日本での言論活動に適用
日本留学中に「香港独立」などを訴える投稿をソーシャルメディアに投稿したとして、香港の刑事罪行
条例違反(扇動の意図を有する行為)の罪に問われた23歳の香港人女性に対し、香港の西九竜裁判所は
今月3日、禁錮2月の実刑判決を言い渡した。
女性は今年3月に身分証を更新するため香港に帰省した際、香港国家安全維持法(国安法)違反容疑で
逮捕されたが、今回は英国の植民地時代に制定された刑事罪行条例が用いられた。女性の逮捕をきっかけ
に国安法の域外適用を懸念する声が高まる中で、香港の司法当局は同条例を適用した。
域外適用とは、自国の領域外の行為や人・財産などの事象に対して管轄権を行使することをいう。企業
活動の国際化に伴い、独占禁止法や租税回避、企業取引をめぐる賄賂、経済制裁や輸出管理、人権侵害に
関わる規制において、域外適用が行われている。
一方、国安法は国家分裂や政権転覆などの行為を禁じ、海外にいる香港人や外国人も取り締まりの対象
とする。香港では中国共産党に批判的なメディア幹部や元議員らが逮捕され、裁判が進行中だ。このよう
な法律が域外適用されるとなれば、思想信条の自由や表現の自由を法的に保障する民主主義国家にとって、
司法権、ひいては主権が侵害されることになる。
ヨーロッパ人権裁判所の判例では、「市民の政治的表現」を「民主主義社会において必要な表現」とみ
なしている。例えば、政治家に対する「風刺」についても、行き過ぎた侮辱的表現と見るか、民主主義に
おける重要な表現と認定するかを審査している。
留学生の女性の投稿内容
では、今回の香港人女性の表現はどのような内容で、どのような方法を用いて発信していたのか。
女性がネットに投稿したのは、「香港独立」「光復香港、時代革命(香港を取り戻せ、革命の時だ)」
「テロ組織・共産党を滅ぼせ」などの表現を含む写真や文章で、用いたソーシャルメディアはフェイスブ
ックやインスタグラムだった。
裁判所は、投稿の内容が「北京政府や香港特別行政区政府への憎しみや蔑視を引き起こした」と認定し
たが、「光復香港、時代革命」は、香港のデモ参加者がよく使っていたスローガンだった。弁護側は、
「彼女に故意に罪を犯そうという意識は薄く、投稿内容も独創的なものではなかった」と主張した。
女性のフェイスブックアカウントの友人は473人、フォロワーは657人。最も反響のあった投稿へ
の「いいね」は101件、コメントは18件しかなかった。香港独立を主張する日本語の投稿(日本語が
理解できる人向けに書かれた投稿)への「いいね」の数は1で、コメントはなかった。
裁判所は「投稿を削除せず、一定の継続性があった」「香港在住の日本語を理解する人々が見られる状
態だった」と指摘したが、日本滞在時の行為の判断については説明しなかった。だが今回問題とされた2
018年9月から今年3月の13件のネット投稿のうち、11件は日本での投稿だった。
裁判所は、女性が投稿を削除していなかったことで、彼女に扇動の意図があったと見なしている。行為
そのものは日本滞在時に生じたのであり、刑事罪行条例の扇動罪でも、域外適用にあたるのではないか。
今回の裁判は国安法の裁判ではないが、国安法の指定裁判官が担当した。国安法の指定裁判官は、行政
長官が指名することになっている。
民主主義支える自由な言論
この事例を前例とすれば、今後、香港人だけでなく、日本人も、日本にいる外国人も、香港の法律によっ
て日本における言論活動が制限され、表現の自由が奪われる事態が生じるのではないか。
裁判所は「被告には投稿を削除する権利もあったのにそれを怠った」と述べている。このような司法判断
が当たり前になってしまえば、ネット上から中国や香港の政治に対するコメントが次々に削除され、まとも
な政策論議が「反政府的な言動」とされかねない。さまざまな見方があり、カラフルだった言論空間が一色
で塗り潰されてしまう。
私は女性の関係者から、女性が今回「罪を認めた」のは、これ以上、貴重な青春時代を無駄にしたくはな
い、一日も早く日本での留学生活を再開したいという思いがあったためと聞いている。女性の弁護士は、彼
女が更生プログラムにまで参加している状況を明らかにした。女性は裁判当日、母親に抱きかかえられ、涙
を流していたという。
裁判所は、彼女は年齢が若く、反省しており、量刑を軽くしたと強調したが、そもそも有罪にすべきでは
ない事案だ。
市民の政治的表現の自由は、民主主義社会を支える不可欠な権利である。日本政府は、民主主義国家とし
て今回の香港の裁判所の判決に対して、強く抗議すべきだ。(あこ ともこ)
【広州=吉岡みゆき】香港当局を侮辱する街宣活動をしたとして、香港の裁判所は20日、民主派団体「人民力量」の譚得志・前副主席(50)に、刑事犯罪条例の扇動罪(扇動文発表)などで禁錮3年4月の実刑判決を言い渡した。

同条文は、英国植民地時代に左派運動家摘発を目的に制定され、1970年代以降では初めて適用された。
譚氏は2020年1~7月、「悪徳警察はくたばれ」「打倒共産党」と発言し、同年9月に逮捕された。弁護側は公判の中で、扇動罪の適用について「現代の人権法規には合っていない」と主張していた。譚氏は判決後、代理人を通じてSNSに「私の判決は香港人の言論の自由に影響する」と投稿し、控訴する意向を示した。英国の人権団体・香港監察も「当局と異なる意見を刑事罰で封殺する乱暴な判決で、言論の自由の取り締まりがさらにエスカレートした」と批判した。