例えば、ペルーで、フジモリ元大統領に対する裁判が始まりました。フジモリ大統領といえば、ペルー大使公邸占拠事件で、平和ボケした当時の橋本総理に代わって毅然としてテロリストと対峙し、見事にテロ事件を解決した頼りになる指導者というイメージがまず浮かんできます。
もし、あのときフジモリ大統領が毅然として対応していなければ、我が国は、テロリストに屈した卑怯な国というレッテルを貼られたことになったでしょう。
しかもフジモリ大統領は、ヨーロッパの植民地支配の遺制に対抗し、貧しい黄色人種のための学校や福利厚生に努力し、麻薬問題の解決に尽力しました。
だからこそ、フジモリ大統領は、麻薬で利権を得た者たち、そして欧米植民地体制で利益を得ていた欧米系の支配者層たちから非難され、ついに亡命を余儀なくされました。
こうした構図を理解していたがゆえに、石原都知事や日本財団の曾野綾子さんたちは、フジモリ大統領の日本亡命を受け入れ、支持してきたのです。
そのフジモリ大統領が、ペルーの庶民たちの要望を受けて帰国しようとしたため、まずチリで拘束され、現在、政敵が支配するペルーで裁判を受けることになりました。
(引用)
フジモリ氏、リマで収容・支持者らがデモ
【リマ10月22日共同】チリから身柄を引き渡されたペルーのフジモリ元大統領は22日夕(日本時間23日早朝)、ペルーの首都リマの空軍基地に到着し、市内の国家警察関連施設に収容された。フジモリ氏の“帰国”は2000年の失脚以来、約7年ぶり。現地では支持者らがデモを行い同氏を歓迎するとともに、公正な裁判をするよう訴えた。
今後、市民虐殺事件などの刑事裁判に向けた手続きが進む。当面は同施設で拘束下に置かれるとみられるが、フジモリ氏側は自宅軟禁などの処遇を求めている。
フジモリ氏を乗せた警察機は悪天候を理由に、当初予定されていたリマ郊外の警察の航空施設ではなく、空軍基地に着陸。航空施設周辺で待ち受けていた長女で国会議員のケイコ氏やフジモリ派の市民数百人は「報復ではなく正義を」などと声を上げた。デモによる大きな混乱はなかった。
(引用終わり)
そして現在、フジモリ氏に対する裁判が始まりました。
しかし、勝者が正義となるペルーにおいて、果たして公正な裁判になるのか、疑問です。国際ジャーナリストの田中宇氏もかつてメルマガで次のように指摘しています。
(引用)
フジモリと日本
2001年8月27日 田中 宇
フジモリ氏についてまず考えるべきは国籍のことではなく、彼が大統領時代にやったことをどう評価するかということだ。ペルーの安定と発展に貢献したのは確かだが、左翼ゲリラ関係者ではないと分かっている人々をゲリラとして殺した疑惑や、去年の大統領選挙で不正をしたと指摘されていることについては、真相究明がなされた上で、フジモリ氏に責任をとってもらうのが筋かもしれない。
ただし、中南米の政界は伝統的に日本とは比べものにならない厳しいルールなき戦いの世界である。フジモリ氏の行為は中南米の政界の基準のもとに評価されるべきだ。
そう考えると、日本のいくつかの新聞が書いた「フジモリが潔白だと言うのなら、ペルーに帰って法廷で正々堂々とそれを示すべきだ」という主張には、底の浅さを感じる。
政治の戦いというものは古今東西、勝っているうちに悪いことをしても罪に問われず、負けると急に強烈に断罪され、政治上の「正義」とはもともと歪んだものである。
だから、中南米などでは政争に敗れた政治家には「亡命」という身の処し方が許されていた。そのルールから考えると、フジモリ氏の日本亡命は認められても良い。
一方、最近のアメリカは「亡命」という政争の終わらせ方を認めず、政争に敗れた政治家にとことん責任をとらせる新しいルールを、世界に定着させようとしている。
チリのピノチェト元大統領が母国に強制送還させられたのもその例だ。ヨーロッパでは、ユーゴスラビアの大統領だったミロシェビッチ氏が、失脚後、国際法廷に引っぱり出されて裁かれる事態になっている。
この手の「国際法廷」は、構造的な大欠陥を抱えている可能性がある。政争や戦争に勝った側が、負けた側を裁くとき、勝った側は「公正さ」を装いつつ、実は自分たちに都合の良い判決が出す傾向が強くなるからだ(この意味では「東京裁判」についても再評価した方が良いとする日本の右派勢力の主張には一理ある)。
一般に、勝った側が負けた側に対してふりかざす「正義」の言葉は、疑って聞いた方が良いということだ。
http://tanakanews.com/b0827peru.htm
(引用終わり)
ペルー大使公邸占拠事件で、我が国の名誉を救ったフジモリ大統領の処遇について、日本政府が何も発言しない、または、フジモリ大統領に対して何もしなければ、諸外国は、「いざとなれば、日本は何もしてくれない」というイメージをますます持つことになるでしょう。
外国に住む日系人たちも、「いざとなれば、日本政府は何もしてくれない」という失望を持ち、ますます日本離れになっていくでしょう。そして、現に「慰安婦決議」を推進したアメリカのマイク・ホンダ議員のように、日本が頼りにならないから、中国と韓国を頼りにしているわけです。
日本政府に、外国に住む日本人や日系人の立場を守ろうとする意志がなければ、日本の国際広報活動の成功は望めません。その代表例として、今回のフジモリ大統領のケースは重要だと思うのです。
少なくとも、保守派として「法の支配」を価値として認めるならば、ペルー政府に対して、「フジモリ大統領の裁判に対して、法の支配を尊重する立場から、強い関心を持っている」という強いメッセージを送るべきではないでしょうか。
幸いに同様の問題意識をもっている政治家たちが、このほどペルーのフジモリ元大統領に対して公正な裁判を求める超党派の議員連盟の発起人会を開催しました。
この発起人が自民党の山崎拓前副総裁や民主党の前原誠司副代表、公明党の東順治副代表らというのが複雑ですが、国際社会で頼りになる日本となっていくためにも、保守派こそ、こうした問題についてもっと関心を持つべきではないでしょうか。
是非とも在外邦人と日系人たちの立場を守る観点から、今回のフジモリ大統領裁判について外務省に対してご意見をお寄せください。
https://www3.mofa.go.jp/mofaj/mail/qa.html
↑ブログランキングにご協力下さい↑
●日本会議地方議員連盟のご紹介

