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「死ぬこととみつけたり」…山本常朝の武士道

享保4年(1719年)11月21日、佐賀鍋島藩士で武士道論書『葉隠』の口述者として知られる山本常朝が亡くなりました。

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山本常朝(やまもとじょうちょう・つねとも)・・・というお名前には馴染がなくとも、「武士道とは死ぬこととみつけたり」というフレーズは、どこかしらで聞かれた事があるのではないでしょうか?

常朝は、この言葉を言った人です。

万治二年(1659年)に佐賀藩士・山本重澄の次男として生まれた常朝ですが、実は、この時、父の重澄は、すでに70歳の高齢でした。

幼い頃は、「成人するまで生きられないのでは?」と、父が心配するくらい体の弱かった常朝でしたが、そのぶん「鍛えねば!」と思った父の命によって、鍋島支藩の小城(おぎ=佐賀県小城市)にあった父の実家(重澄は中野家からの養子)の菩提寺である妙勝寺まで、

往復七里(約28km)の距離を、草鞋ばきにて、度々行き来するという訓練?をやったおかげなのか、無事、すくすくと成長していきます。

山本常朝の墓_-_panoramio
無題

高齢の父は、常朝が11歳の時に亡くなりますが、やがて第2代佐賀藩主・鍋島光茂(なべしまみつしげ)に小姓として仕え、20歳で元服してからは側用人として従事しました。

さらに、藩随一の学者と噂されるほどの聡明さで仕事をこなす常朝・・・24歳で結婚してからは、江戸に京都に、はたまた国許に呼び戻され・・・という中で、様々な役職をこなしておりましたが、元禄十三年(1700年)、主君・光茂の死とともに、彼の転機も訪れます。

そう、実は、30年以上に渡って光茂一筋で生きて来た常朝は、主君の死を悼んで殉死したいとも思いましたが、その光茂自身が殉死を禁止していた事から、出家を願い出て、世を捨てる事で主君に殉じます。

時に常朝、42歳・・・

はじめ、佐賀城下から三里(約12kim)ほど北にある金立山(きんりゅうざん)の麓にある黒土原(くろつちばる=佐賀市金立町)にて隠棲(いんせい=俗世間を逃れて静かに住むこと)していた常朝でしたが、

正徳三年(1713年)に光茂公の奥さんが亡くなり、その場所にお墓が造られる事になったので、遠慮した彼は、近くの大小隈(佐賀市大和町礫石)に庵を結び、そちらに移りました。

そこでの生活は、出家の時に常朝を剃髪してくれた高伝寺住持の了意和尚とただ二人・・・朝、早くに起きて、二人で読経し、二人で粥をすすり、二人で薪を採りに山へ出かけという、いたってシンプルなもの・・・

やがて、和尚が去った後の宝永七年(1710年)、和尚と入れ替わるように、常朝の庵を訪ねて来る者がありました。

同じ佐賀藩の田代陣基(たしろつらもと)という、常澄よりも20歳ほども年下の男・・・その年の3月5日からは、ほぼ毎日のように庵に顔を出すようになり、やがて、彼も、近くに住み着きはじめます。

♪浮世から 何里あろうか 山桜 ♪
と常朝が詠めば、

♪白雲や 唯今花に 尋ね合い ♪
と陣基が答える・・・

何とも風流で浮世離れした雰囲気の中で、常朝と交される談話・・・それを、陣基が書きとめます。

これが7年間続く・・・そう、この陣基が筆録した物が、かの『葉隠(はがくれ)』という書物となるわけです。
(ちなみに『葉隠』が完成した時点で陣基は里へと戻ります)

今や原書は残らず、写しのみとなっている『葉隠』ですが、それは全11巻あり、武士としての心構えを説いた部分と、各藩の藩主や藩士の逸話の部分とで構成されています。

最も有名なのは、やはり冒頭に書いたこの部分・・・

『武士道と云ふは、死ぬ事と見付けたり。一つ一つの場にて、早く死方(しぬかた)に片付(かたづく)ばかりなり』

「武士たる者、生きるか死ぬかの状況になった時は、即座に死を選ぶべきである」

という感じ??

