百田尚樹氏、朝日社説に異議あり「朝日新聞は尖閣諸島が日本固有の領土ではないと宣言」

2/19(月) 16:56配信

夕刊フジ

 作家の百田尚樹氏が、朝日新聞を糾弾している。きっかけは、沖縄県・尖閣諸島をめぐり、「我が国の固有の領土であり、領土問題は存在しない」とした文科省の高校学習指導要領改定案。

朝日新聞が社説で《「正解として教え込め」という趣旨なら賛成できない》と異議を唱えたことに、百田氏がツイッターで猛批判したのだ。


夕刊フジでは、朝日新聞に「真意」をたずね、百田氏も直撃した。


 《朝日新聞は、尖閣諸島が日本固有の領土ではないと宣言! いったいどこの新聞社か!》

 百田氏は15日夜、ツイッターでこう憤った。

 朝日新聞は同日朝刊の社説で、文科省が前日公表し、2022年度から実施予定の高校学習指導要領改定案を取り上げた。

 改定案は、地理歴史科と公民科で、尖閣諸島について「我が国の固有の領土であり、領土問題は存在しないことも扱うこと」などと明記した。高校の学習指導要領では初めてとなる記述だ。

 これに対し、社説は中国を念頭に置いてか、《政府見解を知識として生徒に伝えることは大切だ。だが「これを正解として教え込め」という趣旨なら賛成できない。相手の主張やその根拠を知らなければ、対話も論争も成り立たない》と反発した。

 さらに、《新指導要領がめざすのは、主体的に考え、行動できる若者の育成だ。ならば、もっと生徒と教師を信じ、その自主性に任せていいはずだ》とも主張した。

 これを読んだ百田氏の怒りは、収まらない。

 夕刊フジの取材に対し、「朝日新聞の社説は『尖閣諸島をめぐり、中国との領土問題が存在する。政府見解は、あくまで日本の見方であり、公正中立ではない』と読める」といい、続けた。

 「社説は『多面的・多角的な考察』を強調しているが、詭弁(きべん)に過ぎない。尖閣諸島が日本固有の領土であることは、歴史的に証明済みだ。中国が領有権を主張していることは無視していい。当たり前だ。『九州は中国の領土だ』と主張してきたら、配慮するのか」

 朝日新聞の反論を聞くため、夕刊フジは16日午後、次の4点について質問状を送付した。

 (1)尖閣諸島は「領土問題」と考えるのか(2)《賛成できない》という社説は、政府見解を日本人が共有すべきではないという趣旨か(3)百田氏の批判へのコメントは(4)領土教育に「自主性」は必要なのか。

 朝日新聞の回答は、書面でわずか2文だった。

 《この社説は、文部科学省が公表した新たな高校の学習指導要領改訂案について取り上げたものです。社説としての主張は、その内容にあるとおりです》




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硫黄島の戦いとは…/生き残り不可能の状況下、栗林中将が下した命令…太平洋戦争最大の激戦

硫黄島の戦いとは

日米ともに多大な被害を出した激戦後

―生きて再び祖国の地を踏むことなきものと覚悟せよ―栗林忠道中将が戦況を悟り、決死の作戦であることを部隊へ伝えた。太平洋戦争末期、日本の敗色がいよいよ濃くなるとこれまで日本軍が占領していた島々は奪還され、アメリカ軍は本土攻撃に向けて着々と準備を進めていた。当初アメリカ軍は本土攻撃のためには台湾を攻略することを視野に入れていたが、効果的な戦略爆撃を行うなら硫黄島を攻略すべきという意見が出たことから、硫黄島への攻撃が決定、1945年2月19日、アメリカ海兵隊の硫黄島への進撃を開始した。

攻撃が開始されてアメリカ軍が日本軍を制圧するまでに36日を要した。当初の計画では5日間で島内全域に潜んでいる日本兵を殲滅する予定で15,000名の死傷者数は覚悟の上と公表していた。実際には想定を遥かに上回る時間と死傷者を出すことになった。ノルマンディ上陸作戦の戦傷死者数を3日で上回りアメリカ軍にとっても最激戦地であったことがわかる。数字上での人的損害ではアメリカ軍のほうが多く、戦争末期の状態では珍しいケースであった。

