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日本の和平工作と米ソ両国の中国への軍事援助

 ―支那事変の泥沼化の原因 

上海事変を契機として始まった支那事変は、長期化し、戦域も拡大していった。しかしその責任は従来のように日本側が問われるべきだろうか。

 日本は、支那事変勃発当初から、継続的かつ様々なルートによって和平工作を行なってきた。この事実そのものが、日本が中国侵略を目指していたとしたらあり得ないことであり、日本が平和の希求に努力していたことを示す端的な証拠なのである。

しかしそれらは実を結ぶことはなかった。日中の和平実現を阻止しようとして米英ソ三国が介入したからである。このことを米ソ両国の中国に対する軍事援助、および日本の和平工作とその妨害を中心に、支那事変の推移を年表的に紹介することとしたい。

昭和六年(一九三一)
 アメリカ、満州を支配していた国民党の張学良軍の対日軍備の充実のため、年間戦車百台、飛行機数十台、弾丸百万発の生産能力のある兵器工場建設を援助する。さらにアメリカは、張学良に対して、総額二千六百万ドルにおよぶ資金援助を三年間で行うことを決定。
  九月 満州事変が勃発。
昭和七年(一九三二)
一月 日本人僧侶が中国人に殺害された事件をきっかけとして、日中両国関係が緊迫し、日中両軍による第一次上海事変が勃発。
昭和八年(一九三三)
五月三十一日 日中両国間で、満州事変に関する停戦協定が結ばれる。
八月 アメリカ農務省が、小麦と綿を担保として、八千万ドル相当の借款を南京の国民党政府に与える。

※農商務省の中国農産物買い上げという目立たない方法で、アメリカは国民党政府へのてこ入れを行なった。
昭和九年(一九三四)
二月十七日 米航空機器公司と中国広東空軍司令部との間で、アメリカの援助による空軍三年計画契約交渉が行われていることが明らかになる。
二月二十日 アメリカ製軍用機購入とアメリカ海軍予備将校の指導の二つを条件として、アメリカの借款により、福州およびアモイに飛行場が建設される。
昭和十年(一九三五)
十二月 アメリカおよびイギリス、中国に幣制改革を断行させる。

※それまで中国は銀本位制の国で、国民は銀貨を持っていた。幣制改革とは、銀貨を廃止して、国民党政府系銀行が発行する「法幣」を、全中国の通貨として流通させるようにする改革であった。この結果、蒋介石の国民党政府は、中国全体の経済的統一を実現し、政権基盤が強化された。なお、「法幣」と引き換えに国民党政府が吸い上げた銀貨は、前年に銀買上法を成立させていたアメリカに輸出され、国民党政府の資金源となった。
昭和十一年(一九三六)
十二月十二日 張学良が蒋介石を逮捕監禁して抗日戦争を迫る西安事件が発生。
昭和十二年(一九三七)
     ソ連、中国に対して五千万ドルの借款供与。

※中国空軍は、三飛行大隊を編制したが、うち二個大隊はソ連が提供した飛行機と武器装備の下で編制された(残る一個大隊の装備は米、英、仏、イタリアが提供したものであった)。
  七月七日 盧溝橋事件が勃発。
七月十一日 盧溝橋事件に関する現地停戦協定が成立。

