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天照大御神から伝わる重要祭祀「大嘗祭」はこのように行われる

平成の大嘗祭に臨まれる上皇さま=平成2年11月22日、皇居・東御苑
平成の大嘗祭に臨まれる上皇さま=平成2年11月22日、皇居・東御苑
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皇位継承に伴う重要祭祀「大嘗祭(だいじょうさい)」は、稲作を中心とした日本社会に古くから伝わる収穫儀礼に根ざした儀式だ。戦国時代の前後に中断した時期もあったが、江戸時代に再興され、現代まで受け継がれてきた。

近代には「庭積(にわづみ)の机代物(つくえしろもの)」と呼ばれる全国の特産品などもお供え物に加わり、国民との接点も広がった。大嘗祭で天皇陛下は国民の命の源である自然の恵みに、深い感謝を示される。(篠原那美)

拝礼のため悠紀殿わきの帳殿へ進まれる上皇后さま=平成2年11月22日、皇居・東御苑
拝礼のため悠紀殿わきの帳殿へ進まれる上皇后さま=平成2年11月22日、皇居・東御苑
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皇祖神・天照大御神から伝わる収穫儀礼

 毎年11月、宮中では「新嘗祭(にいなめさい)」が行われる。天皇が新穀を神々に供え、自らも口にし、五穀豊穣(ごこくほうじょう)と国家安寧を祈る重要祭祀だ。

特に即位後初めて行うものが「大嘗祭(だいじょうさい)」で、一世一度の儀式とされる。その起源はどこまで遡れるのだろう。

 日本最古の歴史書「古事記」と「日本書紀」には、皇祖神の天照大御神や古代の天皇が「新嘗の祭」を行ったとする記述がある。

宮内庁は大嘗祭を「新嘗の祭」に由来すると説明。これらの歴史書が編纂された奈良時代より前から伝承されてきた収穫儀礼に根ざした儀式としている。

 7世紀半ばまで、毎年行われる新嘗祭と大嘗祭との区別はなかったが、7世紀後半の第40代天武天皇、41代持統天皇のときに区別されるようになったという。以後、大嘗祭は重要な即位儀礼として歴代天皇に継承されてきた。

 ところが、室町時代に転機を迎える。戦乱や朝廷の困窮などを理由に、1466年の第103代後土御門天皇を最後に、大嘗祭は221年間、中断した。

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 再興したのは江戸時代、第5代将軍、徳川綱吉のとき。当時在位していた第112代霊元天皇は譲位を申し出て、後を継ぐ東山天皇の即位に際し、大嘗祭の復興を幕府に強く望んだ。

 当時の幕府は、国内統治に儀礼を重視しており、1687年、東山天皇の大嘗祭の挙行を認めた。続く中御門天皇の即位の際には行われなかったが、その次の桜町天皇から現代まで続いている。

                                              ◇

 明治以降の大嘗祭では、亀の甲羅を用いた占い「亀卜(きぼく)」で決まる悠紀(ゆき)地方、主基(すき)地方の新穀だけでなく、「庭積(にわづみ)の机代物(つくえしろもの)」と呼ばれる農産物や海産物も供えられるようになった。

 特に大正以降は全国から特産品が寄せられ、令和の大嘗祭では、47都道府県から3~5品ずつ野菜や果物、海産物の干物などが供えられる。

 皇室文化に詳しい京都産業大名誉教授の所功氏は「庭積の机代物は自然の神々から賜る食べ物の豊かさを示す。大嘗祭は国民生活に不可欠な『食べ物の祭り』でもあることに注目してもらいたい」と話している。

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最も神聖なご装束

 数ある宮中祭祀のうち、大嘗祭が重い儀式とされているのは、天皇陛下のご装束からもうかがえる。

 陛下は大嘗祭の中心的儀式「大嘗宮(だいじょうきゅう)の儀」に臨むため、まず身を清める「廻立殿(かいりゅうでん)」に向かうが、その際に「帛御袍(はくのごほう)」を身につけられる。「即位礼正殿(せいでん)の儀」の10月22日朝、これに先立ち、宮中三殿で行われた儀式で着用された白い束帯だ。

報道陣に公開された大嘗宮=13日午前、皇居・東御苑(桐山弘太撮影)
報道陣に公開された大嘗宮=13日午前、皇居・東御苑(桐山弘太撮影)
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 陛下は廻立殿に入ると身を清める潔斎をし、最も神聖な白い「御祭服(ごさいふく)」に着替えられる。この御祭服は精練されていない絹「生絹(すずし)」で仕立てた装束で、陛下が自ら、「神饌(しんせん)」と呼ばれる新穀などのお供え物をささげる大嘗祭と新嘗祭のときにだけ着用される特別なものだ。