静かな島に起きた悲劇の爪痕

東京都に属する硫黄島村には6つの集落があり、1,000人余りの島民が硫黄の採掘やサトウキビ栽培、漁業などで生計を立てながら静かに暮らしていた。孤島でありながら経済状態は良好であった。数千万年前に起きた噴火によって堆積したものが隆起してできた島であり、現在も火山活動によって少しずつ地表が隆起している。島のあちこちから火山ガスが噴出しており、島名の由来になった硫黄の匂いが立ち込める。太平洋戦争以降、一般人の立ち入りは制限されており、海上自衛隊と航空自衛隊の基地関係者と、慰霊のために訪れる人以外は上陸ができなくなっている。

日本人兵士の戦死者は21,000人余り、現在までに遺骨が回収できているのは約8,000柱。残りの約13,000柱は埋葬地が特定されていないことや不発弾が多く残されていること、有毒な火山ガスの影響で収容が困難な状態にある。一方、アメリカ軍の戦死者は摺鉢山の麓に棺に入れて手厚く埋葬されていた。このため戦死者全員の遺体はアメリカ本土に帰還し、故郷の地で眠っている。

5日で陥落すると言われた硫黄島部隊の奮闘

2月16日、アメリカ軍の硫黄島派遣部隊は偵察によって入念に調査された陣地に砲撃を開始する。しかし予想以上に攻略に時間がかかる。元々アメリカ軍が硫黄島を攻撃するということは日本軍も想定していた。総攻撃が行われる以前に、兵士は堅い岩盤に穴を掘り、要塞化することで戦闘を長引かせ本土への総攻撃までの時間稼ぎをするつもりであった。気温、湿度が高く、真水のない島での重労働に加えて、本土からの物資は日に日に届かなくなる。総攻撃を前に病気で命を落とす兵士も少なくなかった。島内の要塞化が進む一方で、硫黄島に着任した栗林忠道中将はサイパンやペリリュー島で行った水際での防御を中心とする戦術よりも、内陸での持久抵抗を行い、敵の消耗を強いる作戦を採用する。

アメリカ軍が射撃の準備をしている状態では、位置の特定を防ぐために発砲を控えること、敵が上陸して500m進んだら集中攻撃を加えること、可能な限りの損害を与えたら北方へ移動するといった決まりごとが盛り込まれていた。栗林の立てた作戦に意義を唱えた者も多かったものの陣地防御やゲリラ戦術にこだわり長期の持久戦を徹底させた。当時、栗林の戦術が採用されていなければ、日本は今とは違った歴史を歩んでいたかもしれない。

硫黄島の激戦

すり替えられた日章旗

攻撃開始の2月16日、日本軍はアメリカ軍からの攻撃により摺鉢山の戦力を失った。これによりアメリカ軍は短期間での硫黄島攻略を確信。島嶼作戦で日本軍が行ってきた万歳攻撃や夜襲に備えて準備をしていたが、これには応じず手りゅう弾による攻撃と夜間発砲という嫌がらせ攻撃を敢行。しかし、アメリカ軍の警戒が強くなると効果は薄くなり日本兵の死傷者数も次第に増えていった。この作戦は海軍兵や所属部隊が全滅した兵士の役割となっていく。

島への上陸に成功したアメリカ軍は摺鉢山へ向けて前進。トーチカには手りゅう弾と火炎放射器で、どちらも1m進むごとに戦闘が起こる状態であった。

そして待ち受ける要塞化した山にアメリカ軍兵士は大苦戦を強いられる。23日には何とか山の頂上に到達し、拾った鉄パイプに星条旗を縛り付けて掲揚した。国旗を掲げた兵士の映る写真はピューリッツァー賞を受賞するなど話題となり、後にこの詳細は映画「父親たちの星条旗」で取り上げられる。

ところが星条旗が掲げられた翌日、山頂には日章旗が掲げられていた。近くに生き残って戦闘を続けていた日本兵がいたことを意味しており、アメリカ兵は近くにあった穴や壕に手あたり次第、手りゅう弾や火炎放射器を打ち込むと、翌日以降日章旗が掲げられることは二度となかった。

