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自治基本条例についての考察

自治基本条例についての考察 平成23年11月7日

1.地方分権の流れ

 全国の自治体で自治基本条例制定の機運が高まっている背景の一つには地方分権改革の流れがある。

平成5年に「地方分権の推進に関する決議」が行われ、平成12年には「地方分権一括法」が施行されて、機関委任事務制度が廃止された。平成19年には「地方分権改革推進法」が施行され、「地方分権改革推進委員会」が設置されて、4次にわたる勧告をおこなった。平成23年に「地方分権改革3法」が成立し、国と地方の協議の場の設置、「義務付け・枠付け」の見直しなどが行われた。なお、この法律は当初「地域主権3法」と称していたが、憲法で定める国民主権に反するという自民党の反対により、「地域主権」の文言を削除したものである。

国の権限や財源を県や市町村に移し、地方のことは地方で決められるようにして、「ゆとりと豊かさを実感できる社会」を実現しようというのが地方分権の目的であると言われている。地方分権により国と地方の関係は、上下・主従の関係から対等・協力の関係へ変わるといわれているが、地方の権限が拡大するということは、自己決定・自己責任・自己負担が求められることでもある。

地方のことは地方が決めたほうが、地方の特性や実情に合ったより適切な施策を行うことができる、国の一律のルールでは地方の実態に合った施策ができないというのが地方分権を推進する理由となっている。しかし、分権すれば全てうまくいくとは限らない。国の統制から自由になった地方が、親元を離れた不良少年のように振舞うこともあり得ないことではない。教育現場のように、教育委員会と教職員組合が癒着して、文部科学省の指導にも従わずやりたい放題となっている事例など枚挙にいとまがない。地方が正義であり善であるかのように、地方分権自体が目的化するようでは、本来の目的を達成することは困難である。

いずれにせよ、このような地方自治体の権限と責任の拡大という流に乗って、自治基本条例の必要性が叫ばれるようになった。
2.自治基本条例制定理由

地方分権の進展に伴い、全国の自治体で自治基本条例が制定される背景にはいくつかの理由があるが、一般的には以下の点が指摘されている。

⑴市民(住民)自治の拡充

憲法第94条が定める「地方自治の本旨」とは「団体自治」と「市民(住民)自治」であるとされている。「団体自治」とは、自治体が国とは別個の主体として自治権を持つことであり、「市民(住民)自治」とは、自治体内の政治・行政が市民(住民)の主体的意思と責任で行われるというものである。これまでの分権改革により、「団体自治」には一定の進展が見られたものの、「市民(住民)自治」は進展していないとして、市民の「参加」「協働」の拡充を図るために自治基本条例が必要とするものである。自治基本条例に熱心な人たちは、「市民(住民)自治」すなわち「市民の参加・協働」の確立こそ自治基本条例の目的であると考えている。
  
⑵市民活動の支援

NPO、コミュニティ等の果たす役割が次第に大きくなり、行政との「協働」についての基本原則やルールを定める必要が高まったというものである。
   
⑶条例・施策の体系化

各種の条例制定や施策が推進されると、それらを整合性のあるかたちで体系化するために、基本理念や基本原則を定める必要があり、自治体の憲法(最高規範)としての自治基本条例が必要となったとするものである。
   
しかし、もう少し俗な見方をすると以下のような側面が指摘できる。
 
⑴首長の実績づくり

財政にゆとりのあった時代には、首長の実績は箱物をつくることにあったが、財政難の時代にそのようなことは許されなくなった。そこで、他に先駆けて目新しい条例をつくることで実績をアピールしようとして、安易に自治基本条例の制定をマニフェストに掲げる傾向が強まっている。多くの自治基本条例が保守系首長のもとで制定されていることがそれを物語っている。

⑵自治体の財政難と多様化する住民の要望

自治体は財政難で、行政だけでは多様化する住民の要望に応えられないので、市民参加・協働と称して行政の仕事を市民に肩代わりしてもらおうというものである。

⑶市長・議会の怠慢

市長や議会に任せていたのではうまくいかないので、市民参加が必要であるというものである。市長・議会が住民の期待に十分応えきれていないことが、推進派がつけ入る口実となっている。
   
以上が主な理由であるが、さらにもう一つ裏の理由があることを忘れてはならない。それは、自治基本条例の思想的背景から明らかな国家解体の策謀である。

3.自治基本条例の思想的背景

我が国の左翼勢力はイタリア共産党の流れをくみ、時間をかけて国民の意識を変えようとする構造改革派が主流となった。彼らは中央政府を握るのは難しくても、地方で主導権を握るための方策として自治基本条例を考え出した。彼らは、地方でも市長や議会で多数を得ることができないので、主権者である市民の参加・協働という錦の御旗のもとに、市長や議会の権限を形骸化して、左翼プロ市民が直接行政に介入する道を拓くための道具として自治基本条例を推進しようとしているのである。

その提唱者は、鳩山由紀夫氏、菅直人氏、仙谷由人氏など民主党の首脳が師と仰ぐ法政大学名誉教授の松下圭一氏であり、著書の「市民自治の憲法理論」に基本的考えが示されている。それは、「二重信託論」と「補完性の原理」である。「二重信託論」は、国家統治と切り離した地方自治を構想するもので、「国民」として国家を創設するとともに、「市民」として地方政府を創設するというものである。「補完性の原理」は、まず基礎自治体である市町村ができることを行い、できないことを都道府県、さらにできないことを国が行うというものである。これは、民主党が掲げている「地域主権」とも重なるが、このような考え方を認める憲法学者はほとんどおらず、異端の学説と言ってよい。このような考え方の根底には国家の否定がある。従って、自治基本条例を推進することは、意図するか否かにかかわらず、結果的に国家解体に導くものと考えなければならない。

また、背後には自治労とそのシンクタンクである地方自治総合研究所が控えていて、条例を検討中の自治体にコーディネーターやアドバイザーとして研究者を派遣している。所長の辻山幸宣氏は著名である。

自治労の「2009-10年度 自治労 地域・自治体政策集」の「政策提言1 市民自治の実現と自治体改革」には「地方自治体を市民(住民)の政府とするために、自治体改革を進めます」「地方自治体のさまざまな政策の決定・実施において市民参加を進めます」として、「自治基本条例の制定」「総合計画策定への市民参加」「パブリックコメント」「市民提案制度」「審議会委員の公募」「常設型の住民投票条例 投票権を20歳未満や外国籍市民(住民)まで拡大」などの具体策が示されている。自治労は最終的には「地方自治基本法」の制定を目指していると言われている。

