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私たち地方議員は、かつて幕末の坂本龍馬らが幕藩体制を倒幕した草莽の志士のごとく、地方議会から「誇りある国づくり」を提唱し、日本を変革する行動者たらんことを期す。(平成17年5月30日〜)

    2009年01月08日

昭和天皇しのび二十年式年祭 両陛下が拝礼

昭和天皇しのび二十年式年祭 両陛下が拝礼<1/7 14:56>動画
http://www.news24.jp/126481.html

 昭和天皇が亡くなって20年となる7日、皇居と昭和天皇が眠る東京・八王子市の武蔵野陵で、昭和天皇をしのぶ儀式が行われた。

 武蔵野陵では、午前10時半から「昭和天皇二十年式年祭の儀」のうち、「山陵の儀」が行われ、天皇・皇后両陛下が拝礼された。儀式には、皇族方のほか、麻生首相ら約80人が参列した。

 宮内庁によると、天皇陛下は「国家、国民をお守りくださり、さらに繁栄させていただきますよう、お願い申し上げます」という趣旨の御告文(おつげぶみ)を読み上げられたという。

 一方、皇居では、歴代天皇の霊を祭る皇霊殿で、「皇霊殿の儀」が行われ、皇太子ご夫妻が両陛下の代わりとして拝礼された。雅子さまが宮中祭祀(さいし)に出席されるのは、5年3か月ぶり。
(引用終わり)


私も仲間と共に、武蔵野御陵を拝した。午前11時には、天皇皇后陛下を始め、4皇族が退出された。

毎日新聞が社説で天皇陛下即位20年について、論及しているが、その結論は「継承安定のため女性・女系天皇を容認」を訴えているが詳細は下記をご参照ください。

『これも長い懸案だ。男系男子の継承に限る現行皇室典範のままでは、将来皇位継承資格者を欠く事態さえ憂慮される。05年、首相の私的諮問を受けた有識者会議は、継承安定のため女性・女系天皇を容認する意見をまとめたが、翌年、秋篠宮ご夫妻に悠仁さまが誕生し、改正への動きは事実上凍結されてしまった。

 しかし、それは問題の先送りで、将来にわたっての懸念は未解決のままだ。

 この節目に、負担をかける公務の軽減や簡素化とともに、皇位継承問題についてもオープンで多様な論議を広げたい』。(引用終わり)

天皇陛下をお待ちしている間、今週号の週刊文春を読んだが、次期衆議院選挙の予想がなされ、民主党が衆議院3分の2を超える280議席を確保と予想していた。

民主党政権となれば、女系容認の皇室典範を改悪を推進するに違いないと慄然となった。しかも、朝日新聞の記事によれば、小沢代表は民団中央本部の会合にわざわざ出席し、「連帯を確認」したという。

2年前の9月、韓国外交通商部在外同胞領事局が民団の経理を監査した報告書によれば、韓国政府は毎年8億円前後の補助金を民団に出しており、その補助金は中央本部と地方とで折半されているが、中央本部ではこの補助金が総収入の6割から7割にも達していると指摘している。

つまり民団は韓国政府の「傘下団体」とも言える。そうした民団の資金事情を踏まえれば、民団が行う選挙運動の資金も韓国政府からの資金が入っているといわざるを得ない。

外国政府からの補助金が過半を占めるような団体が選挙運動を行うということは、外国政府の金によって選挙運動が行われているということである。

そして、小沢は、民団に外国政府の金が入っていることを承知の上で、民団に対して「我々が多数を形成すれば、日韓の残された懸案を着実に処理します」と約束し、「ご理解いただき大変ありがたい」と選挙支援に感謝までしたことは、日本国民に対する重大な背信行為といわざるを得ない。

民主党政権になれば、外国人参政権はもちろん、韓国を利する法案が成立するということである。このことについては、後日述べることにしたい。

●毎日新聞・社説:天皇陛下即位20年 「国民とともに」を実践した
http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20090107k0000m070137000c.html

 天皇陛下は7日、即位20年を迎えた。1989年のこの日からの「平成の皇室」の歩みに並行して日本社会は大きく変化し、世界の構造も転換した。その中で陛下は、憲法に従い国民とともにある「象徴天皇」像を誠実に実践し、そのあり方は定着したといえよう。

 即位の礼(90年)に際し私たちは<昭和天皇も新憲法下では「象徴」であったことは当然だが、最初から「象徴」として即位したのは、天皇陛下が初めてなのだ。その意味では、憲法の予定した象徴天皇制が本格的に機能を始めたことになる>とその意義を挙げた。

 陛下は既に即位直後に「皆さんとともに日本国憲法を守り、これに従って責務を果たすことを誓い、国運の一層の進展と世界の平和、人類福祉の増進を切に希望してやみません」と述べており、その意思や決意は固かったとみられる。皇后さまとともに実践した。

 天皇として初めての全都道府県訪問は2003年に達成し、さまざまな場で直接国民に接した。阪神大震災や新潟県中越地震など大災害地でひざを突き合わせるように被災者に語りかけ、耳を傾けた。訪問が復旧作業などの支障とならないよう配慮も細やかだった。皇太子時代から友好親善の外国訪問を重ね、即位後では30カ国を超えた。

 そして、戦争の傷跡を深く残す地への「慰霊の旅」では、沖縄など国内のみならず「玉砕の島」サイパン島にも赴いた。92年親善訪問した中国では「中国国民に対し多大の苦難を与えた不幸な一時期がありました」と戦争における日本の加害の歴史に言及した。

 こうして陛下は「国民統合の象徴」として具体的になすべきことを自らに課すように行ってきた。それは現在・将来だけでなく、戦争という過去にも向き合うようであり、その歴史から目をそらさない真摯(しんし)さが内外の人々の心をとらえているともいえよう。

 一方、健康が心配だ。

 75歳の陛下は03年に前立腺がんの手術を受け、昨年末は不整脈、胃の炎症などで体調異変があった。公務多忙のほか、羽毛田信吾宮内庁長官は「皇統(皇位継承)問題など」で心労があったとの見方を示した。

 これも長い懸案だ。男系男子の継承に限る現行皇室典範のままでは、将来皇位継承資格者を欠く事態さえ憂慮される。05年、首相の私的諮問を受けた有識者会議は、継承安定のため女性・女系天皇を容認する意見をまとめたが、翌年、秋篠宮ご夫妻に悠仁さまが誕生し、改正への動きは事実上凍結されてしまった。

 しかし、それは問題の先送りで、将来にわたっての懸念は未解決のままだ。

 この節目に、負担をかける公務の軽減や簡素化とともに、皇位継承問題についてもオープンで多様な論議を広げたい。



  1. 2009/01/08(木) 06:40:15|
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