最強の兵士も限界に達す

元山周辺の戦いでもアメリカ軍は苦戦していた。歩兵戦闘の専門家・千田貞季陸軍少将が寄せ集めで練度の低い兵士を徹底的に訓練し強兵に生まれ変わらせていたことが原因のひとつだった。山の正面の守りは徹底しており、アメリカ軍に恐れられた。しかし最強部隊にも限界は訪れ中央突破に成功したアメリカ軍は日本軍の兵力を北と東に分断することに成功する。

真水の乏しい硫黄島で日本兵は飲用水不足に苦しみ、真水を求めて夜陣地を抜け出した兵士の多くは生きては戻らなかった。武器弾薬や食料飲料、すべてがなくなった状態で兵力は分断。もはやこれまでと感じた栗林中将は硫黄島着任以来自分を支え続けた池田益雄大佐に軍旗の奉焼を命じ、3月16日夕方、ついに大本営へ訣別電報を送る。

訣別電報から最後の激闘へ

16日の訣別電報の送信以来、出撃の機会を得ぬまま移動を続け、市丸利之助海軍少将とわずかな海軍兵士と合流。この時兵士の中にはロサンゼルスオリンピック馬術障害飛越競技で金メダルを獲得した西竹一中佐がいた。アメリカ軍による火炎放射器による攻撃で負傷しながらも戦うことをやめなかったと生き残った兵士が証言している。しかし混乱の中でどのような最期を遂げたかは分かっておらず、一説によると19日~21日ごろに自決したとも言われている。

3月26日、栗林中将は約400名の生き残り兵士に最後の攻撃を仕掛ける命令を下す。栗林は以前より万歳突撃による攻撃をしないように戒め貫き通した。最後の攻撃は夜襲。攻撃を仕掛けたアメリカ陸軍航空軍の野営地は整備要員など戦闘に関しては素人が多かったためパニック状態になった。170名を超える死傷者を出した夜襲で栗林中将や市丸少将は戦死する。事実上、硫黄島の戦いが終わりを迎えた。

硫黄島に散った人々

アメリカを知り尽くした男

栗林忠道は1891年に長野県で生を受ける。文才に秀でた学生でありジャーナリストを目指していた。恩師の勧めで陸軍士官学校に入学、そのまま騎兵学校、大学校へと進学し優秀な成績で卒業し恩賜の軍刀を授与される。

1927年にはアメリカ駐在武官として勤務したことで陸軍内では「知米派」として名を馳せる。アメリカの国力や国際情勢に明るかったことからアメリカと敵対することに反対した数少ない人物。

正確な最期については西中佐同様わかっておらず、突撃時に受けた迫撃弾の破片により前線からの撤退を余儀なくされて、退避した洞窟内で自決したと言われているが、階級章や所持品など身元を識別するものの一切を外して最後の攻撃を仕掛けたため、敬意を表して遺体を探していたアメリカ軍でさえも栗林の遺体を見つけることはできなかった。現在も栗林中将の遺骨は見つかっておらず、多くの将兵とともに硫黄島のどこかで眠り続けている。

―余ハ常ニ諸子ノ先頭ニアリ―

大統領への遺書

一方で、将校の遺体が敵兵によって徹底的に調べられることを見越して、時のアメリカ大統領、フランクリン・ルーズベルト宛に手紙をしたためたのが硫黄島での海軍指揮官・市丸利之助である。

1891年に佐賀県で生まれた利之助は1910年に海軍のエリートコース、兵学校へ入学する。海軍が航空機を戦闘に利用し始めた草創期のパイロットであり、1926年の墜落事故で頭や顔面の骨などを折る大怪我を負う。世に出ている市丸の写真で、目のバランスが不自然に異なるのは事故や事故後の度重なる手術の影響によるものである。

市丸の最期も栗林同様詳細はわからず遺体も見つかっていないが、日本語と英語に訳された「ルーズベルトへの手紙」は手紙を託した将校が懐に抱いて突撃したため、市丸の思惑通りアメリカ兵の手によって発見される。まもなくルーズベルトが亡くなったため本人が読むことはなかった。

手紙の内容は、今起きている戦争の原因の一部はアメリカにも責任があること、連合国軍の矛盾を鋭く突くものであった。現在この手紙はアナポリス博物館に保管されている。また市丸が持っていた刀がニュージャージー州の骨董品店で売られていることが判明する。テレビ番組を通じて妻の元へ戻された。