 皇后さまは白い十二単姿、皇族方は即位礼正殿の儀で着用した古装束の上に、清浄を表す「小忌衣(おみごろも)」を身につけて臨まれる。

 儀式は14日、各地の特産物「庭積の机代物」を供えるなど準備が整えられたうえで、午後6時半に陛下が東側の「悠紀殿(ゆきでん)」に入られるところから始まる。

 皇后さまは「帳殿(ちょうでん)」、男性皇族は「小忌幄舎(おみあくしゃ)」、女性皇族は「殿外小忌幄舎(でんがいおみあくしゃ)」でご拝礼。

その後、神饌を準備する「膳屋(かしわや)」から新穀などの神饌が悠紀殿へと運び込まれる。陛下は悠紀殿内の内陣の御座に座り、「采女(うねめ)」と呼ばれる女性らの手伝いを受けながら、神饌を自ら供えられる。

続いて拝礼し、五穀豊穣と国家安寧を祈る御告文を奏上した後、ご自身も米、粟、神酒を口にされる。

 西側の主基殿でも日付が変わった15日午前0時半から、同様の祭祀が行われる。




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大嘗祭、天皇陛下は休む時間ほとんどなし 参列者も過酷

11/14(木) 7:00配信

NEWS ポストセブン








 11月10日の祝賀パレードを終え、いよいよ14日、天皇陛下即位の関連行事のクライマックス「大嘗祭」が挙行される。

 大嘗祭とは、皇位継承に伴う一代一度の重要祭祀である。5月1日に行われた、剣や勾玉など三種の神器を承継される「剣璽等承継の儀」、即位を内外に宣言される10月22日の「即位礼正殿の儀」に続く、新天皇のみが行うことができる儀式だ。

 國學院大學研究開発推進機構准教授で、神道史研究者の大東敬明さんが話す。

「先の2つの儀式で『即位の礼』は終えており、大嘗祭は天皇になるための儀式ではありません。大嘗祭の意義は、天皇が即位後初めて、皇祖である天照大神に新穀を供え、五穀豊穣と国家の安寧を祈ることにあります」

 大嘗祭は、儀式の途中に宮内庁職員ですら立ち入ることができず、中身も公表されない「秘儀中の秘儀」だ。謎に包まれた祭祀であるため、「天皇が何を行うのか」についてこれまでさまざまな説がまことしやかに語られてきた。

◆かつては「民衆も集まる祭り」だった

 天皇が即位して初めて行う「新嘗祭(にいなめさい)」のことを大嘗祭と呼ぶ。新嘗祭とは、毎年秋に開かれる収穫祭のことだ。大嘗祭の始まりについて、民族研究家の森田勇造さんが話す。

「大嘗祭は、飛鳥時代の673年に即位した天武天皇の時代から始まったとされます。当時の日本は常に戦争が絶えず、天武天皇は皇室の力を強くし、国を治めようと考えました。

 そのためには、即位を宣言するだけでは足りないと考え、古来からある『新嘗祭』という行事を利用して、日本でいちばん偉い神様である天照大神に食料を捧げることで、天皇の権威を示したのです」

 大嘗祭は、祭祀の舞台「大嘗宮」を皇居・東御苑に新設して行われる。大小三十余りの建物が今年7月の着工から約3か月で建設され、設営・解体関連費19億700万円を含めた全体の費用は約27億円にのぼる。終了後は、11月21日~12月8日の一般公開の後、取り壊される予定だ。

現代は国家主導で、費用も規模も大がかりだが、かつての大嘗祭とは大きなギャップがある。國學院大學研究開発推進機構の研究員で、宮中祭祀の研究が専門の木村大樹さんが話す。

「大嘗祭は、応仁の乱に始まる戦国時代以降、200年以上中断した時期があり、それ以前の大嘗祭とは様相が異なる部分があります。

 当時の大嘗祭は京都で行われており、お供えする新穀を献上する悠紀(ゆき)地方(東方)と主基(すき)地方(西方)の民衆が上京し、北野(現在の京都市上京区、北区。京都御所の北方)の地で準備を行いました。当日には、大規模な行列をなして供え物の米や酒などを大嘗宮まで運び込みました。現在の山車の原型ともされる『標の山』が供え物を先導し、その様子を見ようと貴族から庶民まで大勢の見物客が詰めかけたようです。