このような思想的背景については、高崎経済大学教授の八木秀次氏を始めとする識者が警鐘を鳴らしている。

4.自治基本条例とは

自治基本条例についての確立した定義はないが、一般的には「自治体運営の基本理念、基本原則等を定めた基本ルール」「自治体の憲法」などと言われており、総合条例として市民の権利・義務(責務)、議会・執行機関などの組織運営の基本を定める側面と、基本条例として他の個別条例や総合計画等の指針となる自治体の憲法としての側面を持っていると言われている。

そして、その根幹をなしているのは「市民(住民)自治」の拡充であり、市民参加・協働のための各種の制度が盛り込まれている。

自治基本条例の内容や構成についても統一されたものはないが、多くの条例に共通する項目はおよそ以下のようなものである。

前文(市の歴史・自然環境・伝統・文化、条例制定の背景・目的、基本理念など)
総則(目的、定義、最高規範性、自治の基本理念・基本原則等)
市民の権利と責務
議会(議員)の役割と責務
市長(執行機関、職員)の役割と責務
情報公開、説明責任
パブリックコメント
審議会等への市民公募
住民投票
市民委員会等
住民との協働
コミュニティ(自治会・町内会、NOP、地域自治区・地域協議会等)
総合計画
行政評価
財政運営
法令の自主解釈
国・他の自治体との協力
自治推進会議
条例改廃の手続き

しかし最近は、全体を網羅して自治の基本ルールを定めるというよりも、「参加・協働」に偏った条例も見受けられ、そのような条例では「参加・協働」があたかも責務であるかのように定められているケースもある。たとえば小田原市の自治基本条例では「市民の役割」として「市民は、まちづくりに参加する権利を生かすため、自らの行動に責任を持ち、それぞれの持つ力及び費やすことができる時間を使い、自発的にまちづくりに関与するよう努めるものとする」と定めている。これでは、参加する権利を生かすために自分の時間を犠牲にしてでも参加せよと言っているようなもので極めて問題がある。

5.自治基本条例の性格(問題点)

自治基本条例は、既に述べたように「市民(住民)自治」拡充のための市民参加・協働に重点を置いている。そのため、市民参加至上主義になりやすく、条例全体としておよそ以下のような性格(問題点)を持っている。

⑴市長・議会の軽視

市民が主権者であり市民が主役であることを強調する余り、市長や議員が選挙で選ばれた市民の代表であることが忘却される傾向にある。左翼プロ市民など特定の人達が、市民参加を錦の御旗にして市政に介入し政治的意図を達成しようとする場合、市長や議会の権限が相対的に小さいほどやり易い。従って、条例全体を通して市長や議会の権限を形骸化しようとする意図が働いている場合が多い。

⑵直接民主主義指向

市長・議会の軽視ということを、別の言葉で言い換えると直接民主主義指向ということである。市長・議会が市民の期待に充分応えていないとして、二元代表制の限界を補完するために直接民主主義的制度が必要という建前になっている。「もはや『おまかせ民主主義』の時代ではない」とか、学者によっては、選挙によって市長や議員にすべてを委任したわけではなく、新たに発生した事項については、住民投票などで市民の意向を問うべきだなどと主張している。この直接民主主義を支える制度が「参加」「協働」「市民委員会」「市民会議」「市民協議会」「住民投票」などである。

このような背景には、民意を反映するためには直接民主主義が最も優れているが、物理的に不可能なのでやむなく間接民主主義を採用しているという考え方がある。しかし、民意の反映が正しい選択とは限らない。民意と言えば聞こえは良いが、激情に駆られてブレやすく、風が吹けば一夜にして変わる素人判断とも言える。間接民主主義が広く採用されているのは物理的制約だけでなく、専門的知識を有する者が中長期的観点から冷静な判断をするほうがより良い選択が可能と思われているからである。

憲法前文は「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し・・・」と述べており、間接民主主義が我が国の統治原理である。地方では二元代表制をとっているが、安易な直接民主主義は感情的で近視眼的な大衆迎合を招きかねず、二元代表制を補完するというよりも形骸化させる恐れが強い。

⑶権利と義務の不均衡(受益と負担の不公平)

自治基本条例の条文には、権利と義務の不均衡や受益と負担の不公平が散見される。具体的事例としては「市民」の定義がある。市民を住民だけでなく通勤者、通学者、活動する者などを含め広義に解釈することがはやっているが、地方自治法における権利・義務の関係が全く異なる対象を十把一絡げにして受益者負担の原則を否定するものである。この他に、子どもの権利の制定、住民投票における未成年者や外国人の投票資格、市民・市長・議員の権利義務(役割)など枚挙にいとまがない。特に最近は、小田原市の事例のように、本来権利であるはずの「市民参加」や「協働」を、あたかも責務のように定めている事例が散見される。これらは、結果的に権利の否定や過剰な責務の強制に繋がりかねない。

⑷法令の軽視

自治基本条例は法令を軽視する空気に包まれている。このような空気が支配的になる理由の一つは、国の全国一律の法律があるために、その地方の特性を生かした施策が行えないという問題がある。これには一理あり「義務付け・枠付け」の見直しなどが行われたが、問題なのは、自治基本条例の制定を機に、少々の違法には目をつぶってやってしまおうという空気があることである。大和市の条例制定過程で、市民メンバーと市の法制担当課の見解が対立したとき、指導していた大学助教授が「違法といっても、それで訴訟などが起きるとは考えられない」などと違法を容認するような発言をした事例がある。このような傾向を助長しているのが、「最高規範」「法令の自主解釈」「地方政府」「地域主権」「上書き権」などといった概念である。

特に「最高規範」と「法令の自主解釈」がドッキングすると、解釈による法令の実質改変が行われる恐れがある。「法令の自主解釈」の根拠となっているのは、地方自治法第2条第12項の「地方公共団体に関する法令の規定は、地方自治の本旨に基づいて、かつ、国と地方公共団体との適切な役割分担を踏まえて、これを解釈し、及び運用するようにしなければならない」という規定である。従来、自治体は国の解釈をそのまま採用していたが、地方分権一括法施行後は、実施者である自治体が自主的に解釈することになった。従って、恣意的な解釈が行われても、「最高規範」である自治基本条例の理念を根拠に、解釈による法令の実質改変が行われ、自治基本条例が法令よりも優位な準憲法的存在となる恐れが強い。

