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シベリア抑留からの引揚げ船・興安丸最後の一便が舞鶴港に入港

今日は何の日 12月26日 1956年 - シベリア抑留からの引揚げ船・興安丸最後の一便が舞鶴港に入港。

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舞鶴引揚記念館

ソ連軍侵攻と停戦

第二次世界大戦末期の1945年8月9日未明、ソ連は日本に対して、日ソ中立条約を破棄して宣戦布告をし、満ソ国境に展開する174万人のソ連極東軍に命じて、満州帝国・日本領朝鮮半島北部に軍事侵攻した(ソ連対日参戦)。

8月10日には、モンゴル人民共和国も日本に対して宣戦布告した。日本は8月14日に中立国を通して降伏を声明したが、ソ連は8月16日には日本領南樺太へ、8月18日に千島列島へも侵攻して占領した。

樺太では直後に、千島の占守島では8月22日に、日本から停戦命令が下り、降伏した。

これらの行動は、ソ連・アメリカ・イギリスのヤルタ会談に基づくものであった。当時非公開であったヤルタ秘密協定では、ソ連に対して対日参戦の見返りとして日本からの南樺太の返還とクリル諸島の引き渡し、満州においては旅順の租借権の回復および大連港や中東鉄道・南満州鉄道に対する優先的権利の認定が記されていた。

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日本がポツダム宣言を受諾したのち、8月16日には大本営から即時停戦命令が出たため、関東軍総司令部は停戦と降伏を決定した。

8月17日に派遣された皇族・竹田宮恒徳王が新京に到着し、8月18日には満州帝国が滅亡したため、関東軍総司令官山田乙三大将とソ連極東軍司令官アレクサンドル・ヴァシレフスキー元帥は8月19日に東部満ソ国境ハンカ湖の近くで停戦交渉に入り、8月26日頃にはソ連軍とのすべての戦闘が終わった。

満州では停戦会談によって、武装解除後の在留民間人保護について、一応の成立を見たが、ソ連軍がその通りに行うことはなかった。日本軍崩壊後の民間人は何の保護も得られず、多くの被害が出た。また捕虜の扱いについては一切言及されなかった。

抑留の決定

スターリンは8月16日には日本人を捕虜として用いないという命令を内務人民委員ラヴレンチー・ベリヤに下していたが、8月23日にはこれを翻し、「国家防衛委員会決定 No.9898」に基づき、日本軍捕虜50万人のソ連内の捕虜収容所へ移送し、強制労働を行わせる命令を下した。スターリンの抑留方針決定をめぐってはさまざまな説が唱えられている。

収容所での生活

シベリア抑留では、その過酷で劣悪な環境と強制労働が原因で、厚生労働省把握分では抑留者全体の1割にあたる約6万人の死亡者を出した(犠牲者数に関しては後述)。

一方、共産主義の教育が定期的に施され、もともと共産主義的だったり、隠れ共産党員だった捕虜が大手を振い、また「教育」によって感化された捕虜も多数いる。

「革命」や「階級闘争」の思想を育てるため、兵卒や下士官に元上官を殴らせる事もしばしばあったため、兵卒や下士官が(もともと農村出身者が多いことも影響しているが)熱心な共産主義者になることが多かった反面、将校クラスではそれが少なかった。

共産主義者の捕虜は「民主運動」を行い、革命思想を持たない捕虜を「反動」「前職者」と呼び、執拗な吊るし上げや露骨な暴行を行った(死者も出たという)。

抑留中に起きた事件としてはこの他に「暁に祈る」事件、ハバロフスク裁判がある。

日本側の対応

1945年11月になって、日本政府は、関東軍の軍人がシベリアに連行され強制労働をさせられているという情報を得る。1946年5月、日本政府はアメリカを通じてソ連との交渉を開始し、同年12月19日、ようやく「ソ連地区引揚に関する米ソ暫定協定」が成立した。

当時ソ連と親しい関係にあった左派社会党の国会議員による視察団が収容所を視察した。視察はすべてソ連側が準備したもので、「ソ連は抑留者を人道的に扱っている」と宣伝するためのものであったが、抑留者の生活の様子を視察し、ともに食事を取った戸叶里子衆議院議員は思わず「こんな不味いものを食べているのですか」と漏らしたという。

