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794年(延暦13年6月13日) - 桓武天皇の命を受けた坂上田村麻呂が蝦夷征討に出発。

今日は何の日 7月4日 794年(延暦13年6月13日) - 桓武天皇の命を受けた坂上田村麻呂が蝦夷征討に出発。

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中央で近衛府の武官として立ち、793年に陸奥国の蝦夷に対する戦争で大伴弟麻呂を補佐する副将軍の一人として功績を上げた。

弟麻呂の後任として征夷大将軍になって総指揮をとり、801年に敵対する蝦夷を降した。802年に胆沢城、803年に志波城を築いた。810年の薬子の変では平城上皇の脱出を阻止する働きをした。

平安時代を通じて優れた武人として尊崇され、後代に様々な伝説を生み、文の菅原道真と、武の坂上田村麻呂は、文武のシンボル的存在とされた。

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桓武天皇の東国(蝦夷)征討

  桓武天皇になってから積極的に東国征討に力をいれました。その理由は第1に、律令政府の威力を東国にまでおよぼし、その地の未開の民を律令政府に服させることにあります。

これは当時の中国の影響を受けたもので、中華思想つまり自国の政治文化などを周辺の諸国よりはるかにぬきんでたものと考え、その高度の文化・思想をおよぼそうとする
考えであり、儒教にもとずく王土思想、つまりすべての国土・人民は天皇の治めるところであり、その政治は天皇の儒教的な徳が国内のすみずみまで行きわたる、いわば仁政が行われることによって実現するという考えを中心におくものです。

もうひとつの理由は、東国の陸奥・出羽は地味のきわめて豊かなところであり、この豊かな土地を獲得し、そこからの生産物を確保することは、律令国家を維持するためにどうしても必要と考えられたからです。

  服従してくる者には寛容に接し、稲作を教え、また朝廷の官人に取り上げられ高官にまで昇進した者もいました。しかし律令国家のそうした行為に服従しないものは、いわゆる「まつろわぬ民」(蝦夷)として、武力によって服従させました。

  724年東国経略の最大拠点である多賀城(宮城県多賀城市)を造営し、陸奥の国府と鎮守府を設置し、東国征討が行われました。当時の東国は、城柵を中心に律令国家に服従した東国の民(俘囚ふしゅう)が開拓農民となって寒冷と戦いながら耕作に励んでいました。一方まつろわぬ民は山野で自らの民族の誇りをもって、縄文時代の狩猟・採集生活を送っていました。第1次征討作戦及び第2次征討作戦は、朝廷軍が蝦夷の総帥「阿弖流為(あてるい)」の率いる蝦夷軍に、普段は森に隠れ、相手の隙に乗じて森の中から出撃する神出鬼没の騎馬による弓矢の戦いに翻弄し続けられ、失敗に終わりました。

②田村麻呂の活躍
  苅田麻呂を父に、犬養を祖父にもつ田村麻呂は、武門の子弟として23歳で近衛将監、30歳で近衛少将となりました。789年大将軍紀古佐美率いる朝廷軍は、蝦夷の総帥阿弖流為の率いる蝦夷軍に大敗を帰しました。

  田村麻呂は791年征夷大使大伴弟麻呂の副使になり、第二次征討の準備を任されました。田村麻呂は兵士の質や彼らが所持する武器を調査しました。兵士は大部分が農民の子弟で、生活苦をあまりにも強く背負っている者ばかりでありました。畿内をはじめ諸国の農民の生活は、旱魃や疫病が流行り、そして租庸調の税金が重くのし掛かり、まことにひどい状態でありました。征夷のため武器や食料を調達することを命ぜられても、とても消化できる状態ではありませんでした。

  田村麻呂は、皮製の甲(よろい)の製造については、富裕な農民層と五位以上の貴族に製造して差し出させるよう、またこれまでの軍団制である一般農民からの徴兵にかわって、郡司の子弟を選んで健児(こんでん)と名づけ、彼らに諸国の役所や武器庫を守らせる健児制(こんでんせい)に切り替える大幅な改革案を上奏し裁可されました。陸奥と出羽だけは、蝦夷との交戦を目前に控えているため従来の軍団制をそのまま存続しましたが、兵士の質は以前より改善され、第2次征討はそれなりの成果をあげました。

また、短期間の戦闘であったにもかかわらずかなりの兵士が逃亡して捕えられましたが、従前であると死罪になるところを、陸奥国に流罪する名目で、柵戸(さくこ、柵を守る農民兵)とすることにより彼らの命を救いました。田村麻呂はこの功績により従四位下に昇進しました。

  翌796年陸奥・出羽按察使(あぜち、国司の治績や諸国の民情の巡察する官吏)兼陸奥守兼鎮守府将軍に任命され、陸奥における軍事行政上の全権力を掌握することになりました。これは、第3次征討の前ぶれの人事であり、田村麻呂はただちに多賀城に赴任して、来るべき第3次征討に備え、兵員の確保や糧食の調達を図る一方で、陸奥の開拓や民生の安定化をはかるため稲作や養蚕の普及に力をいれました。