さらに「地域主権」という概念も法令とは相いれない面がある。地方が国家から独立した存在だとすれば、全国一律的に縛る法令は邪魔な存在でしかない。また、地方に主権があれば、行政権だけでなく立法権もなければならない。条例による法令の「上書き」という発想もこのような背景から生まれていると思われる。
     
このように法令を軽視し、安易に解釈改変するような傾向が強まれば、我が国の法体系は歪み、法治国家としての体をなさなくなる。法体系の揺らぎは国家解体への第一歩である。

⑸細分化・分散化
     
地方分権をより進展させ、地方自治体の内部をさらに細分化し機能や権限を分散化させる試みが見られる。地域のことは地域で決めたほうが、より適切で迅速な意思決定ができるというのが大義名分になっている。そのため、地域ごとに地域自治区や地域協議会を設けようとするものであり、このような動きを「地域分権」と称する例も出ている。こうした制度の危険性は、従来から地域の伝統・文化を継承してきた町内会や自治会の機能を形骸化させ、特定の個人や団体が実質的に地域を牛耳る可能性があることである。分散化するほど目が届きにくい。これは、直接心臓に侵入するのではなく、毛細血管からじわりと侵入するやり方である。
   
⑹国家解体
     
以上述べたように、自治基本条例は、我が国の統治原理である間接民主主義を否定し、大衆迎合を招く直接民主主義を指向し、権利と義務の関係をあやふやにさせ、法令を軽視する風潮を蔓延させ、さらに地域を細分化させようとするものであり、行きつく先は国家解体である。これは自治基本条例の思想的背景を考えれば自明のことである。

国家解体を目指して自治基本条例を推進している確信犯はさておき、問題なのは、自治基本条例の思想的背景や本質を理解しないまま、地方分権の時代の趨勢という程度の認識で推進している善意の人たちである。彼らは、地方分権という大義名分のもとに、知らないうちに国家解体に手を貸しているのである。
   
以上の内容を要約すると、「市民(住民)自治」の推進すなわち主権者である「市民の参加・協働」という錦の御旗のもとに、直接民主主義的な各種の制度を設け、市民が自治に直接参加する道を拓くものである。換言すれば、市長や議会で多数を得ることができない左翼勢力が、主権者である市民の参加・協働という形を取って、市長や議会の権限を形骸化し、直接行政に介入して政治的意図を達成しようとするものである。
   
そして、推進者が意図するか否かに拘わらず、結果的に国家解体に導くものであり、それこそが思想的背景から来る自治基本条例の本質である。

6.条例の具体的項目の問題点

⑴最高規範
  
「最高規範」という文言には二つの意味がある。

一つは、自治基本条例を「自治体の最高規範」すなわち最高位の条例と位置づけ、その他の条例・規則や施策等は自治基本条例との整合を図らなければならないとするものである。条例が自治の基本理念・基本原則など基本ルールを定めるものであるから一見当然のように思えるが、以下のような問題がある。特に、左翼的な条例が制定されるとその影響は極めて大きい。

①過去を塗り替え将来を制約する

自治基本条例と矛盾する個別条例は制定できないので、過去に制定された条例の洗い直しが行われ、全ての条例が左翼色で統一されることになる。また、自治基本条例に「子どもの権利」「男女共同参画」「人権擁護」などという文言が入っていれば、将来、それを根拠に「子どもの権利条例」「男女共同参画条例」「人権擁護条例」などの制定が迫られることになる。

②最高規範とする根拠がない

最高規範とは憲法を意味しており、それ以外の法令を最高規範と称するのは誤解を招く。憲法改正には、国会議員の三分の二以上の賛成と国民投票における過半数の賛成が必要であり、一般の法令とは異なる特別議決が求められているので、最高規範としての裏づけがある。
しかし、自治基本条例は条例に過ぎず憲法や法律が上位にある。憲法に反する法令は無効であるが、条例はいずれも並列であり、自治基本条例に反する個別条例は法的には違法でも無効でもない。また、条例制定に特別議決を求めることは、過半数による議決を定める地方自治法第116条に反し議会の権限を侵害することから不可能である。従って、自治基本条例を最高規範として他の条例に優越するとする法的な裏付けはなく認められない。

③不磨の大典となる恐れがある

憲法が戦後一度も改正されていないことから、憲法と同じ最高規範と称することは、改正することに慎重な意識を植え付ける。多くの自治基本条例は同時に、市長や議会で勝手に改正できないような改廃規定を設けているので、両者があいまって不磨の大典となる恐れが強い。左翼にとって見れば、一度都合の良い条例を制定すれば、おいそれとは改正できないようにするハードルとなるのである。
    
最高規範の二つ目の意味は、自治基本条例を「準憲法」と位置付け、法令よりも上位にあるとするもので、最近このような主張が散見される。憲法第94条は、法令に反する条例の制定を認めていないので法的にはありえないことであるが、「最高規範」と「法令の自主解釈」を盾にして、解釈による法令の実質改変(法令の上書き)を行おうとするもので、「法令の軽視」の項で既述した通りである。

⑵市民の定義

多くの条例は、市民の定義として「市内に居住するもの、通勤し若しくは通学するもの、及び市内で事業活動やその他の活動を営む個人又は団体」などと極めて広義に定義している。これは、まちづくりには関係者全員の協力が必要であるという大義名分によるものであるが、権利・義務の関係や受益と負担の関係から見て著しくバランスを失したものであり問題が多い。

①権利・義務の不均衡、受益・負担の不公平

地方自治法第10条は「住民は、法律の定めるところにより、その属する普通地方公共団体の役務の提供をひとしく受ける権利を有し、その負担を分任する義務を負う」と定めている。住民と住民以外では、法的な権利・義務や受益・負担の関係が全く異なるので、これを一括して「市民」とすることは法の趣旨に反する。
財政破綻した夕張市の事例でも明らかなように、最終的な責任(役務の廃止や負担の増加)を負い市と運命を共にするのは住民であって、住民以外は責任を負わない。税を負担し最終責任を負う住民と責任を負わない住民以外には一定の区別が必要である。