 また当時の大嘗宮は、上京した悠紀・主基地方の人たちが中心となって、7日前から建設を始め、たった5日で仕上げたとされます。平安時代の史料『儀式』によると、儀式の中心となる『悠紀殿』『主基殿』は現在より小さく、また床は張らずに、土間に萱や畳を敷くような簡易的な形式だったようです」

 大嘗宮で行う儀式は、大きく「悠紀殿供饌の儀」と「主基殿供饌の儀」に分かれる。皇室研究者の高森明勅さんが話す。

「大嘗宮の東側に『悠紀殿』、西側に『主基殿』が建てられます。儀式は悠紀殿、主基殿の順にそれぞれの建物で行われます。天皇陛下は、まずは北側の『廻立殿』に入られ、心身を清める『潔斎』の後、最も格式高い神事服とされる真っ白な『御祭服』に着替え、儀式に入られます。

 悠紀殿、主基殿に入られない皇后さまは、廻立殿に入られて純白の十二単に着替えられ、南側の『帳殿』で拝礼をされます」

 悠紀殿での儀式を終えると、天皇陛下は廻立殿に戻り、再度潔斎を行い、新しい御祭服に着替えられるという。

「潔斎や着替えだけでかなり時間がかかるうえ、儀式は明け方まで続きます。朝からの準備の時間も含めると、この日は陛下に休む時間はほとんどありません」(高森さん)

 儀式を待つ参列者も“過酷”だ。

「前回の平成の時は、本殿前にある『幄舎』に700人ほど参列者が集まりましたが、夜中の寒さもあって、主基殿の儀式まで残っていたのは500人ほどだったそうです」(高森さん)

 神聖な儀式であるがゆえに、これだけの大仕事になるのだ。




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令和の大嘗祭を迎えるに際して 東京大学名誉教授・小堀桂一郎

皇位継承の重要祭祀「大嘗祭」の中心儀式「大嘗宮の儀」が催される大嘗宮=13日、皇居・東御苑
皇位継承の重要祭祀「大嘗祭」の中心儀式「大嘗宮の儀」が催される大嘗宮=13日、皇居・東御苑

 ≪一連の重儀が着々と進む≫

 即位礼正殿の儀が滞りなく行はれ、御大典の日程も次の大嘗(だいじょう)宮の儀を迎へる大詰に近づいた。一連の重儀を着々と進めてゆく政府・大礼委員会の自信に満ちた姿勢を望見するにつけ、昭和から平成への御代替りの頃の世情が思ひ出されて多少の感慨がある。

 それは僅か30年の昔の話である。当時、政府の「即位の礼準備委員会」は、新帝陛下の御登極を迎へるに当つて現行法令上明文の規定が無(な)い大嘗祭の斎行が可能かどうかにさへ自信を持てず、平成元年11月上旬から4回に亙(わた)り、15名の民間言論人を官邸に招聘し意見を聴取してゐる。時の内閣官房長官(森山真弓氏)は、議論の公正を保つためであらう、慇懃(いんぎん)ながら極めて慎重入念な口調で即位礼一般及び特に大嘗祭の国家儀礼としての性格について諮問を重ねた。

 諮問に応じた識者達を含めて当時の報道・言論界の意見は基本的に二つに分れてゐた。一方は現行憲法の持つ政教分離原則と戦後民主主義特有の「国民主権論」に呪縛されて、大嘗祭といふ宗教儀式を国家の公的行事として斎行する事に反対する立場であり、他方は古代の律令制度下に発祥し千数百年余の皇室祭祀伝統と国民の総意とに支へられて来た即位儀礼には、現行憲法の束縛を超える伝統の重みがあり、その意義の無視は許されない、とする立場である。

 公聴会での諸意見の総括も出席者達の平生の持論からして、右の対立のままに終つてゐたと記憶するが、何分爾来(じらい)30年を過ぎてゐるので具体的な詳細は忘れてゐた。

 そこに本年8月、神社新報社が平成の大嘗祭当時3年ほどの間に公にされた各種の論説を千三百件余り列記し、重要な説は抄出の上編纂(へんさん)した630ページの詳細な資料集を発行した。編者は実は唯一人の民間人篤志家(牟禮仁氏)で、氏が蒐集(しゅうしゅう)・収録した資料の中には、明治以前・以後及び大正・昭和期の史料の発見と紹介の文、更に令和の新意見をも含みはするが、主として平成の大嘗祭斎行に際し国民の中のこれだけ多数の人がこの祭儀の性格について深い関心を寄せ賛否夫々(それぞれ)の立場からの発言をしてゐたといふ事実を示すだけでも洵(まこと)に感嘆に値する出版である。