【和平工作】日本軍は、盧溝橋事件の舞台となった北京市長である秦徳純との間で停戦協定を結んだ。停戦協定の内容は、責任者の処分・中国軍の盧溝橋城郭・竜王廟からの撤退・抗日団体の取締を骨子とした。これには北京一帯を管轄する国民党軍司令官の宋哲元も承認を与えた。
七月十二日 国民党政府、現地停戦協定の否認を表明。
七月十四日 ソ連コミンテルン、盧溝橋事件をうけての日中両軍の全面衝突を指示する指令を発する。
※コミンテルン指令が出された日付は厳密には特定されていない。しかし盧溝橋事件後の一週間以内とされており、遅くともこの日までには出されている。
七月十九日 国民党政府の蒋介石が、抗日戦争の覚悟を表明(いわゆる[最後の関頭]演説)。
七月二十五日 中国軍側から日本軍への攻撃が北京近郊の郎坊で発生。翌二十六日には北京市内の広安門で日本軍への攻撃が行なわれる。
七月二十八日 日中両軍が中国北部の北京、天津一帯で全面衝突(北支事変)。
七月二十九日 通州において二百二十三名の日本人が中国軍から虐殺される。
七月三十日 北京、天津一帯の国民党軍が撤退し、北支事変が終結。
八月一日 日本、日中和平実現のための「船津工作」に着手。

【和平工作】日本は、戦火の拡大を防ぐため、実業家の船津振一郎を上海に派遣し、国民党政府外交部の高宗武・亜州司長との間で和平工作を行った。日本はすでに北平・天津という中国北部の要衝を占領し、圧倒的な優位にあったが、全面的に日中間の国交関係の調整を目指し、日本側が満州事変後に獲得していた権利を返還することを中国側に明示した。昭和天皇は、八月六日、「船津工作」について、「うまく行けば宜しいが、若しこの条件にて支那が同意せざるなれば、寧ろこれを公表し、日本がかく公明正大の条件を出したるに支那同意せざるなりとせば、各国の世論も帝国に同情すべし。出来るだけ交渉を行い、纏ざれば止むを得ず戦うの外なし」と述べておられる。
八月九日 上海で、中国軍(秘密共産党員によるテロの可能性も指摘されている)によって、海軍陸戦隊の大山中尉が射殺される。この事件の発生によって、日本側は「船津工作」を断念した。
八月十三日 第二次上海事変が勃発。

※秘密共産党員でもある国民党政府の上海方面軍司令官張治中が、上海駐屯の日本海軍陸戦隊に対する総攻撃を開始する。
八月二十一日 ソ連が国民党政府と不可侵条約を締結し、三億ドルの借款供与枠を約束した。

※中ソ不可侵条約には秘密規定があり、中国が他国と防共協定を結ぶことを禁止していた。いいかえれば中国と日本とが防共を理由とする和平協定を結ぶことを禁止する規定が設けられていたのである。
十月五日 アメリカのルーズベルト大統領が、いわゆる「隔離演説」を行った。この演説において、ルーズベルト大統領は、「悪い病気が伝染し始めると、当局は患者を隔離することになります」と述べ、はじめて日本を公然と批判した。
十月二十八日 日本、日中和平実現のための「トラウトマン工作」に着手。

【和平工作】ドイツの駐南京大使トラウトマンを通じて、上海事変の停戦を目指し、華北および上海での非武装地帯の設置などの条件で和平を提案。しかし蒋介石は、ソ連の軍事援助、アメリカに対日強硬姿勢表明を踏まえ、中国問題を論じる予定になっていたブリュッセル会議(十一月三日から十五日)まで返事を引き延ばした。
十二月一日 ソ連パイロットの第一陣が南京に到着し、すぐさま、日本空軍と激戦を展開した。

※参戦したソ連のパイロットと技術者は合計七百人に達したとされる。一応、義勇軍ということになっているが、ソ連のような全体主義の国で個人の義勇軍参加ということはあり得ないことは明らかである。すなわちソ連は、支那事変の当初から対日参戦していたのである。
十二月十三日 日本軍、国民党政府の首都である南京を攻略。
※当初、日本側では、戦線を上海付近に限定する方針であった。しかし中国側は上海事変の停戦に応じず、軍を南京方面に撤退させた。戦闘状態が続くなか、日本側は、国民党政府の首都である南京を攻略、停戦協定に持ち込む作戦を展開。
昭和十三年(一九三八)
     ソ連、中国に対して五千万ドルの借款供与。
※ソ連の対中援助は、最終的には累計約一億七千三百十七万ドルとなった。このソ連の軍事援助によって、中国は、約二十個師団分の装備を入手した。
一月 ソ連、中国共産党に対して三百万ドルを対日戦争を目的として援助。
一月十五日 日本、「トラウトマン工作」を断念。
※近衛首相が「トラウトマン工作」打ち切り決定の主導者であったが、当時の近衛首相は、尾崎秀実らの秘密共産党員ないし共産党シンパを中国問題に関する政策ブレーンとしていた。彼らの和平交渉への妨害工作の実態およびその影響については今後更に研究される必要がある。
四月 昭和十二年十月から着手していた日中和平実現のための「茅野工作」。