②市民の常識から乖離

市民といえば、その市に住んでいる人というのが一般の常識である。県民・町民・村民なども同様である。通勤者・通学者や「その他の活動を営む個人や団体」まで含むと考える人はいない。これでは、オウム真理教、北朝鮮工作員、暴力団まで市民かという疑問が湧く。
また、住んでいる市に対する愛着や思い入れなどから、市は住民の意向を優先するべきであると考えるのがごく自然な住民感情であり、住民を住民以外と同等にしか扱わないことは、住民に対する逆差別と受け取られかねない。

③個人と団体の十把一絡げ

一般に市民といえば個人を指すのが常識であり、性格が異なる団体と十把一絡げにするべきではない。団体の意向は所属する個人が代表すればすむことであり、どうしても必要であれば、事業者、法人、団体などの用語を用いて明確にすべきである。

④個別の条文との矛盾

広義の市民を定義すると個別の条文と矛盾を生じやすく、現実には執行不可能なものも多い。例えば、多くの条例は市民の責務として「行政サービスに伴う負担を分任しなければならない」などと定めているが、通勤者や通学者には住民税の納税義務はない。通勤者や通学者を市民に含めると、厳密に言えば「市民」を「他市の住民」と言い換えたときにも矛盾がないような条文にしておかなければならない。

⑤外国人の制限

外国人は、法的には住民としての権利・義務はあるが国民としての権利・義務はないので、主権にかかわる事項(外交・防衛、国民保護、治安・防災、教育等)の意思決定には参画できない。従って、地方自治法が定める日本人たる住民と一緒に市民とすることは混乱を招く。特に、自治体の重要事項を扱う住民投票の投票資格は、議会と市長の選挙権を持つ者とすべきである。今後、地方分権の進展に伴って、国の権限がさらに地方へ移管されてくることを考えると、外国人の地方参政権などは、憲法の定める国民主権に反し、なおさら認め難いといわざるを得ない。

⑶参加(参画)・協働

自治基本条例は、自治体運営の基本原則等を定めた総合条例であるが、市民(住民)自治を進展させることに狙いがあるため、主権者である市民の「参加(参画)」と「協働」に重点が置かれている。一般的に「参加(参画)」とは「市民が政策等の立案、実施及び評価の過程に主体的に関わり行動すること」であり「協働」とは「市民、議会及び市長・執行機関が、お互いの役割と責任を自覚し、自主性を尊重しながら協力すること」などとされている。「参加(参画)」「協働」には以下のような問題点があり、議会制民主主義を破壊する恐れがある。

①現実には存在しない「市民の意見」

市民が市政に参加するという場合、市民の意見というものがあって、それを市政に反映させるというような前提に立っている。しかし、現実には市民の意見などというものは存在しない。存在するのはAさん、Bさんという個人の多様な意見である。そして、そのような多様な意見を集約するシステムが選挙であり議会であって、それ以外に公正・公平なシステムは見出しにくい。すなわち、市民参加という概念は、集合体としての市民や集約された市民の意見が存在するかのような幻想のうえに成り立つという危うさがある。

②特定の意見が市民の意見に化ける恐れ

市民の意見を集約する適切なシステムがないままに市民参加を進めると、特定の限られた意見があたかも市民の意見であるかのように扱われる恐れがある。例えば、何らかのテーマを検討するために市民委員会などの委員を公募した場合、仕事や家庭の事情などから誰もが参加できるわけではない。多くの場合、年齢・性別などの構成に極端な偏りがでる。経験的には、定年退職後の男性が大半であり、若年層、働き盛り、女性などの意見は反映されにくい。

③市民の意見を牛耳る左翼プロ市民

さらに厄介なのは、市民参加を自分たちの政治的意図を実現する手段として狙っている左翼プロ市民の存在である。市民公募などに示し合わせて参加し、会議の組織運営を牛耳ってしまう事例が多い。そうすると、一般の参加者は途中でいやになって辞めてしまう。それが左翼プロ市民の狙いでもあり、あとは好きなようにやりたい放題となるのである。ある市で市民公募をしたところ、毎回同じメンバーが参加してきたという事例もある。こうなると、左翼イデオロギーの特殊な意見があたかも市民の意見の如く扱われてしまう危険がある。

④PI活動もパブリックコメントも限界

一般の市民の意見を広く聞くためにPI(パブリック・インボルブメント)活動やパブリックコメントがあるがいずれも限界があり充分に機能していない。PI活動では、対象に偏りがでたり単なる説明会に終わるケースも多く、広く市民の意見を聞くには程遠い。一方、パブリックコメントは、どのような意見があるかをある程度知ることはできるが、どの意見が市民の多数意見であるかを知ることはできない。禁煙条例のパブリックコメントにJTが組織的に反対意見を出した事例がある。また、最近では原発の運転再開に関連し、九州電力などの「やらせメール」が非難されているが、組織的な対応が可能な意見募集などにより市民の多数意見を知ろうとすること自体が間違いである。

⑷子ども
  
自治基本条例の中には、市民の権利とは別に「子ども」という条項を設けて子どもの権利を定めているものがある。主に「参加する権利」「意見表明権」などであるが、中には「子どもの権利条約に定める権利」などという網羅的なものもある。このように子どもの権利を定めることは不要なばかりでなく危険でもある。

①市民の定義に年齢制限はなく、子どもは市民に含まれているから、子どもには年齢及び成熟度に従って相応に市民の権利と義務があると解すればよく、市民の権利を定めれば、わざわざ子どもの権利を定める必要はない。このように特定の属性を取り上げると「高齢者」「障害者」「女性」「外国人」などと際限がなくなる。

②また、「子どもの権利条約に定める権利」などを持ち出すのは全く不適切である。この条約では、「氏名を有する権利」「国籍取得の権利」などから「武力紛争における保護」まで広範な権利が規定されており、ほとんど自治基本条例とは無関係のものばかりである。唐突に条約を持ち出すのは法的にも整合性がなく、後日、「子どもの権利条例」を制定するための根拠となる。

