オリンピック聖火リレーが行われた26日、チベット弾圧抗議活動と現地治安状況視察のため、長野に行って参りました。
この日の長野は、さながら「中華人民共和国長野自治区」といった状況で、全国から5千人の中国人留学生等が動員され、街中至るところで五星紅旗(中国国旗)がはためき、自治区に名を借りた占領地そのものでした。少し長くなりますが、以下騒乱記です。
前夜の新宿駅西口。
私は、松浦芳子杉並区議が代表を勤める超党派の「全国草莽地方議員の会」のメンバーとして、吉田あい杉並区議、天目石要一郎武蔵村山市議、桜井秀三松戸市議、上橋泉柏市議らと共に長野に向かいました。
私達のバスの周辺には、数多くの観光バスが停車しており、これら全て中国人留学生が手配したものでした。関係機関からの情報によれば、この日新宿駅と池袋駅から、それぞれ20〜30台のバスに分乗して出発したとの事です。
午前3時長野着。善光寺の宿坊「玉照院」に入り、暫し休息。
午前6時20分、同宿坊を出て、同志約60名と共に「フリーチベット!(チベットに自由を!)」を連呼しながら、他の議員との待ち合わせ場所の長野市役所前に向かいました。
善光寺から、当初の聖火コースであった中央通りを南下、変更後のコースと合流する大門交差点では、白山獅子旗(チベットの旗)と五星紅旗を持ったグループが睨み合い、それぞれ「フリーチベット!」、「中国加油(中国がんばれの意)!」と叫んでいました。
さらに南側の東後町、権堂町で中国人グループと遭遇、我が方に対し「中国加油!」と叫び、これに対し「フリーチベット!」の他、「待人有礼(礼儀正しくしていなさいの意)」と書いたプラカードで応戦。
まあここまでは、双方の怒鳴り合いまででしたが、新田町交差点を左折しコースから離れ、市役所駅前交差点で中国人側が我が方を取り囲むよう終結し、フーリガン化し我が方のプラカードを壊し、それに日章旗を破る事態になりました。
当然交差点一帯は騒乱状況下になり、さらに長野県警の対応が遅かったため混乱が広がりましたが、「非暴力」を売りにしていた中国人側が、さすがにまずいと判断したか、リーダー格の大学教授風男、おそらく彼が学生を扇動していたと思われますが、この男が中国人学生を止めに入りました。
一方我が方からは、中国人暴徒を放置している長野県警に対し、「警察は何やってんだ!」「なぜ暴れる中国人を取り締まらない!」「税金ドロボー!」などの批判の声もあがりました。
その後同市役所前を経由し、聖火コースである長野大通りを北上し、イトーヨーカドー前に前線本部を設置。目の前を五星紅旗をたなびかして走行する車両が通過し、「フリーチベット!」に対し、クラクションで応酬。また歩道を数名の中国人が通行した際は、こちらの呼びかけには黙ったまま通過。どうやら数十人以上の単位でなければ、彼らは騒げないらしい。
午前8時26分、予定を早めて聖火リレー開始、第一走者の星野仙一氏が出発。
当初の予定時刻であった同30分を過ぎた頃、長野駅前に陣取る別の議員グループより応援要請の報が入り、再び長野通りを南下。
途中の東宝中劇付近で中国側と遭遇、チベット人及び支援者に暴力を振るい始め、止めに入った我が方を含め一帯が騒然となり、警察が鎮圧に入るも収拾がつかない状況に。
この騒ぎの中で、私も中国人に旗ざおで頭を叩かれました。
痛くはありませんでしたが、慌てた他の中国人が下手人を抑えにかかりました。それでも抗議する私に対し、彼らは「中国加油」をマインドコントロールのように連発。
またこの騒ぎで、日本人3名が負傷したとの事。
前述の長野市役所前交差点で再び騒動となり、白山獅子旗を五星紅旗で取り囲もうとする動きに対し、日章旗を間にかませるなどの対処を行いました。
交差点一帯は、「FREE TIBET!」(英語)、「中国加油」(中国語)、「帰れ!帰れ!」(日本語)など怒鳴り合い応酬が響きました。
しかも交差点前面が五星紅旗で覆い尽くされる状況となったため、私が「日の丸を前に!」と号令をかけ、日章旗をさらに前面に出したりしました。
この混乱で、多数の群集が聖火コースの押し出され、これを抑えようと長野県警が動き、私にも「先生、押さないで下さい!」、これに対し「押してんじゃなくて押されてるの!お巡りさん!」と応じました。
午前9時前、聖火が同交差点を通過。
ランナーは一般公募の女性のようでしたが、周りの警官の壁に阻まれるも、火の部分だけは見えました。聖火通過後、「私達はこの騒ぎを収めに来た。」という中国人男に対し、「それなら各々大学に直ちに帰るよう諭しなさい。聖火通過した。君達中国人が主張する時間も終わったはずだ。」と応じました。
さて最後に今回の総括は以下のとおりです。
?冒頭にも書きましたが、この日の長野市は、「中国長野自治区」と化していました。
?警備に当たる長野県警にも、ある種の意図が有ったのかもしれませんが、厳戒態勢と言える程の警備ではなく、中国人が暴れる機会を与えました。
?中国人グループは、欧米諸国では「ONE CHINA FOR EVER」(中国は一つ)と英語で叫んでいましたが、日本では日本語ではなく文中にもあったように「中国加油」(”チュンコウ ジャーヨウ”中国頑張れ)と中国語で叫び、欧米人と日本人に対する彼らなりの評価の現れていました。
?全員が同じ形式の旗を持ち、同じフレーズ(中国加油)を叫んでいたこと、また多数のバス手配などから、組織的動員がうかがえました。
?そもそも誰のための聖火だったのか、日本で開催されたリレーであるにもかかわらず、大量動員された中国人による騒ぎばかりが目立つ一日でした。
?翌日の韓国ソウル市では、中国人がチベット支持者をホテル内に入ってまで暴行、これに対して韓国政府は中国大使に抗議しましたが、日本人も被害を受けた今回の事件に対して我が国外務省は何をやっているのでしょう。
?報道を通じて、”長野の惨状”を多くの日本人が目にすることが出来、3年前の対日暴動、毒入りギョーザ、チベット弾圧、野村證券不祥事と並んで、日本人の対中国警戒感が増加したと思います。
?このような騒乱を起こす国の人間に対し、地方参政権を付与するべきではないと思います。
以上
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