【和平工作】蒋介石以下の国民党首脳部と親しい間柄にあった茅野長知が、上海派遣軍司令官松井石根の依頼によって、昭和十二年十月ころから、日中和平実現に乗り出した。そして、昭和十三年四月には、即時停戦、日本の撤兵声明発表などの合意にこぎつけた。しかし国民党外交部の亜州司長である高宋武が、日本側には「国民政府はもうすぐ無条件降伏する」と伝えて日本側の和平熱意を奪い、一方では、蒋介石に対して「中国があくまで抗戦を継続すれば、日本側は無条件で停戦、撤兵する」という偽りの電報を打つという謀略工作を行ったため、水泡に帰した。
  四月 中国中部の徐州において、日中両軍が戦う。

※日本は、中国北部と中部の境にあって要衝として知られる徐州に集結していた中国軍を一挙に撃破することで、中国側の軍事力を失わせ、和平交渉を成立させるための徐州作戦を展開。しかし中国軍は、日本側の追撃を阻止すべく、付近住民にもたらす甚大な被害を顧みない黄河の堤防破壊を行なった。このため、日本軍は、中国軍の無力化に失敗した。
五月 日本、日中和平工作実現のための「宇垣工作」に着手。

【和平工作】宇垣外相が近衛内閣の外務大臣に就任するとともに、国民党政府の行政院長・孔祥熙を相手に、日中和平条約を締結し、早期撤兵を実現するため会談を進める方針を決めた。
九月 宇垣外相の外交権を奪うコミンテルン工作によって、「宇垣工作」が中断。
※コミンテルンのスパイでありかつ近衛首相のブレーンとなっていた尾崎秀実らが推進した対アジア政策を取り扱う興亜院の設立に近衛首相が同意したため、「事変の解決を自分に任せるといっておきながら、今に至って私の権限を削ぐような近衛内閣に留まり得ない」との理由で、宇垣外相は辞任した。
十月 日本、中国中部の中心都市で、南京陥落後の国民党政府の政治的経済的中心であった武漢を攻略。
十一月 日本、中国側に対する海外からの支援物資流入の大拠点である広東および香港を制圧する。
十二月 アメリカ、中国に対して桐油借款二千五百万ドルを供与。
※当時のアメリカは、中立法によって、交戦国への資金援助はできないこととなっており、武器などの輸出についても現金払いのケースにかぎって認められていた。すなわち、支那事変勃発にともない、日本と交戦国となった国民党政府に対しても、アメリカが公然と資金援助することは中立法違反となる。このためアメリカは、桐油を担保としての借款提供という、あたかも通常の貿易行為であるかのように装って、対中国資金援助を行なったのである。アメリカが中国に対する借款供与を決定したことを踏まえ、イギリスも国民党政府むけに五十万ポンド、中国の銀行むけ貸付金五百万ポンドの援助を決定した。
昭和十四年(一九三九)
一月 アメリカ、日本に対して
航空機および同部品に関する対日禁輸発動。
二月 アメリカ、日本に対する新規借款の禁止。
七月二十六日 アメリカ、日米通商航海条約の廃棄を日本に通告。
八月 ソ連の軍事専門家が中国支援のために、新疆に航空学校を開設。翌年までに中国人パイロット三百二十八人を育成。
九月 アメリカ輸出入銀行が中国国際貿易委員会に対して四千五百万ドルの資金援助を行う。
十月 日本、中国南部の南寧攻略作戦を実施。
※当時、中国奥地の重慶に立てこもった国民党政府を援助するための海外からの物流ルートのことを「援蒋ルート」と呼んだ。国民党政府が和平意志を持つためには、この援蒋ルートの遮断が不可欠であると考えられていた。いくつかの援蒋ルートのうち、現在のベトナム北部から中国南部に達する、いわゆる「広西ルート」を遮断するため、中国南部の物流拠点であった南寧の攻略をめざしたのが南寧攻略作戦。
  十二月 日本、日中和実現のための「桐工作」に着手。

