中国の李克強前首相の急死が波紋を広げている。12年に発足の習指導部で党序列2位となり、13年に温家宝氏の後任として首相職を10年間にわたり務めた。今年3月に退任したばかりだった。静養中の上海で亡くなったという。
68歳とまだ若いうえ、当初は胡錦濤前国家主席の後継者との声もあった大物だけに中国国内のショックは計り知れない。
李氏は経済通で、その政策は「リコノミクス」と呼ばれ、一時注目を集めた。ただ、習近平国家主席が権力集中を強めるなか、習氏と李氏の間には、意見の隔たりがあったとされる。経済運営などの権限を次々に奪われたようだ。
中国経済は危機に見舞われている。中国国家統計局が今月18日に発表した23年7~9月期の実質国内総生産(GDP)も前年同期比4・9%増で、4~6月期の6・3%増を下回り、成長が減速している。
21年に不動産開発大手の中国恒大集団の経営危機が発覚して以降、不動産不況が顕在化した。8月には「優等生」とされてきた同「碧桂園」も巨額の赤字を発表していた。今月26日には世界の金融機関でつくるクレジットデリバティブ決定委員会が、社債について「支払い不履行」と認定した。
若者の失業率も悪化しており、現在の中国で若者たちは希望も持てない状況にある。習氏は、李氏に国民の支持が集まり、脅威となることを恐れていたのかもしれない。
専制的なリーダーは、権力の一極集中を進めれば進めるほど、自らの首を絞める。
周囲をイエスマンで固めることで、正しい判断ができずに、自ら過ちを犯していることに気づかなくなる。
ロシアのウラジーミル・プーチン大統領によるウクライナ侵攻などは典型的だろう。強権的体制下では軌道修正も許されず、少しでも妥協、緩和をすれば一気にほころびが生じて、政権存続の危機につながりかねない。
習氏が異例の「3期目」入りを果たした昨年10月の共産党大会では、胡前国家主席が退席するシーンも印象的だった。地盤を確立する過程で「政敵」として疎ましく思う人物も多いのだろう。李氏の退任も実質的に「粛清」に近い形にみえた。
重要な政策通を失ったことで、中国経済に潜む課題が今後さらに表面化することも予想できる。
一方、中国共産党内の権力闘争や、経済不況のあおりを受けるのは国民にほかならない。中国各地で追悼ムードも広がっている。李氏の出身地である安徽(あんき)省では、数百人が献花に列をなしたという。
1989年の天安門事件は、「改革開放」「自由化」路線を進めた胡耀邦元総書記の追悼集会が民主化要求集会に発展したものといわれる。中国国内では昨年11月に習政権のゼロコロナ政策に白紙を掲げて抗議する「白紙革命」も異例の規模で拡大した。今回の追悼ムードも「新たな天安門」に発展する可能性もゼロではないだろう。
習指導部は、国内に鬱積する不満をそらすため、周辺諸国に軍事的威圧を強める可能性もある。日本も警戒が必要だ。「裸の王様」となった習氏が犯す「過ち」は、台湾侵攻かもしれない。
ケント・ギルバート
米カリフォルニア州弁護士、タレント。1952年、米アイダホ州生まれ。71年に初来日。著書に『強い日本が平和をもたらす 日米同盟の真実』(ワニブックス)、『いまそこにある中国の日本侵食』(ワック)、『わが国に迫る地政学的危機 憲法を今すぐ改正せよ』(ビジネス社)など。