左派社会党視察団は、過酷な状況で強制労働をさせられていた日本人抑留者から託された手紙を握りつぶし、帰国後、「とても良い環境で労働しており、食料も行き渡っている」と国会で嘘の説明を行った。抑留者帰国後、虚偽の発言であったことが発覚し、問題となる。

日ソ共同宣言をまとめた鳩山一郎は訪ソの前に、「北方領土返還が最大の課題として話題になっているが、ソ連に行く理由はそれだけではない。シベリアに抑留されているすべての日本人が、一日も早く祖国の土を踏めるようにすることが、政治の責任である。領土は逃げない、そこにある。しかし、人の命は明日をも知れないではないか」と語り、シベリア抑留問題の解決を重視する姿勢を示した。

帰国

1947年から日ソが国交回復する1956年にかけて、抑留者47万3000人の日本への帰国事業が行われた。最長11年抑留された者も居れば、日本に帰国すれば共産主義を広める活動をすると収容所でソ連側に誓い念書し、早期に帰国した念書組と呼ばれる者達もいた。

しかしさまざまな事情(ソ連当局の勧誘を受け民主運動に関係した、日本に身寄りがなく帰国しても行くあてがなかった、現地の人間と恋仲になった、など)で帰国せずにソ連に残留して帰化した例、記録が紛失してソ連当局に忘れ去られ、後になってからようやく帰国が実現した例もある。

一方、兵卒や下士官を中心に、抑留中の教育によって共産主義に感化された者が多数おり、占領軍による1950年からのレッドパージも、帰国事業が本格化してから彼らの存在を危惧したことが遠因となっている。

しかし、多くは帰国後も共産主義に固執しつづけたわけではなく、しだいに政治活動からは身を引いていった。しかし、日本の公安警察は“共産主義の脅威”を理由に1990年代後半まで彼等を監視下においた。

冷戦終結後に、ロシア側から収容所や墓地の所在地リストが日本政府に手渡されたことに基づき、厚生省(現・厚生労働省)や民間の遺族団体などによって、毎年夏季に現地で抑留中死亡者の遺骨収集事業が進められている。

厚生労働省では、2003年より遺族の希望に応じて遺骨のDNA型鑑定が行うこととしており、2010年までに約828名の身元が特定され、遺族に引き渡されている。

犠牲者数

日本側の調査による死者名簿には約5万3千人が登載されている。ソ連側(現ロシア政府)はこれまでに約4万1千人分の死者名簿を作成し、日本側に引き渡している。従来死者は約6万人とされてきたが、実数については諸説ある。

近年、ソ連崩壊後の資料公開によって実態が明らかになりつつあり、終戦時、ソ連の占領した満州・北鮮・樺太・千島には軍民あわせ約272万6千人の日本人がいたが、このうち約107万人が終戦後シベリアやソ連各地に送られ強制労働させられたと見られている。

アメリカの研究者ウイリアム・ニンモ著『検証-シベリア抑留』によれば、確認済みの死者は25万4千人、行方不明・推定死亡者は9万3千名で、事実上、約34万人の日本人が死亡したという。