【和平工作】日本の陸軍は、支那事変拡大には否定的・消極的であった。そこで、蒋介石の義弟である宋子文、宋子文の実弟である宋子良(と称する人物)が香港に滞在している情報をつかんだ陸軍は、早期の日中和平実現、中国からの撤兵の実現をめざし、宋子良を窓口としての秘密和平交渉を開始した。これが「桐工作」であり、陸軍は、満州国承認、一定期間の日本軍の中国北部の要衝への駐屯の容認を中国側に求めて和平交渉に臨んだ。しかし、中国側は、アメリカの後ろ盾をもとに、中国側にさらに有利な条件となるまで交渉を引き延ばそうとする姿勢を取りつづけた。

昭和十五年(一九四〇)
一月 日中和平実現をめざす、汪兆銘政権が誕生したが、アメリカはただちに不承認を宣言。
二月 ソ連、中国共産党に毎月三十万ドルの援助を決定。
二月 日本、海外からの対中国援助の流入を阻止するため、中国南部の沿岸を封鎖しようと、中国南部の島である海南島攻略作戦を実施した。
三月 アメリカ、中国に対する二千万ドルの借款供与を決定。
五月 アメリカ、三十億ドルにのぼる軍備拡張費を議会が可決。
七月十七日 イギリスが日本との友好関係維持のため、ビルマを経由する援蒋ルートの閉鎖を発表。
※アメリカのハル国務長官は、英仏両国が援蒋ルートを遮断したのに対して、「アメリカ政府は世界中のあらゆる部分において商業の徑路を開放しておくことを利益とするものである。もしかような閉鎖行為をなせば最近行われたインドシナの鉄道にたいしての行為とともに、それは世界の商業にたいする妨害であり、是認されることのない干渉をなすものである」と援蒋ルート閉鎖を批判。すなわち両ルートが遮断されることは、支那事変において中国側に大打撃となると共に対中貿易路の確保というアメリカの利益をも阻害することになるとしたのである。
八月「桐工作」が、近衛首相から蒋介石総統あてに「親書」を書くところまで進展。
九月十九日 日本、中国側が「桐工作」を時間稼ぎに使い、その間に、アメリカおよびソ連から借款を得たとの情報が日本側に入り、また中国側窓口である宋子良が、国民党政府内部では、中国の戦力が増大している今、日本と和平を結ぶ必要はないという意見が強いという情報をもたらしたため、ついに「桐工作」の打ち切りを決定。
九月二十三日 日本、北部仏印に進駐。
※仏印とは、フランス領インドシナ、今日のベトナムを指している。日本は、ベトナムから中国南部の四川省に通じる援蒋ルートの遮断を目的として、フランスの仏印政府の承認のもとで進駐した。
九月二十五日 アメリカは、日本の北部仏印進駐によって援助ルートを断たれて苦境に立つ中国側に対するてこ入れとして、二千五百万ドルの借款を供与する。
九月二十六日 アメリカ、くず鉄の対日禁輸を決定する。