伊勢・三河など六カ国から養蚕技術をもつ女性ををそれrぞれ2名づつ選んで陸奥に派遣し、また武蔵・常陸など8カ国の農民9千人を伊治城に派遣し、平時は土地の開墾と稲作の指導を行わせ、事あるときは武装し兵士として戦う屯田兵のような性質をもつ農民派遣を行い、みちのくの農村もしだいに活気を示すようになってきました。

  797年さらに最初の征夷大将軍に任命され四つの要職を兼ねて陸奥の地に臨むことになりました。しかし、田村麻呂は戦闘の準備よりも行政面や民生への配慮に重点を置き、蝦夷を討つにあたって、膨大な軍隊を動員して、ただがむしゃらに攻めこむのではなく、治安を回復し産業を盛んにし、民生を安定することに重点をおきました。

蝦夷に対しても、むやみやたらに敵視するのではなく、帰順してくる者に対しては、土地を与え生活を保証し、また律令農民との間の交易も認めました。ただし、抵抗する蝦夷に対しては、断固として容赦のない態度で臨み、いわば恩威並びに施す策をとりました。それはまた国家の兵士の損害を最小限にくいとめることに役立ち、部下の信望を多く集めることにもなりました。

  801年従四位上征夷大将軍兼近衛権中将兼陸奥出羽按察使兼陸奥守兼鎮守府将軍となり、桓武天皇から節刀(天皇の権限を代行するしるしとしての刀)を受け、あらためて全軍の指揮を委ねられました。俘囚軍を大量に動員し、巧みに作戦に使用し、また蝦夷の帰順者があいつぎ、胆沢地方(いざわ)を越えて閉伊地方(へい、岩手県北部)まで兵を進め、胆沢地方を律令国家の掌中に収めるという第3次征討の目的は、田村麻呂の努力により達成することができました。この武功により従四位上から従三位にと目ざましい昇進をとげました。

  翌年には造胆沢城使となり、北辺の守りを固め、胆沢地方を開拓し、稲作の普及に努めるなか、蝦夷の族長阿弖流為が投降してくるという画期的な成果をあげました。田村麻呂は彼の助命を請願しましたが受け入れられず、処刑されました。大和朝廷から続いていた蝦夷征討も事実上ここに結末を向かえました。

  田村麻呂は、二度の征討においてすぐれた武勲を立てただけでなく、帰降蝦夷の取扱いに誠意をもってあたった人物として、蝦夷や俘囚から大きな信頼を寄せられ、また俘囚でも戦功のあった者は昇進叙位を取り計らい、また公民となろうとして改姓を願い出る者に対してはそれを認めるなど、蝦夷の身分的差別解消にも配慮しました。こうして、田村麻呂は東北の人々にも、偉大な将軍として神格化され後々まで尊崇されるようになりました。
  805年参議の職に任ぜられました。参議は国政に直接参加する職であり、現在における内閣を構成する大臣にあたり、坂上一族では彼だけです。やがて大納言右近衛大将にまで昇進しました。811年大納言正三位右近衛大将兵部卿坂上田村麻呂は54歳で生涯を閉じました。嵯峨天皇は一日服喪し、従二位を追贈しました。この日、勅命により田村麻呂は甲冑武器を帯びた立姿で葬られました。
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     この時にあたり、今こそ発言し行動する真正保守の結集が問われている。ここに志しある地方議員は「誇りある国づくり」をめざす日本会議と連携し、地方議会よりその動きを起こし、日本の国柄に基づく新憲法制定へ向け日本会議首都圏地方議員懇談会を設立する。

     全国の良識ある地方議員が我々の趣旨に賛同され、あまたの先人が築いてこられた、この祖国日本を再建するため、我々は、下記の基本方針を掲げて献身することを誓うものである。

        (平成十九年十月六日)

    〈基本方針〉
      
    1、皇室を尊び、伝統文化を尊重し「誇りある日本」の国づくりをめざす。

    2、わが国の国柄に基づいた「新憲法」「新教育基本法」を提唱し、この制定をめざす。

    3、独立国家の主権と名誉を守る外交と安全保障を実現する。

    4、祖国への誇りと愛情をもった青少年の健全育成へ向け、教育改革に取り組む。

    私たちはめざします。
    全国に3000名議員集団を!

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一、研修会、講演会を開催し、会員相互の見識と親睦を深める

一、全国に3千名の地方議員ネットワークを形成する

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■【人権救済法案問題】
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※人権侵害救済法案の問題点について

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①自治基本条例の問題点について

②外国人に対する住民投票権の付与について

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■【議場の国旗掲揚推進】
地方議会議場での国旗掲揚について

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■【外国人参政権問題】
●外国人参政権に反対する意見書採択について

反対決議は362市町村議会(H22年9月1日現在)

慎重議員署名4071名・535議会(同年9月1日現在)

慎重首長署名568自治体(7県知事221市区340町村長・同年9月1日現在)

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