経験した著名人

相沢英之 - 大蔵事務次官、元自民党衆院議員。経企庁長官などを歴任。全国強制抑留者協会会長(著書に抑留体験を小説にした『タタァルの森から』がある)
青木光一 - NHK紅白歌合戦(1957年、1959年、1960年)に出場した歌謡歌手、日本歌手協会名誉会長
朝枝繁春 - 陸軍中佐(大本営作戦参謀として防疫給水部731部隊の証拠隠滅を命じたことで知られる)
嵐徳太郎 - 元サイレント映画の子役俳優
石井藤吉郎 - 東京六大学野球・社会人野球の選手、早稲田大学野球部第10代監督
板垣正 - 元自民党参議院議員(板垣征四郎の次男。帰国後の一時期日本共産党に入党 のち脱党)、日本遺族会事務局長
井上頼豊 - 新交響楽団のチェロ奏者(寺尾聰のヒット曲『ルビーの指環』を編曲した井上鑑の父)
上原賢六 - 作曲家(石原裕次郎の『俺は待ってるぜ』『錆びたナイフ』『赤いハンカチ』を作曲)
内村剛介 - ロシア文学者、元北海道大学教授、元上智大学教授
宇野宗佑 - 第75代内閣総理大臣(抑留記『ダモイ・トウキョウ』を執筆)
岡野良定 - 元三菱自動車工業会長、三菱重工業サッカー部初代監督、元浦和レッズ取締役会長
香月泰男 - 洋画家。『シベリア・シリーズ』で第1回(1969年)日本芸術大賞を受賞
加藤九祚 - 人類学者。国立民族学博物館名誉教授。シベリアを中心にユーラシアの民族と歴史の研究を行う。
金井清光 - 国文学者、時衆研究者
川手良萬 - 実業家。ヴァンフォーレ甲府の前身にあたる甲府サッカークラブの創始者
川本泰三 - 1936年ベルリンオリンピックのサッカー日本代表。ポジションはFW。1958年のサッカー日本代表監督
菅季治 - 哲学者。帰国後、徳田要請問題に巻き込まれ、鉄道自殺
北原薫明 - 1972年の浅間山荘事件の対応に当たった長野県警・警備第2課長
清村耕次 - NHKテレビドラマ『事件記者』のレギュラー俳優
久保田一竹 - 染色家
胡桃沢耕史 - 作家(抑留体験を小説化した著書『黒パン俘虜記』で1983年度上半期の直木賞を受賞)
黒田了一 - 元大阪府知事
黒柳守綱 - ヴァイオリン奏者(黒柳徹子の父)
近衛文隆 - 陸軍中尉(近衛文麿の長男、抑留中に死去)
小林謙五 - 海軍中将、戦艦『陸奥』・巡洋艦『高雄』・巡洋艦『球磨』の元艦長。抑留中に死去
小林恒一 - 陸軍中将、満州国高等軍事学校長。第23歩兵団長当時、ノモンハン事件に参戦。抑留中に死去
小堀宗慶 - 遠州茶道宗家12世(遠州流は小堀遠州を流祖とする茶道)
佐藤勇 - 競馬騎手、調教師(騎手で578勝、調教師として1074勝を挙げた)
佐藤忠良 - 彫刻家
佐藤正之 - 映画・演劇プロデューサー、日本映画テレビプロデューサー協会元会長(女優・菅井きんの夫)
四国五郎 - 画家、絵本作家
陶隆司 - 東京芸術座の俳優
昔々亭桃太郎 - 落語家
瀬島龍三 - 陸軍中佐、関東軍参謀。後の伊藤忠商事会長
平参平 - 元吉本新喜劇座長
高木啓太郎(高木百拙) - 写真作家、美術家(『シベリア抑留記 お陽さんぽつんと赤かった』を出版)
高杉一郎 - 出版社編集者、英文学者、児童文学者、エスペランティスト(抑留記『極光のかげに』を執筆)
高森文夫 - 中原中也と親交の深かった詩人、元宮崎県東郷町長
滝口新太郎 - 戦前の映画俳優(釈放後、ハバロフスク放送局の日本語アナウンサーとなり、亡命していた岡田嘉子と結婚)
竹内悌三 - 1936年ベルリンオリンピックのサッカー日本代表。ポジションはDF。抑留中に死去
竹内正巳 - 元桃山学院大学学長。1975年の大阪府知事選挙に立候補し、同じく抑留経験者である現職の黒田了一に敗れた。
武部六蔵 - 元秋田県知事、関東局総長、満州国国務院総務長官(後に撫順戦犯管理所に移動)
谷田比呂美 - 1953年にセ・リーグ初の代打サヨナラホームランを打ったプロ野球選手
玉乃海太三郎 - 二所ノ関部屋の大相撲力士(関脇)
丹古晴己 - 作詞家(『霧にむせぶ夜』『夜明けの停車場』『みちのくひとり旅』を作詞)
千谷道雄 - 歌舞伎評論家(歌舞伎界の裏面を描いた著書『秀十郎夜話』で1958年度読売文学賞『評論・伝記賞』受賞)
筒井竹雄 - 初代陸上幕僚長
角田文衞 - 歴史学者
坪内寿夫 - 実業家。来島どっく社長
都倉栄二 - 外交官(作曲家都倉俊一の父、Jリーガー都倉賢の祖父)
富木謙治 - 武道家
富永恭次 - 陸軍中将
中田金一 - 元大阪タイガース(現・阪神)選手、元セ・リーグ審判員
中村伊一 - 実業家。ワコール副社長、京都証券取引所理事長
名越二荒之助 - 評論家
成田啓二 - 元国鉄スワローズ投手(プロ入りから11連敗のプロ野球記録保持者)
西尾優 - 元鳥取市長
長谷川四郎 - 小説家
秦彦三郎 - 陸軍中将、関東軍総参謀長(A級戦犯としての逮捕リストにも名があった)
藤田真 - ニュージャパンキックボクシング連盟前理事長
古海忠之 - 満州国国務院総務庁次長(後に撫順戦犯管理所に移動)
前田長吉 - 競馬騎手(1943年にクリフジで日本ダービーを含む変則三冠達成。抑留中に死去。2006年に遺骨を確認)
牧冬彦 - 実業家。神戸製鋼元社長
松村知勝 - 陸軍少将、関東軍総参謀副長
水原茂 - 東京六大学野球・プロ野球の元選手、元読売ジャイアンツ監督
三波春夫 - 歌手
南村喬之 - 雑誌『日の丸』『少年ブック』『少年画報』などで活躍した絵物語作家・挿絵画家
三橋達也 - 俳優
村上信夫 - 元帝国ホテル料理長、NHKの料理番組『きょうの料理』講師
山口信夫 - 元旭化成会長、元日本商工会議所会頭
山田乙三 - 陸軍大将、終戦時の関東軍総司令官
柚木進 - 元南海ホークス投手(終戦後のエース)
横山操 - 日本画家
吉田正 - 作曲家(『異国の丘』を作曲)
米山正夫 - 作曲家(『ヤン坊マー坊天気予報』のテーマ曲や水前寺清子の『三百六十五歩のマーチ』を作曲)
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  • Author:日本会議地方議員連盟
  •  日本会議(会長 三好達元最高裁長官)は、平成9年5月、各界代表や都道府県代表が参加して設立されました。元気で誇りある国づくりをめざして、超党派の国会議員懇談会(会長 平沼赳夫前経済産業大臣)の皆さんとともに全国で国民運動を推進しています。

