中国が東シナ海の日本の排他的経済水域(EEZ)内に大型のブイを設置した問題で、中国の海洋調査船が中国浙江省寧波市を出航後、約7ノット(時速約13キロ)という遅い速度で航行し、ブイ設置後に2倍以上の速度で引き返していたことが24日、船舶自動識別装置(AIS)のデータから明らかになった。海上保安庁はこの海洋調査船がブイを運搬し、設置したことを示す有力な証拠とみている。
日中中間線から1キロ内側
海保などによると、ブイは尖閣諸島(沖縄県石垣市)の魚釣島の北西約80キロ、日中中間線の日本側の位置で確認された。政府は外交ルートを通じて中国側に抗議し、即時撤去を求めた。ブイの設置は尖閣周辺の海域で管轄権を既成事実化し、実効支配を演出しようとする狙いもあるとみられ、専門家は中国側の動きを警戒している。
AISを搭載した船舶の運航情報などを提供するマリントラフィックのサイトを基を産経新聞が分析したところ、中国の海洋調査船「向陽紅22」は7月1日午前11時ごろ、寧波市の沖合を出航。時速約7ノット(約13キロ)という遅い速度で航行。2日午後5時ごろ、日中中間線から日本側に1キロ程度入った北緯26度4分、東経122度44分の位置でほぼ停止した。
向陽紅22は約1時間半後、往路の2倍以上の速度の時速14ノット(約26キロ)で中国に引き返しており、この間、ブイを設置したとみられる。現場海域を管轄する第11管区海上保安本部(那覇)前本部長の一條正浩氏は「往路はブイを曳航(えいこう)していたため速度が遅かったと考えられる」と指摘する。
ブイ流されるたび、新たに設置
欧州宇宙機関(ESA)が公開している衛星画像からブイは直径約10メートルと推定される。海保によると、「中国海洋観測浮標QF212」との表記があった。係留型のブイは平成25年と30年にも同じ位置で確認されており、「重りが切れるなどしたブイが流される度に中国側が新たにブイを設置してきた」(海保関係者)という。
11管の領海警備担当次長を務めた元3管本部長の遠山純司(あつし)氏は「30年に漂流したブイを調査した際、気象や波のデータなどを送信していたことが判明した」と振り返る。
中国の海洋政策に詳しい九州大学大学院の益尾知佐子教授(国際関係論)も「データは人工衛星経由で中国本土に送られ、海警船の行動や軍事行動に用いることができる」と指摘。「地球全体のビッグデータを構築する中国の『国土空間長期計画』を受けた動きといえ、これまで分析や対策の検討を進めてこなかった日本政府にも大きな責任がある」と強調する。
東シナ海の沖縄トラフ周辺では、銅などを含んだ海底熱水鉱床が確認されたほか、レアメタル(希少金属)などの鉱床がある可能性も指摘されている。中国は日本のEEZ内まで権益を広げようとしているとみられ、東海大の山田吉彦教授(海洋政策)は「ブイはデータ収集が目的というより、尖閣周辺でプレゼンス(存在感)を示し、尖閣支配の既成事実化を狙って設置された」との考えだ。
「少しずつ刻んで工作」
海保によると、海警船の活動日数は令和2年以降、3年連続で330日を超え、領海外側にある接続水域での航行が常態化。昨年は過去最多の336日を記録した。中国海警局は軍艦を改修した大型船を配備して武装強化を図っており、海洋進出を強める中国の公船の活動が活発化している。
南シナ海では海警船が外国漁船に高圧的な態度を繰り返し、ブイの設置も相次いでいる。遠山氏は「中国は少しずつ刻んで工作する『サラミスライス戦術』で静かに少しずつ事態を進める。わが国は常に状況を注視し、異変を把握した場合、遅滞なく必要な措置を講じる必要がある」との認識を示した。(大竹直樹、データ分析・西山諒)