 ≪「政教分離」の呪縛解くには≫

 この資料集には当然平成元年晩秋の公聴会での内閣官房の記録も、これは全文が収録されてゐて、謂はば臨場感を以て当時の議論の空気を思ひ出す事ができた。

 改めて検分してみると、漠然たる記憶の大筋はその通りだつた。即ち前記の通り、政教分離原則への固執と、現行法を超えたものとしての皇室の祭祀伝統護持との原理的対立が、宗教観、国体観、国際関係面(国家としての体面)又、費用の支出等の具体的細目に亙つて様々の中間色を伴つて活●に議論されてゐた。

 かうした過去の調査検討といふ経験を踏まへて、現政府のあの実行への自信と気迫が培はれてきた次第がよくわかる。だが他方で、それにしては-との感を抑へきれない或る種の引懸りが残る。

 当面の令和の御大礼については現政府の威信を以て十分立派に斎行する事はできよう。只それは現安倍政権が政治的強者であるとの現実によつて然るのであつて、30年前の平成の御大典の際に反体制側(此を野党側と謂つてもよく、護憲派と呼んでも、又国民の中に潜在する共和制信奉者達と見てもよい)が提出した難題を法理の上で解決し、一般的な納得を贏得(かちえ)てゐるわけではない。

 ≪精神生活の根幹守り通す≫

 法理上の解決とは、自主憲法制定に成功した暁に、政教分離の原則を規定した第20条3項及び第89条が削除乃至(ないし)然るべき形に改正される事である。だがこの改正は第9条の廃棄よりも更に広範囲の抵抗に遭遇するであらう。

 第9条の束縛は、現実に我が国の国際社会に於ける地位に対する著しい阻害要因であり、同盟国たる米国からも、この非現実的平和主義を強制した彼等の過誤への反省をも含む厳しい批判を浴せられてゐるのだが、誤れる政教分離原則の採択は、友好関係諸国にとつて何らの痛痒を感じせしめるものでもない、全くの我が国内問題である。

 而して目下の現実問題として、憲法の謳ふ政教分離原則は、国内に顕在する共産主義者達、潜在する多数の共和主義革命待望者達にとつて、彼等の政治的野望を達成するための恰好の手懸りとしての効果を有してゐる。その禍々(まがまが)しい作用を抑制する武器として、二千年来の皇室の祭祀伝統に導かれた蒼生の安寧を守り抜く目的のために、現在の常識的国体論や敬神崇祖の心情的国民性論だけで果して用を成すであらうか。

 今回の大嘗祭斎行といふ機縁に際し、国内草莽(そうもう)の有志達は一つの選択を迫られてゐる。現憲法の持つ政教分離原則は、その淵源を辿(たど)れば是亦米占領軍が日本国弱体化政策の一環として国民の血肉に深く突刺しておいた棘(とげ)である。この棘を抜き捨てない限り、我々は悠久の古代以来培つてきた精神生活の根幹を守り通す事が出来ない。(こぼり けいいちろう)

●=さんずいに發




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現在、蓮舫、吉良両氏はスーパー堤防の必要性、今後のあるべき治水政策をどう考えているのか。

文書で回答を求めたというが、蓮舫氏から期限までに返事はなく、吉良氏の事務所は「答えるべきではないと考える」とした。


彼らの好きな説明責任はどこ吹く風だ。


「八ッ場ダム」「スーパー堤防」に異論唱えた議員らに批判

















 東日本を中心に甚大な被害をもたらした台風19号の上陸から、12日で1カ月を迎えた。71の河川、140カ所で堤防が決壊し、治水の重要性を浮き彫りにした。

一方、旧民主党政権で国土交通相を務め、群馬県の「八ツ場ダム」建設凍結を決めた国民民主党の前原誠司衆院議員や、「スーパー堤防」に異論を唱えた立憲民主党の蓮舫副代表と共産党の吉良佳子参院議員は批判も浴びた。各氏は現在、どう考えているのか。