―飛行機がなくとも市丸は戦う、死なばもろともという精神を兵も理解してくれるでしょう―

もう一人のメダリスト

オリンピックメダリストの壮絶な戦死で、西中佐と同じくロサンゼルスオリンピックで競泳男子100m自由形で銀メダルを獲得した河石達吾選手も硫黄島で戦った1人である。

1932年8月6日、オリンピックの決勝レースに立った河石は惜しくも日本の宮崎康二選手に敗れて銀メダルに終わるが、オリンピックタイ記録という輝かしい成績を残す。国内予選で成績が振るわなかったため代表発表の場におらず、ラジオのニュースで自分の名前を聞いて慌てて駆け付けたというエピソードもある。

五輪後に海軍兵学校での水泳教師として勤務した後、召集されて陸軍に入隊し5年の軍隊生活を送る。1944年に再度召集命令が来ると、陸軍中尉として硫黄島に着任する。

河石は栗林が送信した訣別電報の翌日17日付で戦死の公報が出されて大尉に昇進するが、戦後に寄せられた証言をまとめたところ3月26日の時点では生きていたとみるのが自然で、4月上旬までは地下陣地内に留まっていたとも考えられる。証言というよりは伝聞によるもので、河石の正確な戦死時期と場所は現在も不明のままである。

「硫黄島で戦死したメダリスト」として河石の名が語られることはほとんどないが、オリンピックの表彰台で見せたさわやかな笑顔は記録という形で永遠に残される。

激戦地・硫黄島のいま

硫黄島の現在

現在、硫黄島には海上自衛隊の硫黄島航空基地隊と航空自衛隊硫黄島分屯基地があり陸海空すべての自衛隊員が常駐し業務に当たっている。海上自衛隊は航空管制及び基地の施設管理など、航空自衛隊は航空自衛隊は訓練機の飛行統制や後方支援、陸上自衛隊は島に今なお残されている不発弾の処理を行うために人員が配置されている。行政上は東京都小笠原村という住所ではあるものの、一般の住民は住んでいない。

原則として勤務する自衛隊員と建設業関係者以外は島への立ち入りは禁止されており、太平洋戦争の激戦地として慰霊祭が開催される時に強制的に疎開させられた旧島民や戦没者の遺族以外は上陸が許可されていない。映画「硫黄島からの手紙」の撮影も一部硫黄島内で撮影されたが、通常の許可とは異なり、アメリカ経由で東京都へ許可を取ったものであった。

40年後の再会

アメリカ海兵隊が第二次世界大戦で授与した名誉勲章のうち4分の1以上が硫黄島上陸部隊に与えられ、アメリカ国旗が掲げられた日は長く海兵隊の記念日と制定。1985年、日米双方の生き残った400人の軍人たちによる合同慰霊祭が硫黄島で行われ、かつて敵同士だった者たちは互いに歩み寄り、固く抱き合った。今も島では、戦死者たちの遺骨収集が行われている。

なお、この穴を掘って自在に防御と攻撃を行う戦法は、のちに日本軍がベトコンと呼ばれたベトナム解放軍に教え、ベトナム戦争でのアメリカの敗北につながったとされている。

硫黄島が伝えたかったこと

アメリカ軍と日本軍両方の視点から硫黄島の戦いを描いた映画「父親たちの星条旗」と「硫黄島からの手紙」は当初それぞれの国の監督がメガホンを取る予定だったが、資料を集めていた段階でクリント・イーストウッド監督が兵士の気持ちは敵対していても同じであるということを感じ自ら両作品のメガホンを取った。

「アメリカ人監督が作った日本映画」という奇妙な図式は、映画の細かい部分に不自然な点も多かったが、日本人が見ても納得できる内容であると高く評価する声が多かった。視点の異なる2本の映画が世に出たことで、日本のメディアでは特集やドキュメンタリー、関連ドラマなどを次々と発表。「硫黄島ブーム」が起こる。

「硫黄島からの手紙」かつての敵国であるアメリカでの評価も高いもので、ハリウッド映画でありながら全編日本語という異例の作品は多くの賞を受賞。双方ともに多くの犠牲を出した硫黄島の戦いは、アメリカ軍の勝利という形で幕を閉じたがどちらにも大きな傷を残す結果となった。軍人である前に、誰かの父親であり息子であった。硫黄島で戦ったひとりひとりにストーリーがあったことを伝え続ける島なのかもしれない。

