の町役場町長室で、小谷芳正町長立ち会いのもと、日本遺族会理事で県と日高郡遺族連合会の会長を務める杉本正博さん(75)が、一美さんに渡した。
旗は絹製で縦約70センチ、横約1メートル。「祝小谷幸一君入営」と書かれ、大佐や大尉、中尉、少尉などさまざまな階級の人の名前が並んでいる。「徹心開運」「忠誠」「武運長久」といった文字もある。










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