③権利ばかりを強調することは、子どもの人格形成に好ましからざる影響を与える。戦後の子ども中心主義に基づく教育が、自主性や権利を強調しすぎた結果、自己中心的な人間をつくりだしたことを忘れてはならない。また、「子どもの権利条例」などの弊害は著しく、川崎市では教職員が生徒を指導できない、親が子供の躾ができないなど深刻な事例が報告されている。また、広島市で教師と保護者が反対に立ち上がり条例制定を阻止したのは、このような反省に基づくものである。

④そもそも、自治基本条例は自治の基本ルールを定める手続き条例であるから、「子ども」というような個別課題を取り上げるのは不適切である。個別課題をとりあげれば枚挙にいとまはなく、優先順さえ付けることは困難である。

⑸男女共同参画

男女共同参画については改めて言うまでもなく不要・不適切である。「子ども」と同様に個別課題である男女共同参画などに触れる必要はない。これも、将来「男女共同参画条例」を制定するための根拠となる。

⑹法令の「上書き権」

法令の「上書き権」については、地方分権改革推進委員会が「中間的な取りまとめ」(平成19年11月16日付)で言及したことから注目を集め、推進派はこれに飛びつこうとする傾向がある。
「上書き権」については概念が不明確で、人によっても理解にばらつきがある。「中間的な取りまとめ」でも「条例により法令の規定を『上書き』する範囲の拡大を含めた条例制定権の拡大」「条例による補正の許容」と述べているにとどまっている。しかし、法令に反することを条例で可能にしようという概念が含まれている点が、従来の「上乗せ」や「横出し」とは根本的に異なっている。
条例によって法令を補正する手段は、以下の3通りが考えられる。

.法律によって定められた要件を条例によって変更する
.法律に基づき定められた政省令を条例によって変更する
.個別の法令の規定を緩やかにして、条例制定範囲を拡大する

これらはいずれも、憲法第94条との整合性、行使する場合の法的裏づけなどを明確にする必要がある。内閣府の地方分権改革推進委員会事務局によれば、「上書き権」についてはまだ明確な概念が定まっていないとのことで、現段階で条例に定めても意味がない。
一方、解釈により法令の実質的改変を行おうとする動きは既に述べた通りである。いずれも、法を軽視する風潮を生むことが懸念される。

⑺地方政府

「地方政府」という用語は、「上書き権」と同様に「中間的な取りまとめ」で、政府の文書で初めて用いられたとのことで脚光を浴びている。
本来、「地方政府」とは、自治行政権、自治立法権、自治財政権を有する完全自治体を意味するものであるが、国家を軽視あるいは否定したい立場の人には心地よく響く用語のようで、条例を初めとする各種行政文書に用いようとする動きがある。なかには「地方独立政府」などと、「独立」まで追加しているケースもある。
地方自治を定める憲法第92条から第95条までは、いずれも「法律の定めるところにより」「法律の範囲内で」という条件がついており、最高裁判決においても地方は国家統治機構の一部であるとされている。「地方政府」という用語は、国家から独立したもの、あるいは国家と対立するものという誤解を与えやすく、条例などに用いるには不適切である。


⑻地域主権

民主党政府は、地域主権改革に関する施策を検討するためとして、平成21年11月17日の閣議決定により地域主権戦略会議を設置した。そこでは「地域主権改革は、地域のことは地域に住む住民が責任を持って決めることのできる活気に満ちた地域社会をつくっていくことを目指しています」とされている。これは地方分権を徹底していくことのように思われがちであるが、地方分権と地域主権は根本的に異なる概念である。
  地方分権は、あくまで地方は国家統治機構の一部であることを前提に、国の持つ権限を地方に委譲することであるが、地域主権は、国や自治体は市民の信託によって成り立つ別個の存在(二重信託論)という前提に立ち、市町村ができないことを都道府県に委託し、都道府県ができないことを国に委託し、国ができないことを国際機関に委託するというもの(補完性の原理)である。このような考えは憲法の基本理念にも反し、国家否定・国家解体に導く極めて危険な思想である。

⑼住民投票

住民投票は、市民参加制度として自治基本条例の根幹をなすものであり、左翼が最も重視している制度の一つである。
  住民投票制度には、一般的に「常設型」と「非常設型(個別型)」があると言われている。「常設型」とは、あらかじめ住民投票制度の詳細が決まっていて、住民が一定の署名を集めれば自動的に住民投票が実施されるものである。一方、「非常設型(個別型)」とは、住民が一定の署名と住民投票条例案を提出し、その都度条例を議会で定めるものである。「非常設型(個別型)」では、議会の承認が得られなければ住民投票が行われないので、住民投票の是非について議会がチェックする機能を有している。直接民主主義を志向する左翼陣営は、議会のチェック機能のない「常設型」の住民投票制度を狙っている。

住民投票制度については、議会制民主主義という統治原理に反する、大衆迎合政治を招く、政治的に悪用される恐れがあるという批判もあり、また、内容によっては住民投票の対象としてふさわしくない事案もあるので慎重にするべきである。自治体の規模によっても異なるが、住民投票には市で数千万円から数億円の経費が必要であり、安易に行われるべきものでもない。

住民投票は現状においても直接請求で可能であること念頭に置き、制度を設ける場合は少なくとも以下を条件とするべきである。
①議会がチェックしその都度条例を定める「非常設型(個別型)」とすること
②発議及び投票資格は、市長及び議員の選挙権を有するものとすること
③対象を市の権限に属するものに限定すること

住民投票は事案ごとに条件が異なる可能性が高いことや、内容によっては住民投票の対象としてふさわしくない事案もあるので、事案ごとに議会で慎重に審議し、個別に条例を定めて実施する非常設型とすべきである。
発議及び投票資格は、市長及び市議会議員の選挙権を有するものとするべきである。住民投票には法的な拘束力がないことなどから、一般の選挙よりも投票資格を拡大すべきとする意見がある。しかし、住民投票が市の重要課題について行われることや、尊重義務などにより議会や市長が実質的に投票結果に拘束されることを考えれば、参政権と同様に重要であり責任を伴うものである。

世界の多くの国で18歳から選挙権があることや憲法改正の国民投票が投票年齢を18歳としたことなどから、住民投票の投票権も18歳から認めるべきとする意見がある。しかし、世界の多くの国で18歳から選挙権があるのはそれが成人年齢だからである。すなわち、世界の大勢は成人に選挙権を認めるということであって、18歳だから認めている訳ではない。また、我が国の成人年齢の18歳への引き下げについての読売新聞の世論調査では約6割が反対しており、当事者である高校生と大学生への聞き取り調査でもほとんどが反対している。
    