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米国の核戦略に噛み付く中国と日本の野党 米国の対中抑止力は早くも効果てき面

2日、米バージニア州の税関・国境警備局施設で発言に耳を傾けるトランプ大統領(ゲッティ=共同)

 米国のドナルド・トランプ政権が2日に公表した、今後5~10年の新たな核政策の指針となる《核戦略体制の見直し=NPR》を、河野太郎外相が「高く評価する」と明言した際、一部野党の政治家が河野発言に噛み付いたと、前回の小欄は批判した。民進党の大塚耕平代表は4日の記者会見で「河野氏はもう少し内容を考えるべきだ」と述べたが、同様に中国もまた噛み付いた。

 ただ、後述するが、中国の「噛み付き具合」から察するに、手前ミソを承知で言えば、前回小欄の指摘が図星だったと思われる。前回小欄は、中国による《核の先制使用》への戦略転換などに対応し、米国もNPRで核戦略の転換を図った、と論じた。

 その上で記事の最後を、筆者はこう締めくくった。

 《核兵器を「持たず、造らず、持ち込ませず」をうたう『非核三原則』の再考を封印し、『核戦略体制の見直し=NPR』を「高く評価」した河野外相を批判する政治家は詰まるところ、中国の危ない軍事膨張を「高く評価」しているのである》

 大塚代表にしても《中国の危ない軍事膨張を「高く評価」している》ワケではないだろうが、河野外相発言の批判は結果的に、中国をして《核の先制使用》を後押ししてしまう。

ともあれ、NPR発表後の中国とロシアの反応には、早くもNPRが抑止効果を発揮し始めたと認められる点が散見される。歓迎したい。

眠っていた巨人=米国を起こした中露

 まずは《核戦略体制の見直し=NPR》のお復習いを。NPRは中国+ロシア+北朝鮮+イランの脅威を指摘した上で、以下のような新機軸を打ち出した。

 (1)核の先制不使用政策を否定。

 (2)海洋発射型の核巡航ミサイルを研究開発。

 (3)低爆発力の小型核の導入。

 (4)核使用は、核以外の戦略的攻撃を受けたケースも含む。

 NPRは中国・戦域核兵器の限定的使用阻止に言及しており、中国は「猛烈に反発」した。毎度のことだが、今回はやや“発火点”を異にする。

 絵に描いたごとき「語るに落ちた」反発を糸口に、“発火点”にたどり着きたい。

 中国共産党機関紙・人民日報系の環球時報(5日付)は、中国が核兵器の《先制不使用》を表明している経緯に触れながら、社説で反論した。

 《中国の核政策は核大国において最も抑制的だ》 

 《中国を利用して急進的政策を進めようとしている》とも記しているが、正確ではない。米国は、《先制使用》へとカジを切った《中国・核戦略の急進的転換に備えようとしている》のである。もはや《中国の核政策は最も抑制的》ではなくなったのである。

《中国の核政策は最も抑制的》ではなくなった理由を、改めて説明する。 

 米国のバラク・オバマ前大統領は「核兵器の先制不使用」の検討を一旦は公言(2016年)するなど米国歴代大統領中、突出して安全保障が理解できない、中国+北朝鮮+ロシアに覇権条件を献上した極めて危険な為政者だった。 

 中国はムードが先行する“核軍縮”や北朝鮮の核・ミサイル開発問題の陰で、核兵器の先制使用戦略への転換時機を狙っていた。

 中国核戦略の大転換はオバマ政権時代の2015年11~12月、中国人民解放軍海軍の晋級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(SSBN)が実施した、初の《戦略哨戒任務》にハッキリと現れた。

 SSBNが有する最重要任務は、海中に深く静かに長期間潜む隠密性を活かした核攻撃能力だ。ただし過去、人民解放軍は核弾頭とミサイルを別々に保管し、SSBNも例外ではなかった。別々の保管は、最初の核実験の1964年以来、少なくとも表面上公言してきた《核の先制不使用》を保障した。

