奇跡のような逆転劇だった。新横綱として果たした稀勢の里の優勝は、角界の枠を超えて今後長く語り継がれるだろう。
平成13年夏場所千秋楽に右膝負傷を抱えたまま強行出場し、武蔵丸に本割で負け、優勝決定戦で勝って優勝した貴乃花のように。
休場してもおかしくないけがを抱える過酷な状況は酷似していた。異なるのは、賜杯を抱くために稀勢の里は2番勝たなければいけなかったことだ。不屈の魂が逆境をはね返した。
「今晩来てくれませんか」トレーナー、千葉から大阪へ
春場所14日目の25日。左肩付近に負ったけがを押して出た横綱鶴竜戦は何もできずに敗れた。周囲が「千秋楽は土俵に立てるのか」と心配したほど。本人は違った。
会場から引き揚げた直後の午後6時45分頃。トレーナーを務める理学療法士の国藤茂氏(42)に電話をかけた。「今晩来てくれませんか?」
千葉市内にいた国藤氏は家族と食事へ向かおうとした矢先だったが、すぐに大阪へ向かった。「勝負を諦めていたら、自分を呼ぶことはないでしょうから」
大阪市港区の田子ノ浦部屋宿舎で午後11時半から約2時間施術を受け、同伴していた医師が痛み止めの注射を左胸などに打った。
千秋楽の26日は朝稽古後、珍しく報道陣の取材に応ぜず。弱みは見せたくなかった。再びトレーナーの施術を約1時間受けて会場へ。治療の詳細は部屋関係者にもほとんど明かさなかった。
「自分のために苦労して入場券買った人がいる」
決して軽くないけがを悪化させれば今後の土俵人生に影響を及ぼす恐れもあるが、迷わず最後まで出続けることを選択。後援者にその理由を語っていた。
「自分のために苦労して入場券を買ってくれた人がいる。新横綱を楽しみに来てくれる方も多いんだ」
今場所は19年ぶりの日本出身新横綱として土俵に上がっていた。優勝争いどうこうよりも、まずそこに己がいなければならない責任を強く感じていた。
出るからには勝利を求められる。だから千秋楽はこれまでほとんどしたことのない立ち合い変化を見せた。優勝決定戦では捨て身の小手投げ。目の前の白星を求める執念がなせる技だった。
土俵下で止まらぬ涙…最高の結末
賜杯を受け取る前の土俵下。「君が代」を斉唱しながら、涙が止まらなかった。「これは自分一人の力じゃない」。周囲への感謝を忘れず、必死に15日間を闘ってきた先に最高の結末が待っていた。
自らを一人前に育ててくれた今は亡き先代師匠の鳴戸親方(元横綱隆の里)が昭和58年秋場所で成し遂げたのと同じ新横綱優勝だ。(藤原翔)
【大相撲春場所】土俵人生懸けた自覚と執念、奇跡生む 稀勢の里「自分一人の力じゃない」