また、外国人にも投票資格を認めるとする意見があるが、住民投票では、基地問題などの外交・防衛、治安・防災、国民保護、道路・橋・空港・港湾などの管理、ライフライン関連、教育など国家主権に直結する事案が枚挙にいとまがなく、これらの意思決定に外国人が参加することは、国民主権を定める憲法の趣旨に反する。

⑽選挙権の行使

二元代表制のもとで、最も重要な市民参加の機会は選挙での投票である。選挙の低投票率を放置したまま、他方で市民参加を求めることは、二元代表制を基本とする考えとは矛盾がある。
選挙権は権利であると同時に、民主主義が適正に機能するために市民が果たすべき責務の側面もある。立候補者に適格な人物がいないと判断した時には、棄権するのではなく白票を投ずることにより、明確な意思表示をすることが選挙権の行使となる。
    
また、市民は選挙結果に責任を負う立場でもあるため、自ら選んだ市長や議員が期待に応えているかどうかに常に留意し、必要に応じて助言・援助・要請などを行うとともに、期待から程遠い場合には次回選挙で審判を下す必要もある。

一方、市には投票率を向上させる責務がある。そのためには投票率の目標を定め、市民が投票所に足を運ぶような啓発活動、そのための町内会・自治会などへの協力要請、最寄駅などへの事前投票所の設置、投票に来た人にインセンティブとして何らかのメリットの提供など、あらゆる手段を動員する必要がある。市民参加を標榜するからには、何をおいても選挙権の行使を第一に考えるべきである。

11、市民委員会、市民会議、市民協議会

「市民委員会」「市民会議」「市民協議会」などと名称は違っても、いずれも市民が公募などで集まり、市の重要事項について議論・検討し、その結果を市民の意見として市長や議会に報告するという制度であり、市長や議会に尊重義務を課している場合が多い。

これら「市民委員会」等については、公募市民の代表性と権限に基本的な問題がある。議員は選挙で選ばれた市民の代表であり、議会での多数決による決定は、間接的に市民の多数決による決定であるとみなす合理的根拠がある。しかし、公募市民は選挙で選ばれたわけではなく、市民の代表であるとはいえない。

また、公募により集まった場合は、年齢・性別など委員の構成にも極端な偏りがでて、市民の平均的構成とも著しく乖離する場合が多く、「市民委員会」等の意見を市民全体の平均的意見と見なすことにも無理がある。従って、「市民委員会」等の決定が、市民の多数意見であるとみなせる根拠はない。

さらに、いくつかの市の事例でも、公募に応募する人が固定化する傾向が指摘されており、これでは、一部の人の偏った意見が市民の意見であるかのように見なされる危険性がある。このような公募市民による決定に対し、市長や議会が尊重義務を負うとすれば、民主主義の基本原理が損なわれる恐れがある。

また、一般的に「市民委員会」等は、目的や対象が限定されていないので、扱うテーマによっては個別の審議会等と重複する可能性がある。さらに「市民委員会」等は議会とも屋上屋を重ねることになり、常設されるようになれば、まさに第2議会となって本来の議会が形骸化する懸念がある。埼玉県志木市で市政が大混乱に陥ったのはその典型的な事例である。

この制度は、重要事項に関して企画段階から住民が参加するものだけに、住民投票制度とあいまって、左翼陣営が最も重視しているものである。

⑾地域自治区・地域協議会

地方自治法は202条4~9項で「地域自治区」「地域協議会」を定めている。これは、本来、市町村合併により旧市町村が消えることへの抵抗を和らげ、合併促進の一助とすることが狙いで、旧市町村などを単位に「地域自治区」を置き、市長が任命する区長とその諮問機関である「地域協議会」(委員は市長が任命する)を置き、事務の一部を分担させるものであるが、一般の市にも設置が可能となっている。
    
最近、この制度を一部修正して一般の市にも適用しようとする動きがある。典型的なものは、「地域協議会」の委員を市長の任命ではなく、公募の市民によって構成しようとするものであり、前述の「市民委員会」等の地域版ともいえるものである。市を細分化して権限を分散化させ、そこへ市民(と称する人たち)が直接参加して行政を牛耳ろうとする意図が見える。「市民委員会」等が第2議会だとすれば、「地域協議会」はミニ議会のようなものである。
    
この場合、「地域協議会」と町内会・自治会との関係が問題となり、対立したり屋上屋を重ねる恐れがある。地方自治法に定められている「地域協議会」は、基本的には市町村合併した自治体が対象であり、それほど大きくもない一般の市にふさわしいとは思えない。地方自治体の趨勢は、合併による広域化、統一化、集中化であり、地域協議会はそのような流れにも逆行する。むしろ、地域の伝統・文化を継承してきた自治会・町内会の充実を図ることが先決であろう。

⑿自治基本条例推進会議

「推進会議」は、自治基本条例制定後、条例が着実に推進されているかどうか検証し、その推進や啓発を図るための組織とされている。要するに、条例をつくりっ放しにするのではなく、絶えず監視して、至らない点があれば尻をたたくというものである。会議のメンバーには公募の市民が参加することになっている。
  しかし、自治基本条例は、基本的には自治のルール・手続きを定めているものであり、そのルールに基づいて市政運営するものであって、個別課題のように推進するような性格のものではない。また、条例そのものに不備があるかどうかは、常設の組織で絶えず監視する必要はなく、一定期間経過後に見直しをすれば済むことであり、そもそも議会が果たすべき役割である。

⒀条例改廃手続き

自治基本条例には改廃手続きを定めているものがある。その趣旨は、条例改廃にあたっては、市民参加による論議や検討の場を保障し、市長や議会はその意見を尊重しなければならないというものであり、市長や議会が勝手に条例を改廃できないように縛りをかけようとするものである。このような規定は、法で定められた議会の条例制定権を制約することになり、議会の権限の侵害となる恐れもある。

また、このような規定を設けると、条例の改正がやりにくくなるため、「最高規範」ともあいまって不磨の大典のような硬性の条例になる恐れがある。

⒁その他
   
①基地問題、無防備都市等
     
神奈川県大和市の自治基本条例には「市長及び市議会は・・・(在日米軍の)厚木基地の移転が実現するように努めるものとする」との規定がある。国防・安全保障は国家主権に関する事項であり、自治基本条例で取り扱うには不適切であり、「無防備都市宣言」なども同様である。特に基地のある街に自治基本条例が制定されると、反基地闘争などの口実にされ、わが国の安全保障に重大な影響を及ぼす恐れがある。
   