※アメリカのくず鉄輸出総量の三分の一はそれまで日本向けに輸出されていた。

※イギリス、アメリカの対日強硬姿勢を踏まえ、十月十七日にビルマの援蒋ルートを再開した。
十一月九日 中国、米英中三国による対日同盟を米英両国に提案。
十一月三十日 ルーズベルト大統領は、蒋介石に一億ドルの資金援助と五十機の新式戦闘機を送ることを約束。一億ドルのうち二千五百万ドルは、中国の航空計画及び地上兵器部品の購入のために使用された。
※この実現のために、アメリカと中国とは数カ月来交渉していたとされる。前述した、日本が「桐工作」を断念した原因となった、中国に対するアメリカの借款額の情報も一億ドルであった。したがって、アメリカは、中国に対して日中和平交渉の断念と引き換えに一億ドルの借款の提供を約束し、それがこのルーズベルト大統領の一億ドルの資金援助提供になったと考えられる。
十二月二日 アメリカ議会が、対中国一億ドル借款案を可決。
    ※イギリス、一千万ポンドの対中国援助を決定。

昭和十六年(一九四一)
二月 アメリカ、P―四〇B戦闘機百機の対中国援助を決定。これにともなう装備・武器と弾薬百五十万発については、大統領命令でアメリカ陸軍基地から直接補給された。
三月十五日 ルーズベルト大統領が「苦難にあえぐ億万の中国人民は、非常の決意をもって国家が分割されることに抵抗し、奮闘している。彼らは蒋委員長を通じて米国の援助を要求してきた。米国はすでに、中国は当然われわれの援助を受けることができると伝えた」「中国援助は最後の勝利を獲得するまで必ず続ける」と明言。
四月 アメリカのパウリー・インターコンチネンタル社社長が中国との間で航空機パイロットのアメリカ義勇団に関する契約を結び、二百五十九名のアメリカ軍パイロットを中国に派遣する。これは実質的にアメリカが空軍というめだたない形で対日秘密参戦を決定したことを意味しており、この部隊はフライングタイガースと呼ばれた。
四月 ルーズベルト大統領、中国向けにトラック三百台と約五千万ドルの軍需物資の供与を決定。
五月 アメリカ、国民党政府に対して、武器貸与法の発動を決定。

※武器貸与法は、三月に成立したもので、ルーズベルト大統領に外国に武器その他の物資を貸与する権限を与える法律。当初、イギリス、ついで中国、そしてさらにソ連が対象国に加えられていった。

七月二十三日 中国からの日本本土爆撃を目的として、アメリカ統合委員会は、軍事使節団派遣と米志願兵によるB―一七爆撃機など五百機の対中国派遣を決定。ルーズベルト大統領もこの計画を承認した。この統合委員会では、あわせて次のような確認事項がなされた。

イ、アメリカによって与えられた大量の兵器の適切な使用について助言を与えるため、アメリカは、軍事使節団を中国に派遣すべきこと。
ロ、中国及びその周辺地域又は海域で作戦中の日本軍に有効な反撃を加えるため、第一陣として二百六十九機の戦闘機と六十六機の爆撃機を中国に派遣すること。

七月二十三日 日本、南部仏印へ進駐。

※アメリカの圧力によって、タイや仏印(フランス領インドシナ)政府が反日に回ることを防ぐことで、援蒋ルートの遮断を監視し、タイや仏印から産出されるコメやゴム、ボーキサイトといった重要な軍需物資の貿易確保を確実とし、あわせて当時、反日姿勢を強めていた蘭印(当時オランダ領であったインドネシア)政府との原油輸入交渉をまとめようとの意図があった。

七月二十五日 アメリカ、日本の南部仏印進駐に対する制裁措置として、日本の在米資産凍結及び石油の全面禁輸を決定。
十一月 アメリカ、事実上満州を含む中国大陸からの日本の全面撤退を要求するハルノートを提出。
十二月 大東亜戦争勃発。