     このたび、日本会議に所属する全国の地方議員が連携し、地方議会から「誇りある国づくり」を発信するため日本会議地方議員連盟を設立しました。(平成17年3月6日)

     議員連盟では、外交、防衛、教育、文化などの国の根幹に関わる基本問題に連携してとりくむネットワーク作りを進め、「憲法・教基法」の改正をめざします。

     議員会員(年間1万円)には、会員専用サイトを設け、国会の動き、時局問題に対する見解、全国地方議会の動きなど国民運動情報を提供します。
    皆さんどうぞご入会ください。

    入会はこちらから

     ●日本会議地方議員連盟へのご入会の案内20070112155311.jpg

    ■設立趣意書

     戦後わが国は、日本の弱体化を企図した占領政策の桎梏から抜け出せないまま、外交、防衛、教育、文化などの国の根幹にかかわる基本問題について、多くの病弊を抱えたまま今日に至っている。

     近年、新教育基本法の制定、国民投票法案の成立、さらには防衛賞昇格など、戦後体制を脱却する動きは注目すべきである。しかしながら、その潮流はまだ大きなものとはなっていない。

     この時にあたり、今こそ発言し行動する真正保守の結集が問われている。ここに志しある地方議員は「誇りある国づくり」をめざす日本会議と連携し、地方議会よりその動きを起こし、日本の国柄に基づく新憲法制定へ向け日本会議首都圏地方議員懇談会を設立する。

     全国の良識ある地方議員が我々の趣旨に賛同され、あまたの先人が築いてこられた、この祖国日本を再建するため、我々は、下記の基本方針を掲げて献身することを誓うものである。

        (平成十九年十月六日)

    〈基本方針〉
      
    1、皇室を尊び、伝統文化を尊重し「誇りある日本」の国づくりをめざす。

    2、わが国の国柄に基づいた「新憲法」「新教育基本法」を提唱し、この制定をめざす。

    3、独立国家の主権と名誉を守る外交と安全保障を実現する。

    4、祖国への誇りと愛情をもった青少年の健全育成へ向け、教育改革に取り組む。

    私たちはめざします。
    全国に3000名議員集団を!

    「誇りある国づくり」を掲げ、皇室・憲法・防衛・教育等の課題に取り組みむ日本会議と連携し、地方議会を拠点に、次のような運動を推進します。

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…………………………………………………………………………

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…………………………………………………………………………

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②外国人に対する住民投票権の付与について

……………………………………………………………………………

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