②1%まちづくり事業(市民活動団体支援制度)
     
これには、市税収入の1%を財源に市民が応募する事業に補助金を交付する制度や、個人市民税の1%相当額を納税者が選んだNPOなどの活動支援にあてる制度などがある。
     
市民が応募する事業に補助金を交付する方式は、市民による委員が審査するので、委員の中立性を確保する人選方法が課題である。応募団体の構成員が審査委員を務めていた事例がある。また、納税者が選ぶ方式は、非納税者の声が反映されないので不公平だとの批判がある。
     
いずれにしても、このような支援制度を設ける場合は、結果的に税金によって左翼団体の財政支援をすることにならないように、対象事業内容を含め慎重に検討する必要がある。

③都道府県の自治基本条例
     
都道府県で自治基本条例が制定されたのは、今のところ神奈川県だけである。神奈川県の場合は、将来、道州制への移行の是非を問う場合の県民投票制度を整備することが狙いのようであり、自治基本条例制定を受けて県民投票制度の検討が進められている。

都道府県は市町村と国の間にあるため、市町村の権限と国の権限に挟まれた立場にあり、自治基本条例を制定する上での制約が多い。都道府県が都道府県民の意向を直接問うことは、場合により内容により市町村の権限を侵害する恐れがある。特に、都道府県内に政令指定都市が存在する場合は、政令市の権限が大きいので、その権限を侵害する可能性が高くなる。

県民投票を実施する場合は、県議会の承認はもとより、全市町村の賛同が得られる場合に限定するべきである。投開票実務においても市町村の協力が得られなければ実施不可能である。
     いずれにしても、都道府県の自治基本条例については、市町村とは異なる観点からより慎重であるべきである。

7.自治基本条例を制定するべきでない理由

自治基本条例について、条例そのものが悪い訳ではなく、あくまで内容次第であるという意見があるが間違いである。自治基本条例は条例そのものが悪いのであってその理由は以下の通りである。
  
⑴思想的背景が悪い

既に述べたように、自治基本条例の思想的背景はイタリア共産党の流れをくむ構造改革派の共産主義思想である。提唱者である松下圭一氏の「二重信託論」と「補完性の原理」は、国家統治と地方自治を切り離して考える国家否定の異端の学説である。このような考え方の片鱗は、自治基本条例の条文のいたるところに散りばめられており、一部を修正すれば良い自治基本条例ができるというものではない。
  
⑵条文が独り歩きする

条例が制定された瞬間から、条例制定者の意図を離れ条文が独り歩きする。条例制定時の市長も議員もやがて代わり、残るのは条文だけであって、その条文をどのように解釈するかは後世の人に委ねられる。従って、条例制定者の意図がどうあろうと、また条文がいかに穏便な内容であったとしても、安心することはできない。
    
埼玉県志木市の「志木市市政運営基本条例」は、全国で5番目の自治基本条例として平成13年に制定された。条例は5条までしかない簡素なもので、制定時には何の問題もないと思われていたが、後に市政が大混乱する元となった。条例に「市民主体の自治」「市民の市政への参画」という文言があり、市民参画のために公募市民による「市民委員会」がつくられたが、やがて市民委員が市庁舎内を闊歩するようになり、何かにつけて行政に口出しをしたり、委員同士の揉め事に職員が巻き込まれたり、市民委員会独自の市の予算を編成するなど混乱を極めることとなった。その後、市長も代わり事態は収拾されたが、制定者の意図や簡素な条文とはかけ離れた結果を生じた顕著な事例である。
    
従って、骨抜きの条例にすればよかろうという安易な考えは禁物であり、制定を阻止することが基本である。
  
⑶反基地・反原発闘争などに利用される懸念

特に、米軍基地や原発などを抱える地域では、住民投票や多様な市民参加の機会を利用して、反基地・反原発闘争などが行われ、わが国の安全保障に重大な影響を及ぼす恐れがある。こうした運動を推進しようとする「市民」にとって、内容の如何にかかわらず自治基本条例そのものが格好の口実となりうる。

8.「対案」について
   
以上述べたように自治基本条例は、条例そのものが悪いので制定すべきではない。しかし、個々の自治体の諸般の事情により、条例制定が不可避的となった場合に、これを阻止したり、少しでもましな内容に改めさせる最後の手段として対案の提示は効果的である。

対案を作る場合の基本的考え方は以下の通りである。
⑴基本理念や基本原則の全く異なるものであること。
⑵従って、原案の一部を修正したようなものではなく、構成なども含めて全く異なるものであること。
⑶個々の条文がしっかりしていて全体として説得力があること。
⑷仮に対案が丸呑みされて条例が制定された場合、現状が何も変わらないものであること。換言すれば、現状を条文化したものであること。

以上のような考え方のもとに具体的内容については、以下の諸点に留意するべきである。
   
⑴自治基本条例の目的
     
各地の自治基本条例を見ると、条例の目的は「自治の進展(実現)」とするものと「市民(住民)自治の確立」とするものに大別できる。自治基本条例は、市政運営全般にわたる基本ルールを定めているので「自治の進展(実現)」とするほうが望ましい。「市民(住民)自治の確立」を目的とすると、市民参加・協働を強調し直接民主主義的な制度に偏った条例になる。

⑵二元代表制を基本とする
  
憲法前文の冒頭の一節は「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し」と述べており、議会制民主主義(間接民主主義)がわが国の統治原理であることを明確にしている。地方においては二元代表制が定められており、これを基本とした自治がおこなわれなければならない。このような観点に立てば、市長や議会(議員)の権限をいたずらに制約したり、過大な市民の権限を定めるような条例は排除しなければならない。

たとえば、住民投票については、事案ごとに議会で審議して実施の可否を決める「非常設型(個別型)」とすべきである。条例の改廃について市民参加による検討を義務付けるような規定は、市長や議会の条例制定権を制約するものであり許すべきではない。

一方、二元代表制をより充実し強化する方策を定めることは有益ではないか。たとえば、議員提案条例の制定と議会事務局の強化、議会における市長の反問権の保障などは、市長・議員が切磋琢磨することにより、二元代表制のレベルアップにつながる可能性がある。

