光市母子殺害事件で差し戻し控訴審判決が広島高裁で行われ、被告に死刑を言い渡した。実に事件発生から9年を得て4度目となる判決で初めての死刑宣告であった。犯罪被害者の権利意識の高まりや厳罰化を求める世論を受ける形のものであるが、被告の供述が差し戻し前の1、2審と現在とで変遷したことは不合理とした高裁の判断は極めて当然の内容であった。
誰でもわかる筋道が、被告の弁護団によって、殺意を否定する論をつくることによって、かえって被告に自省の機会を奪ってしまったことは悔やまれる。弁護団は上告したというが、一体、被告の人権の何を守ろうとしているのか、著しく弁護士の信頼を損ねたことは事実である。
この裁判では一貫して亡くなった妻子の遺影を抱えながら法廷に臨む遺族の本村洋さんの毅然とした姿に、心打たれるものがあった。愛する人を一瞬にして奪われたその悲しみと無念さの深さはどんなに代弁しても代弁できないほど大きいであろうが、本村さんの場合には妻子に「被告の死」を伝えることによってのみ、生きる術と力を見出していたとしか言い様がない。
「決して喜ぶべきではないことで、厳粛に受け止めたい」の言葉は非常に重い。本村さんが望むように「これが残虐な死刑を下さなくていい、安全で平和な社会をつくる契機になればいい」環境になってほしいと心から思う。(丸山)
母子殺害死刑 年齢より罪責を重く見た(4月23日付・読売社説)
犯行の残虐性や社会的な影響を考えれば、極刑以外にはあり得なかったということだろう。
山口県光市で1999年に起きた母子殺害事件で、殺人や強姦(ごうかん)致死罪に問われた当時18歳の元会社員の被告に対し、差し戻し控訴審の広島高裁が死刑を言い渡した。
「犯行時に未成年だったことが死刑回避の決定的な理由にならない」として、もとの1、2審の無期懲役判決を破棄した最高裁の判断を受けたものだ。少年事件における死刑選択の基準がより明確になったと言える。
差し戻し審では、更生の可能性が大きな争点になった。
判決は、強姦目的で23歳の主婦を殺害、生後11か月の乳児を床にたたきつけ、絞殺したと認定した。そのうえで「冷酷、残虐にして非人間的な所業」と、罪責の大きさを指摘した。
被告弁護側は、差し戻し審で従来の供述を翻し、殺人や強姦の犯意を全面否認して、傷害致死を主張していた。
判決は、これを「不自然、不合理な虚偽の弁解」と退け、「自分の犯した罪の深刻さと向き合うことを放棄し、死刑回避に懸命になっているだけだ」と断じた。
被告弁護側の主張が逆に、更生の可能性は見られず、「反社会性が増進」して、「特に酌量すべき事情を見いだす術(すべ)もない」との結論につながった。
少年法は、18歳未満を死刑の適用外としている。死刑を回避したもとの1、2審とも、被告が18歳になって1か月しか過ぎていなかったことを重視していた。
連続射殺事件の永山則夫元死刑囚の上告審で最高裁は83年、犯行の罪質や動機、殺害方法の残虐性、遺族の被害感情、社会的影響、犯行後の情状など、死刑選択の9項目の基準を示している。
これ以降、少年事件で死刑が確定したのは永山元死刑囚を含む2人だけで、いずれも犯行当時19歳、被害者はともに4人だった。
今回は、被害者が2人の事件で死刑が適用された。被害者数だけが重要な要素ではなく、事件内容や犯行後の情状などが考慮されるのは、当然だろう。
来年5月から裁判員制度が実施される。量刑判断に不安を抱く人は多い。極刑ともなれば、心理的負担は大変なものだろう。
被告側は上告した。最高裁には、重大事件の審理に参加する国民のためにも、少年事件の量刑基準を、さらに分かりやすい形で示すことが期待される。
(2008年4月23日01時46分 読売新聞)
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