周庭氏(藤本欣也撮影)
香港紙、蘋果(ひんか)日報の創業者で、香港国家安全維持法(国安法)違反の罪などで起訴された黎智英(れい・ちえい)=ジミー・ライ=氏(72)の保釈をめぐり、香港終審法院(最高裁)が下した異例の判断が波紋を広げている。
国安法案件の保釈は「通常よりハードルが高い」と認定したことで、同案件での被告の保釈が一層困難になった。
また、「香港の裁判所は国安法を司法審査できない」と国安法の不可侵性を事実上認め、「最高裁は(中国当局に)降伏した」(香港大法学部講師)と失望の声が上がっている。(藤本欣也)
■高裁は保釈認めるも…
黎氏が罪に問われているのは、国安法の「海外勢力と結託し国家の安全に危害を加える罪」など。
昨年12月に収監された黎氏の保釈申請に対し、高等法院(高裁)は同23日、保釈金1千万香港ドル(約1億3600万円)を担保に、(1)外国政府関係者と接触しない(2)ツイッターなどソーシャルメディアに投稿しない(3)自宅にとどまり、警察に週3回出頭する-などの条件付きで保釈を認めた。
国安法は42条で「(被告が)引き続き国家の安全を害する行為を実施することはないと信じるに足る十分な理由がなければ、裁判官は保釈を認めてはならない」と規定している。
高裁は、厳しい保釈条件を付けたことで、被告が再犯しないと信じるに足る-と判断したといえる。
保釈とは、「刑事裁判で有罪が確定するまでは無罪として扱わなければならない」とする推定無罪の原則に基づく制度。かつて英領だった香港では保釈が認められやすい。
高裁の決定に驚いたのが中国・香港当局だ。中国共産党は黎氏を香港における反中勢力の黒幕とみなしている。党機関紙、人民日報が激しく反発する中、香港当局は最高裁に上訴。最高裁長官を含む5人の判事は今月9日、当局の主張を認め、国安法案件では「通常の保釈の原則」は適用されないなどとして、高裁決定を取り消した。
5人は、香港政府トップの林鄭月娥(りんてい・げつが)行政長官に任命された国安法案件担当の裁判官たちでもある。焦点の国安法42条については「高裁が解釈を誤った」と認定し、(1)まず、被告が再び国家の安全を害する行為をしない十分な理由があるかを判断する(2)十分な理由があると判断したときに初めて保釈条件などが検討されなければならない-とした。
ただ、香港の憲法と位置付けられる香港基本法や、国安法自体にも推定無罪の原則が盛り込まれている。矛盾しないのか。
■国安法の司法審査できず
最高裁は今回、国安法の司法審査に関しても重要な判断を下している。
「国安法は(中国の)全国人民代表大会(全人代)と同常務委員会が立法化したものであり、香港の裁判所に国安法の条文の違憲性を審査する権力はない」と初めて認定したのだ。
国安法の解釈権は全人代常務委にあると同法に規定されており、「国安法の司法審査は実質的に不可能」(香港の法律専門家)とみられてきたとはいえ、最高裁が認めた意味は大きい。国安法の司法審査の道は名実ともに絶たれた形だ。
蘋果日報は19日付の社説で、最高裁は国安法の「特殊な地位」を認め、「基本法によって国安法を解釈する終審権を放棄した」と指摘し、これで「司法の独立があるといえるのか」と厳しく批判した。
黎氏は収監前、産経新聞のインタビューで「私の裁判を通じて、香港における司法の独立の現状が示されるだろう」と述べていたが、その通りの展開となっている。
■周庭氏は6月出所?
昨年12月、デモ扇動の罪などで禁錮10月の判決を受けて収監中の香港の民主活動家、周庭(アグネス・チョウ)氏(24)はこのほど、「刑務所での生活は心身ともにつらいので、6月に刑務所を出たら、少し身体を休ませたい」と代理人を通じて会員制交流サイト(SNS)に投稿した。
香港紙によると、周氏は模範囚のため、6月にも出所可能とみられている。
ただ、周氏は国安法違反容疑でも逮捕され、捜査が続いている。今後、起訴された場合、最高裁の今回の判断を受けて、保釈が認められず再び勾留(こうりゅう)される可能性が高い。