⑶二元代表制のもと公平性・公正性が担保される市民参加

市民参加はあくまでも二元代表制のもとで行われるものでなければならない。すなわち、市民の意見はあくまで参考意見であって、市長や議会の決定権限を制約するものであってはならない。たとえば「市長と議会は市民委員会の意見を最大限尊重しなければならない」などという条文は絶対不可である。

さらに、公平性・公正性が担保される制度でなければならない。言い換えれば、左翼プロ市民が介入して市政を牛耳ることがないような制度でなければならない。従って、公募の市民による市民委員会などを設けて検討を丸投げするようなやり方は最悪である。このようなやり方では、普通の市民はなかなか参加することができず、いつも決まった顔ぶれが参加して、結果的に左翼プロ市民が牛耳ることは過去の事例が示している。

誰もが参加しやすいのはパブリックコメントであるが、これも特定の団体が組織的に意見提出を行うことが指摘されており、必ずしも公平とはいえない。九州電力の「やらせメール」は典型的な事例である。慎重を期すためには統計的裏付けのある無差別抽出による世論調査やアンケート調査を行うべきである。

また、市民を公募する場合には、三鷹市などで行われたように、あらかじめ対象者を無差別抽出で選び、その中から公募するようなやり方が考えられる。

いずれにせよ条例では、年齢・性別・地域等が偏らないことや利害関係者の排除、同一人物が連続して参加したり、複数の委員会に重複して参加できないような規定を設けておくことが不可欠である。

⑷法としての厳密性の保持

自治基本条例には法を軽視する空気があることは既に述べたとおりである。従って、条例制定にあたっては、法としての整合性や違法性がないか厳密にチェックする必要がある。

たとえば、自治基本条例を最高規範(性)とすることは法的な根拠がなく不可である。最近は法令の「上書き権」を先取りして定めようとする動きもあるが、具体的概念と運営方法が未確定の状態では憲法違反となる。また、市民・市長・議員に過大な責務を課すことなども、憲法の定める権利と照らして慎重にするべきである。

⑸地方自治体は国家統治機構の一部であることを前提

地方と国は別個の独立した存在であるかのような内容は排除しなければならない。既に述べたように憲法の規定や最高裁の判決から地方が国の一部であることは明らかである。従って、条例制定に当たっては、それを前提にしたものでなければならない。「市に選挙によって選ばれた市の代表である市長を置く」などという条文は、まさに「二重信託論」の明文化であり絶対認められない。

地方に権限のあることでも、国民保護、治安・防災、教育、道路・河川・橋・港湾の管理など、国家主権と密接にかかわるものは枚挙にいとまがない。従って、「地方(独立)政府」「地域主権」などという文言を用いたり、外国人に住民投票の投票資格を認めることなどは避けなければならない。

⑹権利と義務のバランス、受益者負担の原則

自治の基本ルールを定める自治基本条例においては、権利と義務のバランス、受益者負担の原則が守られなければならない。そうでなければルールとしては欠陥商品である。

市民を通勤・通学者なども含めて広義に定義すること、子どもの権利の制定、住民投票における未成年者や外国人の投票資格などは不適切であるし、市民・市長・議員の権利義務などは慎重に検討すべきである。

⑺自治基本条例は手続き条例

自治基本条例は、既に述べたように、自治体運営の基本理念、基本原則等を定めた基本ルールであるといわれている。従って、条例の具体的内容は、市政運営の手続きを定めるものであり、個別課題を定めることは避けるべきである。すなわち、個別課題を達成するための手続きを定める「手続き条例」とするべきである。各地の自治基本条例では、これらが混在するものも多い。「手続き条例」であることを明確にすれば、「子どもの権利」「男女共同参画」「人権擁護」などの個別課題を排除することができる。

⑻不磨の大典としない

条例のなかには、市長や議会が勝手に条例を改正できないように、市民参加による検討を義務付ける改廃規定を設けているものも多い。左翼陣営にとっては、自分たちが公募市民として参加して制定した条例が、市長が代わったことによって安易に改正されてはたまらないということである。

しかし、このように改正のハードルを上げると、「最高規範」という位置づけとあいまって、不磨の大典のようになりやすい。このような条例は現実との乖離を招くことになり、自治基本条例が基本ルールを定める条例だけに影響が大きい。むしろ一定期間経過後に見直すことを条例に規定したほうが現実的であると思われる。

⑼前文について

前文には基本理念が掲げられるので注意する必要がある。「平和・人権」「地方政府」「市民(住民)自治」「参加・協働」「最高規範」というようなキーワードは要注意である。一方、「歴史と伝統」「公共の福祉」「二元代表制」などは、良識的な基本理念として留意すべきである。

対案づくりに当たっては、あらかじめ以上のような基本的考え方を明確にしておくべきである。そうすれば、条例には何が必要で何が不要であるかの判断基準が明確になり、条例制定の範囲も定まりやすく、左翼に十分対抗できる対案となる。
なお、具体的対案については添付の対案モデルを参照のこと。

以上
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憲法改正早期実現国会議員署名


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一、新教育基本法に基づいた教育改革と教科書採択を推進する

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一、議会否定につながる自治基本条例を阻止し、議会活動を活性化する

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●人権侵害救済法案に反対する意見書案

※人権侵害救済法案の問題点について

…………………………………………………………………………

■【自治基本条例問題】   
議会否定につながる自治基本条例の阻止を

①自治基本条例の問題点について

②外国人に対する住民投票権の付与について

……………………………………………………………………………

■【議場の国旗掲揚推進】
地方議会議場での国旗掲揚について

……………………………………………………………………………

■【外国人参政権問題】
●外国人参政権に反対する意見書採択について

反対決議は362市町村議会(H22年9月1日現在)

慎重議員署名4071名・535議会(同年9月1日現在)

慎重首長署名568自治体(7県知事221市区340町村長・同年9月1日現在)

………………………………………………………………………………

 

尖閣諸島上陸許可要望議員署名


      ↓
■議員署名用紙

現在 4182名
(387議会)

詳細はこちらをクリック

石垣市長・議長連名のお願い文ご活用下さい
      ↓
●石垣市連名の議員署名のお願い文







 
 
 
 

議会否定の自治基本条例