建設中止を公約に

 「間に合ってよかった」「ヒーローだ」。八ツ場ダムをめぐっては、インターネット上でこうした賛辞が相次いだ。

 八ツ場ダムは今年6月にほぼ完成し、10月1日に「試験湛水(たんすい)」を開始した。3~4カ月かけて満水とする予定だったが、台風19号に伴う雨水約7500万立方メートルが流れ込み、ほぼ満水になった。

赤羽一嘉国交相は「(下流の)利根川の危機的な状況を救った」と評価した。

 下流域での増水量から、八ツ場ダムの治水効果を限定的だとみる意見もあるが、「間に合った」との感想が相次ぐのは、旧民主党政権のいきさつを踏まえたものだ。

旧民主党は平成21年の衆院選で、公約の最重要政策の一つに八ツ場ダム建設中止を掲げて政権交代を果たし、鳩山由紀夫政権が誕生した。当時の前原国交相は中止を宣言したが、23年に野田佳彦政権が撤回した。

 産経新聞などは前原氏を、言葉が先行し結果が伴わないという意味を込めてたびたび「言うだけ番長」と表現し、前原氏は反発した。いまとなってはむしろ、前原氏が「言うだけ番長」だったことに感謝すらすべきかもしれない。

 今月7日、前原氏に(1)八ツ場ダム建設中止の判断は政治的に正しかったのか(2)八ツ場が台風19号において果たした役割についてどう考えるか(3)ダム建設は無駄なのか(4)災害が激甚化するなか、今後の治水政策はどうあるべきか-を文書で質問した。

前原氏は事務所を通じて「日程的に都合が付かない」とした。

「優先順位違う」

 台風19号の大雨では多摩川が氾濫し、東京都世田谷区の二子玉川地区や川崎市の市街地などが浸水した。インターネットで注目されたのが、22年、行政刷新担当相だった蓮舫氏の事業仕分けでの発言だ。

 「いまスーパー堤防(を)やろとしているところは、二子玉川沿いを視察に行かせていただきましたけど、すでに堤防が整備されて、その上でまちづくりという機会があればさらにスーパー堤防化しよう。

つまり、ダブルで大切にしている。つまり住宅、人口密集地だから、やりたいという思いは分かるんですが、優先順位が違うと私は思うんですが、いかがでしょう」

ネット上では蓮舫氏が「二子玉川沿いの治水は不必要」と言ったというように誤解・曲解され、広まった。

 「スーパー堤防」は首都圏や近畿圏の6河川の沿岸を、堤防の川の反対側の土地の住民に一時離れてもらい、土地をかさ上げして改良し、なだらかな丘にする形で堤防を強化する事業だ。整備した土地には集合住宅や公園などを造る新たな街作りも伴う。

 昭和62年に始まったが、住民の一時退去が必要なことなどから、400年の時間と約12兆円の経費がかかるとされ「スーパー無駄遣い」と批判を浴び、「事業廃止」との結論が下された。

 台風19号で多摩川が氾濫した二子玉川地区は、住民の反対などで整備が進んでいなかった場所であり、蓮舫氏の発言とは直接関係はなかったといえる。

 似たような批判を受けたのが吉良氏だ。吉良氏は26年2月の参院総務委員会で、東京都江戸川区の事業をめぐり「スーパー堤防という事業は必要ない事業だ」と述べた。

 江戸川区など荒川と江戸川に囲まれた「江東5区」(ほかは江東、墨田、葛飾、足立)は、「海抜ゼロメートル地帯」に位置し、河川が氾濫すれば、浸水が10メートルに達する地点もある。

人口が多い地域で、人的、経済的な被害は甚大だ。江戸川区は今年5月、「ここにいたらダメ」と呼び掛けるハザードマップを作成し、話題となった。台風19号では政府高官も荒川の氾濫を「心配していた」と話す。

 吉良氏は堤防事業そのものを止めようとしていたのではなく、江戸川沿いの特定の地域のスーパー堤防事業に関し、「短い期間で土地から追い出すような暴挙に及んでいる」などと主張し、反対していた。ちなみに、その地点でのスーパー堤防は完成している。

 現在、蓮舫、吉良両氏はスーパー堤防の必要性、今後のあるべき治水政策をどう考えているのか。文書で回答を求めたが、蓮舫氏から期限までに返事はなく、吉良氏の事務所は「答えるべきではないと考える」とした。

 野党が政府を追及する際に使う常套句「説明責任」が白々しく聞こえる。(政治部 沢田大典)