 SSBNの戦略哨戒任務は実任務付与であり当然、ミサイルに核弾頭を装填したはずで、核兵器の先制使用肯定を意味する。ミサイルの精度・射程が向上し、最強の恫喝手段「核攻撃」を隠さなくなったようだ。

まさに、《先制使用》を視野に入れた中国の核戦略は、米国に《核戦略体制の見直し=NPR》を余儀なくさせた。まさに、米国という《眠っていた巨人を起こした》。 

 もっとも、《眠っていた巨人を起こした》とのフレーズは当然ながら、中国共産党に操られる官製メディアの手による表現ではない。ロシアのリベラル紙ノーバヤ・ガゼータ(7日付)が掲載した専門家論評の一文だ。

 確かに、締結した中距離核戦力(INF)全廃条約締結30周年の昨年、米国務省はロシアが中距離巡航ミサイルの実験→配備を繰り返していると、条約違反を暴露し、対抗措置を表明した。

 ロシアは、小型核増強も続けるが、米国はロシアを牽制すべく、(3)の低爆発力の小型核の導入も決めた。戦争相手国を壊滅させる戦略核たる潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の一部弾頭が対象となる。小型核攻撃を仕掛けても「米国は、凄惨な結果を招く戦略核による報復攻撃を躊躇する」との思い込みを、ロシア側に抱かせぬ戦略レベルの“変更”だ。

 ロシアも中国同様に、米国を目覚めさせたのだ。

『国際社会の不安』は『中国の不安』の間違いでは?

 しかも、皮肉にも《核戦略体制の見直し=NPR》は公表早々、中国とロシアに対して抑止力を発揮し始めた。

 環球時報は《米国が未来の戦争において小型核兵器を先制使用するのではないかとの『国際社会の不安』を著しく高めている》と報じた。

 米国とその同盟国・友好国は日本の一部政治家を例外とすれば、おおむねNPRを評価している。ということは、『国際社会の不安』は『中国の不安』の間違いではないか。

 ロシア国防省の機関紙・赤い星(5日付)も、モスクワ国際関係大学の専門家の論評を載せた。専門家は、NPRの規定する核使用基準が《曖昧》な点を問題視した。

 欧米側の核戦略に照らせば、この専門家の着眼点はどうかしている。あるいは、《核の先制使用》を隠さないロシアにとり、核使用基準の《曖昧》性は何とも不気味なのであろう。

 ソ連は1982年以降、《核の先制不使用》を明言していた。けれども、冷戦後の93年を境に、核の使用条件を次々に緩和し、2000年代の今も緩和を継続中だ。冷戦時代とは反対に、欧米通常戦力への優位をロシアが保てなくなった事情に起因する。

 ウラジミール・プーチン大統領は2015年、ウクライナ・クリミア侵略(14年)をめぐり、戦術核戦力を臨戦態勢に置くと凄んでいる。

 一方、欧米側にとり、核兵器使用に関する《曖昧》戦略は抑止力の要諦だ。言い換えれば、NPRの《曖昧》性を問題視したモスクワ国際関係大学の専門家の反応を観察すると、既に欧米側の抑止力が効果を発揮し始めた兆しとも受け取れる。

そもそも、NATOも冷戦後の《新戦略概念》で、《不確実性の担保》に向け核戦力を保持すると記述。背景には《通常兵器での戦争でも、劣勢下では核兵器を使用するかもしれぬ不確実性》こそ抑止力だとの認識が横たわる。

「世界は中国の台頭に慣れよ」

 ところで、筆者は気持ちが落ち込んだときは、中国官製メディアの論評に触れることにしている。大いに笑い、元気をもらうのだ。

 例えば、中国国営新華社通信が5日に配信した論評。《核戦略体制の見直し=NPR》をとらえて、怒ってみせた。

 《歴史を逆行するやり方》

 やっぱり、中国・朝鮮を支援していた福澤諭吉(1835~1901年)がサジを投げたお国だけのことはある。《脱亜論》《朝鮮人民のために其国の滅亡を賀す》《文明論之概略》などを総合・意訳すると、福澤の中国・朝鮮観はこうなる。

 《国際紛争でも「悪いのはそっち」と開き直って恥じない。この二国に国際常識を期待してはならない》

 自省しない中国に言っても無駄だが一応、クギを刺しておく。

 中国共産党は《中華民族の偉大な復興》をスローガンに、100年以上にわたって抑えられてきた「中国の夢」を実現せんとしている。共産党の主張を精査すれば、清帝国並みの版図の復活を目論んでいる野望が一目瞭然だ。

