
≪台湾海峡危機の高まり≫
米国のトランプ政権による北朝鮮空爆が囁(ささや)かれていた2017年秋、米国を訪れ、民間のシンクタンク関係者と話をした際、こう指摘されたことがある。
「朝鮮半島有事と台湾有事は連動する。北朝鮮の核開発だけを注目して大局を見失うと、戦争を抑止し、平和を守ることに失敗することになりかねない」
民間シンクタンクにいる米軍の元情報将校の一人もこう続けた。
「いま、北朝鮮に全面的な空爆を実施すれば、米軍としては、北朝鮮攻撃と韓国防衛に力を注がざるを得なくなり、台湾を含む他の地域の防衛が手薄になる恐れがある。というのも、オバマ民主党政権時代の軍縮の影響で兵力は減っており、米軍が朝鮮半島と台湾を同時に対応できるかどうかは分からないからだ。
日本も、北朝鮮からのミサイル攻撃に対応するため、海上自衛隊のイージス艦は日本海に展開することになる。海上保安庁の巡視船も在韓邦人の救出などに動員されることになるだろう。そうなると、尖閣諸島や南西諸島防衛が手薄になり、中国による攻撃を許すことになりかねない」
トランプ政権が北朝鮮に対して宥和(ゆうわ)姿勢に転じた背景には、台湾・尖閣の問題があるという指摘である。
これらの発言で考えるべき論点は主に3つある。
第1に、台湾に対する軍事的脅威が確実に高まってきている、ということだ。このことは、米国防総省が公表している「中国の軍事・安全保障の動向に関する年次報告書」でも、繰り返し指摘されている。
特に近年は、中国が台湾に対してサイバー攻撃と非正規軍を組み合わせたクリミア型のハイブリッド戦争を仕掛けてくる可能性が高まってきている。
では、いまの米軍(インド太平洋軍)に北朝鮮と台湾海峡、2つの危機に、「同時に」対処する力があるのか、というのが第2の論点だ。
≪米軍再建するトランプ政権≫
意外と理解されていないようだが、この10年、中国の軍事力は飛躍的に強化されており、「テロとの戦い」で疲弊した米軍はアジア太平洋における軍事的優位性を失いつつある。
豪シドニー大学アメリカ研究センターも8月19日、米軍は「衰退する軍隊」であり、もはや同盟国を中国から防衛するのは困難となる恐れがあるという報告書を公表した(AFP)。
その原因は、オバマ民主党政権時代の軍縮だけではない。2001年の中枢同時テロ事件以降、「テロとの戦い」を重視した米軍は、正規軍との戦争を重視してこなかったこともあって、中国軍の分析とその対応を軽視してきた。
だからこそトランプ共和党政権は 18年1月、「国防戦略 2018(NDS-2018)」において、中国を念頭に「大国間角逐(かくちく)」こそが最大の脅威であると再定義し、大国との戦争を想定した軍事ドクトリンに戻した。
この国防戦略のもと米国は防衛費を毎年7兆円近く増やし、懸命に軍拡をしているが、軍事的優位性を取り戻すにはかなりの時間が必要だ。そして米中の軍事バランスが崩れたままだと、紛争が起こりかねない。だからこそトランプ政権は日本に対しても防衛費の増額を求めているわけだ。
第3の論点が、日本の当事者能力だ。米軍が北朝鮮を空爆することはできるが、米軍に余力がない現段階で、その隙をついて中国が台湾や尖閣に仕掛けてきたとき、日本はどうするつもりなのか、ということだ。軍事的に頼りない日本は、リスクとみなされていることを自覚すべきだろう。
しかも厄介なことに、韓国の文在寅政権の対日敵対姿勢のため、対馬海峡が防衛ラインとなる事態も出現しつつある。
≪日本も台湾との安保協議を≫
安倍晋三政権も決して手をこまねいているわけではない。
海上保安庁の体制を強化するとともに、「自由で開かれたインド太平洋」を掲げ、英仏豪印などと連携を強化し抑止力を高めようとしている。ただし防衛費をあまり増やしていないことと、この構想から台湾を除外しているという課題も残っている。
だが台湾と尖閣を含む南西諸島は隣接しており、台湾海峡危機となれば日本はその当事者にならざるを得ない。実際に在日米軍の出動とその支援だけでなく、在留邦人の救出、尖閣海域の制空権の確保、海難救助をはじめとして、あらかじめ米台両政府と協議すべき論点は山積している。
だからこそ米国は来るべき危機を念頭に18年3月、政府高官レベルでの交流を許可する台湾旅行法を成立させ、台湾との安保対話を本格化させている。
日本もまた、13年に成立させた「日台漁業取り決め」といった実績を踏まえ、安全保障でも、まずは幹部自衛官と台湾軍幹部との対話を始めるべきだ。安倍政権の勇断を期待したい。(えざき みちお)