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1951年 - 天野貞祐文相が、教育勅語に代わる国民道徳の基本として国民実践要領大綱を発表。言論界や教育界から猛反発を受け27日に撤回。

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天野 貞祐(あまの ていゆう、1884年9月30日 - 1980年3月6日)は、大正・昭和期の日本の哲学者・教育者・文学博士。京都帝国大学名誉教授。第二次世界大戦後は第一高等学校校長・文部大臣(第3次吉田内閣)を務めた後に獨逸学協会学校を母体として創立された獨協大学の初代学長を務めた。文化功労者。

神奈川県津久井郡鳥屋村(現在の相模原市)の豪農の出身、父・藤三は自由民権運動に参加して後に村長・衆議院議員を務めた。ちなみに実兄は尾崎行雄の妹婿にあたる。

父は教育熱心な人物であり、天野も将来医師になる事を嘱望されて13歳の時に獨逸学協会学校中学校(旧制中学、獨協学園の前身)に入学した。そこで野球と出会い、野球部の選手として活躍したが足を痛めて退部、更に追い討ちをかけるように母をチフスで失い、4年生の時に退学してしまう。

だが、21歳の時に内村鑑三の『後世への最大遺物』を読んで、自分の人生を見つめなおした天野は獨協の5年生として復学して翌年には首席で卒業した。当時の獨協の校長であった大村仁太郎に憧れて教育者へと志望を転向して第一高等学校に入学、内村から直接教えを受け、また九鬼周造・岩下壮一とは親友になった。

その後京都帝国大学文科大学・同大学院に進学して桑木厳翼らの下でカント哲学を専攻した。在学中にカントの『プロレゴーメナ』(『哲学序説』)の日本語訳に取り組み、東亜堂後に岩波書店から刊行された。

1913年、『カント学者としてのフィヒテ』を発表、同年には西田幾多郎の推挙で智山派勧学院大学林講師となり、翌年には第七高等学校のドイツ語教師として赴任した。更に西田幾多郎らの推挙を受けて学習院教授、続いて1926年からは桑木厳翼・朝永三十郎の推挙によって母校・京都帝国大学助教授を務める。

この間1922年から翌年にかけてドイツのハイデルベルク大学に留学して哲学研究に打ち込み、1930年にはイマヌエル・カントの代表作『純粋理性批判』を初めて日本語訳する事に成功した。 1931年 6月京都帝大より文学博士号をえた。論文は「純粋理性批判」ノ形而上学的研究。

1931年、京都帝国大学文学部教授となった天野であったが、1937年に出した『道徳の感覚』が台頭する軍部と軍国主義に対する批判が含まれていたことから、軍部や右翼、マスコミが天野を糾弾、自主絶版という事で不問に付されたものの、その後も『学生に与ふる書』(1939年)を著すなど、時流に流される世の中に警鐘を発し続けた。

1944年、京都帝国大学を定年退職した天野は甲南高校(現在の甲南大学)校長在任中に終戦を迎えた。翌年天野は母校・第一高等学校校長に就任、その後は安部磯雄の急死にともなって日本学生野球協会会長・日本育英会会長を歴任、1950年には吉田茂に乞われて2年間文部大臣を務めた。

ただし、後述のように、当時は再軍備と逆コースを巡って揺れていた時期と重なり、戦前と同様に時流に流されない教育という自身の信念に基づく教育行政を推進しようとした事が、予想もしない政治問題を惹き起こし、結果的には天野にとっては不本意な時期となる。

大臣退任直後、天野は青春時代を過ごした母校・獨逸学協会学校の後身である獨協学園が戦後日本の国家スタイルがドイツ型からアメリカ型に移行するに伴って衰微している事を知ると、母校再建のために校長就任要請を受諾して、自らが信条とする「学問を通じての人間形成」の精神に則った「獨協再建」に尽くす事になる。

やがて、遅ればせながら獨協にも大学を創設すべきだと言う声に支えられて1964年に獨協大学を創立して初代学長に就任、続いて国立教育会館の初代館長に就任するのである。

だが、戦後の日本は「オールド・リベラリスト」の天野にとっては意に沿うことばかりではなかった。

一高校長時代には大学制度改革に際して「東京帝国大学(東京大学)を一般の大学と同じにしてしまった場合には、東大を頂点とした大学の格付けが生まれて受験競争が発生してしまう」として学部を置かない大学院大学にする事を提案したものの退けられ、

