ペマギャルポさん
井尻千男先生
東條由布子さん
都議会議員吉田康一郎さんその他大勢の地方議員が挨拶
杉並区議会議員松浦芳子さんが司会
愈愈出発してみてその人数の多さにまた驚いた
薫風に日章旗・チベット国旗・ウィグル亡命政府旗等が
翩翻として心躍るものがありました。
隊列は多くて意気も上がりましたがいかんせん午前中の銀座は人通りも少なく
アピール度がいまひとつだったかとも思われましたが大成功と言って良いでしょう
これほどの大人数が集まったのは私の知る限りここ2・3年ではありません。
終点の日比谷公園で解散しましたがその際私は
「午後2時に日本青年館で抗議集会デモ有りますので私と一緒に来てください。」
とアピール、何人かの方が同意してくれました。
その際にチャンネル桜の某氏が
「水島社長からの伝言だが日本青年館の集会デモは
日の丸禁止だよ、だからこそ行く人は日の丸を持っていって欲しい」
とのことでした。
私は日本国内のデモなのに日の丸禁止?変だな?
しかしもしそうなら意地でも持って行ってやると思い何本が調達し現地に向かいました。
SAVE TIBET NETWORK
主催の「チベットを救え チベット問題の平和的解決を求める大集会&デモ行進」
会場日本青年館(定員千名)に行ってビックリ
会場内に入れない人で隣の明冶公園が大混雑
私は無理に場内に入り通路にしゃがみこみました。
壇上にはダライラマ法王の大きなお写真そして多くの来賓がいました
枝野民主党議員はじめ多くの諸民族の代表
モンゴルの代表が話すとモンゴル独立旗が振られ
ウィグル人が話すと同様で熱狂の渦でした。
また会場の主要な所に今は亡きベトナム共和国(旧南ベトナム)の旗がありました。
私は驚きました!
どこに行ってもなじみの保守系の顔が全くいない会場で
中国共産党を激しく攻撃する演説に大拍手なのです。
呆然としました。
これだけの人数の反中共の集会は始めてみました。
デモが始まったらこれまた人数の多さに驚きました
主催者発表で約4千人だそうですが大袈裟ではないと思いました
3千人はいたと思います。
色々な旗がありました。世界人権会議の七色の旗や五色の仏教旗
そして懐かしやチェ・ゲバラの顔写真の旗もありました。
日比谷から松浦議員が持ってきてくれた日章旗が光っていました。我々も持ってきて良かったと思いました。
日の丸を誰から咎められませんでした。
終点の代々木公園で我々は額を集めて
「いったいこの厖大な人数はどこから湧いてきたのか
こんなにたくさんの反中共の人たちを我々のサイドにリクルートすることはできないのか。」
みな思ったことは同じだったようです。
後で元東大教授酒井信彦先生にお聞きしたのですが
もともと酒井先生・西村修平氏・小林修英氏・ペマギャルポ氏
がやっていたチベット関係の運動ににの人たちが入り込んできて
シュプレヒコールはやらない無言デモをやるだの
日の丸は駄目だとか言い出したのだそうで
確かに60年代のヒッピーを思わせる所もある
ダライラマ法王をガンジーのように聖者と崇めて
無抵抗平和主義を標榜しており(九条の会のシンパも多かったのでは)
そのせいか若い女性が多く
ジョーンバエズの WE SHALL OVER COME
など歌いだしそうな雰囲気もあった。
しかしおそらく中共の恐ろしさを学んだ方も多いはずで
この人たちが左へ行ってしまわないで
こっちに向いてくれる方策はないものかと
驚きとともに感じた次第です。
なおこの中にはアムネスティもいましたが
左翼情報に詳しい安東 幹氏によると
「アムネスティは数十人。これは本当の国民のうねりだ。」
と語っていました。
代々木で今度は
「胡錦濤を歓迎するために日比谷に集まろう!」
と呼びかけこれまた何人か集まってくれぞろぞろと日比谷公園に。
しかしプラカード旗を持っていたため
日比谷ですぐに公園内の入場を警官に停められてしまった
何食わぬ顔して潜入した松浦議員や岡本明子さんの活躍を岡本さんの
レポートでお読みください。
6時には日比谷公園の正門前で
西村修平氏たちが陣取り拡声器でガンガンはじめ
見る見る人が増えてて2百人ほどになったでしょうか
私は秘かにに松本楼近くに行ったところ
抗議の声が充分に聞こえるので喜んで早速電話で伝えると
抗議の声もますます元気になりました。
これでコキントウも日本の表現の自由・抗議の声を
堪能するだろうと思ったのですが
なんと奴が到着した頃、隣の日比谷野音でロックバンドが
ガンガンとやり始めたのです。
公安の情報によると両国首脳は防音装置完備の
部屋で会食したらしいが帰路表に出たところで
我々の抗議の声を聞くと思っていたのでがっかり。
しかし考えてみれば日本という國は何と言う民主的な国であろうか
もしこれが北京だったらロックコンサートは即刻中止
我々抗議隊は皆殺しだったであろう。
ほろ酔いで松本楼を出たコキントウは
目の前のロックの大音響と
遠くから聞こえる自らへの抗議の声に国情の違いをつくづく感じたに違いない。
この日は兎に角朝から夜まで反中共の人数の多さに驚かされた。
ある人にきくと
「長野で奴らはやり過ぎた。テレビを見た日本人は皆怒っている」
と言っていた。
私は北京五輪なんて百年いや千年早いと思い長野でも彼らに向かってそう叫んでいた。
甘いかもしれないがひょっとして奴らにもそう感じさせる、つまり
「しまった!百年早かった」と思わせることが出来るのでは無いだろうか
日韓ワールドカップで日本の多くの若者が韓国という存在に気付いたように
北京五輪はシナの実態を知り危機感を持つ大きなチャンスになるかも知れない
夜10時に維新政党新風の某幹部と一緒に
「8月8日は東京中の反中共団体が集合して大開会式を敢行したい。
そして期間中日本中各地で次々と反対集会を開催し
最後に閉会式の日にこちらも共産党の閉会式をやりたいものだ。」と
話しておりました。
長々と駄弁を弄しましたが
お読みいただきありがとうございました。(村田)
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