それこそ、「山本常朝も『葉隠』も知らなくても、この言葉だけは、皆、知っている」というくらい有名で、あたかもこれが武士道の真髄のように受け止められ、潔く死ぬ事が大和魂であるかのように解釈する場合が、今現在でも多くあります。

しかし、考えてもみてください・・・それを言った常朝自身が、61歳まで生きてます。

それも、その最期は畳の上で、奥さんと養子・三四郎に見守られながら静かに・・・まして、彼の生きた時代は、島原の乱も終わり、鎖国も完成した、まさに元禄の最も平和な時代・・・

当然の事ながら常朝は合戦に出た事もなければ、命を賭けるような出来事に遭遇する事すらなかったはず・・・しかも、出家した今となっては、武士とは正反対の位置にいる世捨て人なわけで・・・

つまり、この『葉隠』の武士道論は実践経験から得た物ではなく、常朝の理想・・・悪く言えば、「絵にかいた餅」であり「机上の空論」なわけです。

それが少し垣間見えるのが、「武士道とは…」のくだりとともに有名な

『恋の至極は忍恋(しのぶこひ)と見立申候(みたてもうしそうらふ)。逢ひてからは、恋のたけがひくし。一生忍びて思ひ死(しに)するこそ、恋の本意なれ』

「究極の恋は忍ぶ恋・・・恋が実ってしまったら、その気高さは失われてしまう。一生心に秘めて、その人にこがれ死するのがホンモノの恋だ」の部分・・・

確かにこれも「こがれ死」とは言ってますが、これを、「恋のために死になさい」と解釈する人は少ないのではないでしょうか?

どちらかと言えば、「その人にこがれ死するくらい惚れて惚れて惚れ抜け」てな解釈のほうが自然な気がするんですが・・・(特に平和な時代の解釈としては)

また、常朝は、かの冒頭の「武士道とは…」に続いて、『毎朝毎夕、改めては死に改めては死に、常住死身になりて居る時は、武道に自由を得、一生落度なく、家職を仕果すべきなり。』と言っています。

この中の『常住死身(じょうじゅうしにみ)』とは、「いつでも死ぬ覚悟」という事ですが、前後の文章からして「いつでもイザという時には死ぬ覚悟だ」という事ではなく、「いつも死ぬ覚悟で挑め」だという事がわかります。

そうすれば「一生、落ち度なく仕事を勤め上げる事ができる」と・・・
つまり、仕事にも恋にも「死ぬ気で頑張れ」という事であって、「潔く死ね」という事では無いように思うのです。

ともあれ、そんな常朝に・・・晩年、最後の仕事とも言うべき仕事が舞い込んで来ます。

それは、享保二年(1717年)に、藩祖・鍋島直茂(なおしげ)(10月20日参照>>)の百回忌に当たり、「これまでの先祖の功績をまとめて提出せよ」との藩の要請・・・これは、暗に、「過去の実績如何によっては恩典=ご褒美がある」事を意味しています。

実は、この時、常朝の父の実家である中野家は浪人の身・・・しかし、平和な時代となっては、合戦で武功を挙げる事はできませんから、もはや、その浪人生活は永遠に続くかに見えていたわけですが、

直茂と同時代を生き、戦場を駆けた常朝の祖父・中野清明の武功を申請すれば、何かしらの恩賞が貰えるかも知れないわけで・・・で、常朝は、その書類の執筆を頼まれたわけです。

早速、常朝は、1週間ほどで下書きを書きあげ、浪人中の一門が皆、同等の恩賞が得られる事を願って、中野家へ手渡しました。

1ヶ月ほどして、養子の三四郎が吉報を持って常朝の庵を訪れます。見事、申請した彼らが、扶持を拝領する事が決まったのです。

「父上!これは神通様(清明の法名)もお喜びになるに違いありません」
と息子も大喜び・・・

そう、実は、まもなく、常朝の祖父・清明の百回忌がひかえていたのです。

このタイミングでの吉報は、法要も盛り上がる事、間違い無しです。

享保四年(1719年)7月18日、その昔、常朝が鍛錬のために度々訪れた、あの勝妙寺にて、法要が盛大に行われました。
その法要の席で、常朝はポツリと言ったと言います。
「皆、もう、名前だけになってしもた…」と・・・

堂内を見回しても、知った顔はなく、五十回忌の時に来ていた親戚は、皆、亡くなってしまっていて、今や61歳となった常朝が、長老のようです。

戦国を駆け抜けた祖父の法要で、ポツリと言った、この言葉・・・ひょっとしたら、常朝は、自らの理想を祖父・清明に見ていたのかも知れません。

もはや平和な時代に、例え「絵に描いた餅」であろうと、武士を捨てた自分が成し得る事が出来なかった理想を、『葉隠』に託したという事なのでは??
果たして、その3ヶ月後の享保四年(1719年)10月10日、常朝は61歳の生涯を閉じます。

お経だけはあげられましたが、遺言により、引導を渡す(死者が悟りを得るように法語を唱えること)事なく、その夜に、遺体は庵の前にて野焼きにされたという事です。

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……………………………………………………………………………

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