【ソウル=桜井紀雄】北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)政権が外務次官談話で日本との協議を否定しない立場を明示した背景に、外交的にも経済的にも閉塞(へいそく)状況が続く中、その打開に向けた新たな交渉相手として日本を選んだ可能性が指摘されている。
連携を強める日米韓にくさびを打ち込みたい思惑も見え隠れする。
ここ数年は日本「無視」
北朝鮮は2016年に拉致問題の再調査を中断して以降、米韓に対話攻勢を仕掛けることがあっても、日本をほぼ無視してきた。ここ数年の経緯からすれば、今回の談話は唐突だった。
北朝鮮の元外交官で韓国政府の諮問委員を務める高英煥(コヨンファン)氏は、米韓との交渉が行き詰まり、中露からの支援も限られる中、「北朝鮮は扱いやすい相手として日本を戦略的に選択した可能性がある」との見方を示す。
バイデン米政権の北朝鮮への関心は薄く、韓国の尹錫悦(ユンソンニョル)政権は、日米と対北安全保障協力だけでなく、韓国人や日本人拉致問題を含む北朝鮮の人権問題での連携の強化を目指す。
人権問題を巡る国際社会からの批判は金政権が最も神経をとがらせるものであり、連携強化を「これ以上見過ごせない」との北朝鮮の判断もあったと高氏はみている。
経済協力への期待は明白
対北協議に前向きなことなど、日米韓のうち比較的「弱い輪」として狙ったのが日本だと、高氏は分析した上で「韓米日協力に亀裂を生じさせる目的もある」と強調する。
米韓首脳が4月に対北抑止力強化をうたった「ワシントン宣言」を発表した後も北朝鮮は目立った軍事的行動に出ていない。高氏は「それほど経済難が深刻な表れだ」とも語る。北朝鮮が対日協議に言及する裏に経済協力への期待という本音があるのは明白だ。
国際社会の制裁や新型コロナウイルス禍に伴う国境封鎖で北朝鮮経済は長期間逼迫(ひっぱく)。対中交易総額こそ最近、コロナ前の9割に回復したものの、中国からコメを大量輸入して食糧難をしのいでいる現状がある。
拉致問題が焦点
今月初めに漁船で脱北した一家は、経済難やコロナ禍で強まった住民への統制に耐えきれずに脱北を決心したと証言。住民らの鬱屈した不満の一端を示した。
北朝鮮は今回、「拉致問題は解決済み」との従来の主張を繰り返したが、高氏は「拉致問題に進展がなければ、日本を動かせないことを北朝鮮はよく知っている」と指摘。日朝協議が進めば、行方不明者などとして一部拉致被害者の資料を出す可能性も否定できないとの見通しを示した。