文部大臣時代には戦後の人心の荒廃と受験競争の激化を憂慮して1953年に『国民実践要領』を作成して道徳教育の必要性を唱えたところ、日本社会党などの野党や日教組から「反動的な修身教育の復活だ」と糾弾された。

獨協大学創立にはこうした時流に対する天野の抵抗の意味もあったとされている。だが、やがて学生運動の嵐が獨協大学にも及ぶようになると、学生達から天野の方針を批判する声が高まってきた。これを受けて1969年、天野は学長退任に追い込まれた。

その後も獨協学園の学園長として学校運営に関わる一方で、1973年には教育面で勲一等旭日大綬章を、学生野球の面で野球殿堂(特別表彰)が贈られた。1980年に96歳で死去した時には従二位と銀杯一組が贈られている。

墓は尊敬する大村仁太郎の眠る雑司ヶ谷霊園と故郷の天野家の墓に分骨されて、後に妻のタマ(1990年に102歳で死去)も同じようにして葬られた。

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今日の香港、明日の台湾、明後日の日本。

香港情勢は目が離せなくなった。

台湾総統選挙に多大な影響有り。



「香港は極めて危険な状況」 中国外務省 全域で全校休校へ

11/13(水) 19:30配信

産経新聞








 【北京=三塚聖平、香港=藤本欣也】中国外務省の耿爽(こうそう)報道官は13日の記者会見で、香港で続く反政府の抗議デモについて「絶え間ない大規模な暴力や法に反する行いにより、香港は極めて危険な状況にある」との見方を示し、改めて警戒感をあらわにした。

 一方、香港政府は13日、抗議デモを受け、香港全域の幼稚園や小中学校を14日に全て休校すると発表した。デモが本格化した6月以降、全校休校は初めて。

 12日には香港中文大や香港城市大などで警官隊とデモ隊が激しく衝突。警察当局が同日撃った催涙弾は計1567発、ゴム弾は計1312発に上った。14歳から50歳までの142人を拘束したという。

 中国政府で香港政策を担当する香港マカオ事務弁公室の報道官は12日発表の談話で、香港で抗議デモを批判した男性が市民と口論になり、何者かに火を付けられたことについて、「暴徒の行為は道義上許されない」と非難している。

 談話はその上で、「香港政府や警察、司法機関がより強力で果敢で効果的な行動をとり、違法な犯罪行為を厳罰に処する」ことへの支持を表明。より強硬な措置で香港の抗議デモ活動を取り締まるよう求めた。

 同弁公室の張暁明主任は、国家の分裂行為などを禁じる「国家安全条例」の早期制定が必要だとする見解を9日に表明している。同条例の制定は抗議デモの押さえ込みに効果があるとみられており、張氏は「最優先の問題で差し迫った任務だ」と強調した。ただ、同条例の制定を急げば、抗議活動がさらに激化する恐れがある。

 中国政府の香港出先機関、香港連絡弁公室は12日、抗議デモについて「法の許せるラインを越え、テロリズムの深みに向かいつつある」との声明を出した。




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プロフィール

日本会議地方議員連盟

  • Author:日本会議地方議員連盟
  •  日本会議(会長 三好達元最高裁長官)は、平成9年5月、各界代表や都道府県代表が参加して設立されました。元気で誇りある国づくりをめざして、超党派の国会議員懇談会(会長 平沼赳夫前経済産業大臣)の皆さんとともに全国で国民運動を推進しています。

     このたび、日本会議に所属する全国の地方議員が連携し、地方議会から「誇りある国づくり」を発信するため日本会議地方議員連盟を設立しました。(平成17年3月6日)

     議員連盟では、外交、防衛、教育、文化などの国の根幹に関わる基本問題に連携してとりくむネットワーク作りを進め、「憲法・教基法」の改正をめざします。

     議員会員(年間1万円)には、会員専用サイトを設け、国会の動き、時局問題に対する見解、全国地方議会の動きなど国民運動情報を提供します。
    皆さんどうぞご入会ください。

    入会はこちらから

     ●日本会議地方議員連盟へのご入会の案内20070112155311.jpg

    ■設立趣意書

     戦後わが国は、日本の弱体化を企図した占領政策の桎梏から抜け出せないまま、外交、防衛、教育、文化などの国の根幹にかかわる基本問題について、多くの病弊を抱えたまま今日に至っている。

     近年、新教育基本法の制定、国民投票法案の成立、さらには防衛賞昇格など、戦後体制を脱却する動きは注目すべきである。しかしながら、その潮流はまだ大きなものとはなっていない。