南シナ海では岩礁を埋め立て軍事基地を造成し、わが国の尖閣諸島(沖縄県石垣市)も侵略対象だ。かつての朝貢国やアジア・アフリカ諸国の指導者にカネをちらつかせ、経済的・政治的影響力も急激に拡大。国内異民族への弾圧・支配も強化している。

 中国の王毅外相の発言もふるっていた。

 「世界は中国の『台頭』という現実に『慣れ』なければならない」

 国際秩序を守り、自由で開かれた経済ルールを守った上での『台頭』であるのなら、『慣れ』もしよう。が、国際秩序を破り、資本主義と統制経済を露骨に使い分け、軍事力を背景とした覇権を止めない一党独裁国家に『慣れ』るほど、筆者は“中国的”ではない。

 中国は《歴史》に加え、福澤が看破した通り《国際常識》にも《逆行》している。



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■【神奈川県】横浜市、川崎市、横須賀市、藤沢市、茅ケ崎市、逗子市、大和市、海老名市、座間市、秦野市、伊勢原市、小田原市、厚木市、愛川町、寒川町、箱根町【東京都】荒川区、小笠原村、日野市、中野区、府中市、町田市、調布市【千葉県】酒々井町【茨城県】常総市【京都府】綾部市【石川県】羽昨市、七尾市、内灘町【富山県】舟橋村、立山町、入善町、滑川市、富山市【大阪府】大阪市、和泉市【奈良県】田原本町【愛媛県】松山市、今治市、四国中央市【福岡県】福岡市、北九州市、川崎町、遠賀町、大川市、篠栗町、芦屋町、行橋市、春日市、糸島市、大木町、柳川市、【佐賀県】鳥栖市、佐賀市【長崎県】佐世保市、大村市、対馬市【熊本県】合志市、多良木町、菊陽町で可決


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憲法改正を実現する1,000万人ネットワーク 美しい日本の憲法をつくる国民の会

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プロフィール

日本会議地方議員連盟

  • Author:日本会議地方議員連盟
  •  日本会議(会長 三好達元最高裁長官)は、平成9年5月、各界代表や都道府県代表が参加して設立されました。元気で誇りある国づくりをめざして、超党派の国会議員懇談会(会長 平沼赳夫前経済産業大臣)の皆さんとともに全国で国民運動を推進しています。

     このたび、日本会議に所属する全国の地方議員が連携し、地方議会から「誇りある国づくり」を発信するため日本会議地方議員連盟を設立しました。(平成17年3月6日)

     議員連盟では、外交、防衛、教育、文化などの国の根幹に関わる基本問題に連携してとりくむネットワーク作りを進め、「憲法・教基法」の改正をめざします。

     議員会員(年間1万円)には、会員専用サイトを設け、国会の動き、時局問題に対する見解、全国地方議会の動きなど国民運動情報を提供します。
    皆さんどうぞご入会ください。

    入会はこちらから

     ●日本会議地方議員連盟へのご入会の案内20070112155311.jpg

    ■設立趣意書

     戦後わが国は、日本の弱体化を企図した占領政策の桎梏から抜け出せないまま、外交、防衛、教育、文化などの国の根幹にかかわる基本問題について、多くの病弊を抱えたまま今日に至っている。

     近年、新教育基本法の制定、国民投票法案の成立、さらには防衛賞昇格など、戦後体制を脱却する動きは注目すべきである。しかしながら、その潮流はまだ大きなものとはなっていない。

     この時にあたり、今こそ発言し行動する真正保守の結集が問われている。ここに志しある地方議員は「誇りある国づくり」をめざす日本会議と連携し、地方議会よりその動きを起こし、日本の国柄に基づく新憲法制定へ向け日本会議首都圏地方議員懇談会を設立する。

     全国の良識ある地方議員が我々の趣旨に賛同され、あまたの先人が築いてこられた、この祖国日本を再建するため、我々は、下記の基本方針を掲げて献身することを誓うものである。

        (平成十九年十月六日)

    〈基本方針〉
      
    1、皇室を尊び、伝統文化を尊重し「誇りある日本」の国づくりをめざす。

    2、わが国の国柄に基づいた「新憲法」「新教育基本法」を提唱し、この制定をめざす。

    3、独立国家の主権と名誉を守る外交と安全保障を実現する。

    4、祖国への誇りと愛情をもった青少年の健全育成へ向け、教育改革に取り組む。

    私たちはめざします。
    全国に3000名議員集団を!