昭和十七年(一九四二)
    アメリカ、総計五億ドルの対中援助を行う。

昭和十八年(一九四三)
アメリカ、総計五千九百三十万ドル相当の対中援助を行う。

昭和十九年(一九四四)
アメリカ、総計一億五〇万ドル相当の対中援助を行う。
アメリカ、OSS(現在のCIA)局長代理ドノバンを中国に派遣し、トラック二千台、ジープ二百台を供与。また大量のスパイ用の必要機材を与える。

昭和二十(一九四五)年
アメリカ、総計十二億六千三百三十万ドル相当の対中援助を行う。

以上のように大東亜戦争が勃発すると、莫大な援助が堂々と行なわれた。そして年表で見てきた通り、開戦までの経緯を分析すると、日中の和平が成立しようとする度に、米ソ両国の軍事援助が行なわれていること、その条件は中国が日本と戦い抜くことであったことがわかる。

たとえばアメリカの場合、モーゲンソー財務長官が「(ルーズベルト)大統領は蒋介石が対日抵抗継続を保証すれば対中国クレジット供与(借款供与)をしてもよいと述べた」と証言し、ハル国務長官が「中国が勝利しなければ、いかなる調停工作も、軍事力によって獲得された政治的、領土的利益に関して日本の合法性を認める結果をもたらすので、アメリカ政府は中国紛争終結の努力をすべきではない」と発言しているように、アメリカは和平ではなく支那事変継続を工作している。

 中国側は、米ソ両国による支援をたのんで日本との対決姿勢を継続した。ここに支那事変が泥沼化していった原因があり、日本の和平工作はことごとく押しつぶされたのである。

【アジアにおけるヤルタ体制】

米ソ両国提携がもたらした西安事件 (9月24日)
盧溝橋事件から上海事変へ (9月25日)
日本は自衛戦争を戦った (9月26日)
日本の和平工作と米ソ両国の中国への軍事援助 (9月27日)
米ソ両国のヤルタ密約が共産中国を誕生させた (9月28日)
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コメント

トラウトマン工作は 第一次案を蒋介石が受諾してるんだよ。 それを日本側が条件を加重してつぶしてるんだよ。

もっと よく勉強しろ このあほ

昭和天皇は、八月六日、「船津工作」について、「うまく行けば宜しいが、.....出来るだけ交渉を行い、纏ざれば止むを得ず戦うの外なし」と述べておられる。
-----------------------------------
なぜ、トラウトマン工作がまとまらなかったのか?
なぜ、茅野講和がまとまらなかったのか?
天皇は、『出来るだけ交渉を行い.....』と言っていますが、出来るだけの交渉を、行ったでしょうか?
なぜ、天皇は出来るだけの交渉を、させなかったのですか?


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一、議場への国旗掲揚を推進し、地方から誇りある国づくりを提唱する

一、議会否定につながる自治基本条例を阻止し、議会活動を活性化する

一、ジェンダー思想を相対化する、家族の絆を守る運動を推進する

一、時局問題への対応を敏速に行う

一、研修会、講演会を開催し、会員相互の見識と親睦を深める

一、全国に3千名の地方議員ネットワークを形成する

…………………………………………………………………………

■【人権救済法案問題】
●人権侵害救済法案に反対する意見書案

※人権侵害救済法案の問題点について

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■【自治基本条例問題】   
議会否定につながる自治基本条例の阻止を

①自治基本条例の問題点について

②外国人に対する住民投票権の付与について

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■【議場の国旗掲揚推進】
地方議会議場での国旗掲揚について

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■【外国人参政権問題】
●外国人参政権に反対する意見書採択について

反対決議は362市町村議会(H22年9月1日現在)

慎重議員署名4071名・535議会(同年9月1日現在)

慎重首長署名568自治体(7県知事221市区340町村長・同年9月1日現在)

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尖閣諸島上陸許可要望議員署名


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■議員署名用紙

現在 4182名
(387議会)

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石垣市長・議長連名のお願い文ご活用下さい
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●石垣市連名の議員署名のお願い文







 
 
 
 

議会否定の自治基本条例