     この時にあたり、今こそ発言し行動する真正保守の結集が問われている。ここに志しある地方議員は「誇りある国づくり」をめざす日本会議と連携し、地方議会よりその動きを起こし、日本の国柄に基づく新憲法制定へ向け日本会議首都圏地方議員懇談会を設立する。

     全国の良識ある地方議員が我々の趣旨に賛同され、あまたの先人が築いてこられた、この祖国日本を再建するため、我々は、下記の基本方針を掲げて献身することを誓うものである。

        (平成十九年十月六日)

    〈基本方針〉
      
    1、皇室を尊び、伝統文化を尊重し「誇りある日本」の国づくりをめざす。

    2、わが国の国柄に基づいた「新憲法」「新教育基本法」を提唱し、この制定をめざす。

    3、独立国家の主権と名誉を守る外交と安全保障を実現する。

    4、祖国への誇りと愛情をもった青少年の健全育成へ向け、教育改革に取り組む。

    私たちはめざします。
    全国に3000名議員集団を!

    「誇りある国づくり」を掲げ、皇室・憲法・防衛・教育等の課題に取り組みむ日本会議と連携し、地方議会を拠点に、次のような運動を推進します。

    ①改正された教育基本法に基づき、国旗国歌、日教組、偏向教科書問題など、教育改革に取り組みます。

    ②青少年の健全育成や、ジェンダーフリー思想から家族の絆を守る運動を推進します。

    ③議会制度を破壊しかねない自治基本条例への反対など保守の良識を地方行政に働きかけます。

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憲法改正を実現する1,000万人ネットワーク 美しい日本の憲法をつくる国民の会

憲法改正早期実現国会議員署名


■  422名  (11月21日現在)




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■石川、熊本、愛媛、千葉、香川、富山、兵庫、鹿児島、群馬、栃木、岡山、大分、宮城、山形、高知、佐賀、埼玉、山口、長崎、宮崎、和歌山、岐阜、神奈川、大阪、福井、京都、茨城、東京、徳島、静岡、新潟、秋田、山梨、福岡、滋賀、長野

■【神奈川県】横浜市、川崎市、横須賀市、藤沢市、茅ケ崎市、逗子市、大和市、海老名市、座間市、秦野市、伊勢原市、小田原市、厚木市、愛川町、寒川町、箱根町【東京都】荒川区、小笠原村、日野市、中野区、府中市、町田市、調布市【千葉県】酒々井町【茨城県】常総市【京都府】綾部市【石川県】羽昨市、七尾市、内灘町【富山県】舟橋村、立山町、入善町、滑川市、富山市【大阪府】大阪市、和泉市【奈良県】田原本町【愛媛県】松山市、今治市、四国中央市【福岡県】福岡市、北九州市、川崎町、遠賀町、大川市、篠栗町、芦屋町、行橋市、春日市、糸島市、大木町、柳川市、【佐賀県】鳥栖市、佐賀市【長崎県】佐世保市、大村市、対馬市【熊本県】合志市、多良木町、菊陽町で可決


辺野古移設賛同  地方議員署名


■現在署名数 1812名(231議会)




私たちのめざす 方針と活動



一、新教育基本法に基づいた教育改革と教科書採択を推進する

一、議場への国旗掲揚を推進し、地方から誇りある国づくりを提唱する

一、議会否定につながる自治基本条例を阻止し、議会活動を活性化する

一、ジェンダー思想を相対化する、家族の絆を守る運動を推進する

一、時局問題への対応を敏速に行う

一、研修会、講演会を開催し、会員相互の見識と親睦を深める

一、全国に3千名の地方議員ネットワークを形成する

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■【人権救済法案問題】
●人権侵害救済法案に反対する意見書案

※人権侵害救済法案の問題点について

…………………………………………………………………………

■【自治基本条例問題】   
議会否定につながる自治基本条例の阻止を

①自治基本条例の問題点について

②外国人に対する住民投票権の付与について

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■【議場の国旗掲揚推進】
地方議会議場での国旗掲揚について

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■【外国人参政権問題】
●外国人参政権に反対する意見書採択について

反対決議は362市町村議会(H22年9月1日現在)

慎重議員署名4071名・535議会(同年9月1日現在)

慎重首長署名568自治体(7県知事221市区340町村長・同年9月1日現在)

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尖閣諸島上陸許可要望議員署名


      ↓
■議員署名用紙

現在 4182名
(387議会)

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議会否定の自治基本条例