    「誇りある国づくり」を掲げ、皇室・憲法・防衛・教育等の課題に取り組みむ日本会議と連携し、地方議会を拠点に、次のような運動を推進します。

    ①改正された教育基本法に基づき、国旗国歌、日教組、偏向教科書問題など、教育改革に取り組みます。

    ②青少年の健全育成や、ジェンダーフリー思想から家族の絆を守る運動を推進します。

    ③議会制度を破壊しかねない自治基本条例への反対など保守の良識を地方行政に働きかけます。

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閲覧者数平成19年8月15日カウンター設置
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憲法改正を実現する1,000万人ネットワーク 美しい日本の憲法をつくる国民の会

憲法改正早期実現国会議員署名


■  422名  (11月21日現在)




憲法改正早期実現意見書採択可決


■36都府県 /59市区町村議会

■石川、熊本、愛媛、千葉、香川、富山、兵庫、鹿児島、群馬、栃木、岡山、大分、宮城、山形、高知、佐賀、埼玉、山口、長崎、宮崎、和歌山、岐阜、神奈川、大阪、福井、京都、茨城、東京、徳島、静岡、新潟、秋田、山梨、福岡、滋賀、長野

■【神奈川県】横浜市、川崎市、横須賀市、藤沢市、茅ケ崎市、逗子市、大和市、海老名市、座間市、秦野市、伊勢原市、小田原市、厚木市、愛川町、寒川町、箱根町【東京都】荒川区、小笠原村、日野市、中野区、府中市、町田市、調布市【千葉県】酒々井町【茨城県】常総市【京都府】綾部市【石川県】羽昨市、七尾市、内灘町【富山県】舟橋村、立山町、入善町、滑川市、富山市【大阪府】大阪市、和泉市【奈良県】田原本町【愛媛県】松山市、今治市、四国中央市【福岡県】福岡市、北九州市、川崎町、遠賀町、大川市、篠栗町、芦屋町、行橋市、春日市、糸島市、大木町、柳川市、【佐賀県】鳥栖市、佐賀市【長崎県】佐世保市、大村市、対馬市【熊本県】合志市、多良木町、菊陽町で可決


辺野古移設賛同  地方議員署名


■現在署名数 1812名(231議会)




私たちのめざす 方針と活動



一、新教育基本法に基づいた教育改革と教科書採択を推進する

一、議場への国旗掲揚を推進し、地方から誇りある国づくりを提唱する

一、議会否定につながる自治基本条例を阻止し、議会活動を活性化する

一、ジェンダー思想を相対化する、家族の絆を守る運動を推進する

一、時局問題への対応を敏速に行う

一、研修会、講演会を開催し、会員相互の見識と親睦を深める

一、全国に3千名の地方議員ネットワークを形成する

…………………………………………………………………………

■【人権救済法案問題】
●人権侵害救済法案に反対する意見書案

※人権侵害救済法案の問題点について

…………………………………………………………………………

■【自治基本条例問題】   
議会否定につながる自治基本条例の阻止を

①自治基本条例の問題点について

②外国人に対する住民投票権の付与について

……………………………………………………………………………

■【議場の国旗掲揚推進】
地方議会議場での国旗掲揚について

……………………………………………………………………………

■【外国人参政権問題】
●外国人参政権に反対する意見書採択について

反対決議は362市町村議会(H22年9月1日現在)

慎重議員署名4071名・535議会(同年9月1日現在)

慎重首長署名568自治体(7県知事221市区340町村長・同年9月1日現在)

………………………………………………………………………………

 

尖閣諸島上陸許可要望議員署名


      ↓
■議員署名用紙

現在 4182名
(387議会)

詳細はこちらをクリック

石垣市長・議長連名のお願い文ご活用下さい
      ↓
●石垣市連名の議員署名のお願い文







 
 
 
 

議会否定の自治基本条例