2日に始動した第4次安倍晋三改造内閣の外交は、北方領土問題の解決と日露平和条約締結交渉が正念場を迎える。
ただ、戦争の結果、奪われた領土を取り戻すことが非常に困難であることは歴史の要諦だ。戦後70年以上、日露双方が自国の主権を譲らないまま、ロシアの実効支配が続く北方領土問題にケリをつけることはできるのか。
谷内正太郎国家安全保障局長は4日、ロシアのパトルシェフ安全保障会議書記と都内で会談し、安全保障分野での日露協力のほか、北朝鮮を含む国際情勢についても意見交換した。
関係者は「これまでの会談で一番柔らかい雰囲気だった」と振り返る。
3日から5日には北方領土での共同経済活動に関する日本の官民調査団が択捉、国後の両島を訪問した。日露両政府が9月に合意した海産物の養殖、温室野菜栽培、観光、風力発電、ゴミ減容の5分野の事業化に向け、ロシア側関係者と「いい議論を行った」(外務省幹部)という。
“爆弾発言”の衝撃
日本政府が日露協議の好調ぶりをアピールするのは、プーチン露大統領の“爆弾”発言後の影響を考慮してのことかもしれない。
9月12日、ロシア極東ウラジオストクで行われた東方経済フォーラムで、プーチン氏は突然、「今、思いついたこと」とした上で、一切の前提条件なしに年内の平和条約締結を提案した。思いつきのアイデアだとする一方で、「ジョークではない」とも述べた。
安倍首相(64)は直前に演説を終え、フォーラムに出席していた中国の習近平国家主席、韓国の李洛淵(イナギョン)首相、モンゴルのバトトルガ大統領と並んで着席し、プーチン氏の提案を聞いていたが、発言直後の表情に変化はないようにみえた。
一方で、フォーラムの終了間際で退席しようとしていた来場者はプーチン氏の発言に足を止め、会場はどよめき、大きな拍手がわいた。
記者は広い会場のほぼ真ん中辺りで各国首脳のスピーチを聞き、メモをとっていたが、一瞬、プーチン氏が何を話したのかがわからなかった。
記者はこれまで日露外交を取材してきたが、正直、プーチン氏の発言は全くの想定外で、完全な不意打ちだった。
「プーチン氏の(問題解決への)決意の表れだ」
プーチン氏の発言直後、外務省幹部はこう強がったが、その表情は堅いままだった。別の幹部も「プーチン氏の真意はプーチン氏にしかわからない」と戸惑いを隠さなかった。
日本に衝撃が走ったのは、発言が「ちゃぶ台返し」にみえたためだ。安倍首相はこれまでプーチン氏と計22回もの会談を行ってきた。
プーチン氏は国内で反勢力を押さえ込み、国際社会ではウクライナ南部クリミア半島の一方的な併合など強硬姿勢が目立つ。
そのプーチン氏が安倍首相の招待に応え、平成28年に安倍首相の故郷である山口県長門市の小ぢんまりとした温泉旅館にまで足を運んだことは、日露の良好な関係を強く印象づけた。
その中で、プーチン氏は日本人が政治的にも国民感情としても受け入れることができないと知りながら、領土問題を棚上げしようと公然と言い放った。
安倍首相とプーチン氏の信頼関係は、少なくとも日本の政府や国民が考えているほどではなかったのではないか-。プーチン氏の発言は日本の期待感に冷や水を浴びせた。
外交の冷徹さや「本当に恐ろしい国」(外交筋)であるロシアとの領土交渉の難しさを改めて思い知ることにもなった。
習氏意識した発言か
ある外交筋は、プーチン発言のタイミングに着目し「中国の習氏を意識したのかもしれない」と推測する。
中露は9月、共同で軍事演習を行ったほか、東方経済フォーラムの開催中、プーチン氏と習氏がともにエプロン姿でロシア風クレープ「ブリヌイ」を焼いて食べるなど、最近は蜜月ぶりが際立つ。
一方で、中国は巨大経済圏構想「一帯一路」の一環として北極海を経由する「氷上シルクロード」の建設を進めようとしており、中国はロシアにとって脅威になりつつある。
プーチン氏はかつて、旧ソ連時代の1960年代から続いた中ソ国境紛争が、2004年に中国と国境画定で合意したことについて「中露関係が戦略的なパートナーシップ関係に到達していたからだ」と述べている。
この文脈でいえば、今の日露関係は中露ほどではないが、プーチン氏の発言が日本との条約締結への決意の表れだとすれば、日本重視の姿勢をあえてアピールしたとも読める。
米国の同盟国であり、経済大国の日本と平和条約を締結することは、対中牽制(けんせい)の有力なカードとなるためだ。
日露両政府は、プーチン氏の発言を今後の交渉のテーブルには乗せないことを確認している。安倍首相は「11月から12月の首脳会談が大事だ」とも指摘した。
安倍首相が提案した「新しいアプローチ」をプーチン氏は受け入れ、通訳だけを同席させる1対1の会談を重ねてきた両首脳。最大の懸案である北方領土問題を解決し、安全保障分野も含めた新たな関係を築こうとしているのは間違いないだろう。
安倍首相の任期は最大でも残り3年。北方四島の元島民の平均年齢は83歳だ。「戦後外交の総決算」を果たせるかは両首脳の知恵と決断にかかっている。
日露交渉について幅広い国民の理解を得るためには、交渉経緯や狙いを日頃から丁寧に説明する努力が欠かせない。