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大東亜戦争ーフィリピンの戦いーマッカーサー将軍がコレヒドール島から退却

今日は何の日 3月11日 昭和17(1942)年 - 第二次世界大戦・フィリピンの戦い :マッカーサー将軍がコレヒドール島から退却

1941年から1942年のフィリピンの戦い(1941年12月8日~1942年5月10日)は、大東亜戦争緒戦における日本軍のフィリピン進攻作戦である。

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本間雅晴中将の指揮する第14軍主力は12月22日にルソン島に上陸し、1月2日には首都マニラを占領した。

しかし、アメリカ極東陸軍のダグラス・マッカーサー司令官はバターン半島に立てこもる作戦を取り粘り強く抵抗した。

45日間でフィリピン主要部を占領するという日本軍の予定は大幅に狂わされ、コレヒドール島の攻略までに150日もかかるという結果になった。



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米軍検察官が泣いたー凛とした本間雅晴中将夫人の『戦犯』法廷証言

 一九四六年(昭和二十一年)二月七日、元フィリピン派遣軍総司令官・本間雅晴陸軍中将を戦犯として裁くマニラ軍事法廷の最終日の最後に本間中将夫人である本間富士子(当時、四十二歳)が弁護側証人として証人席に立った。

マニラの気候に合わせ、夏向きの和服姿で、終始、理知的な表情を崩すことなく毅然として証言を続ける彼女に、法廷内の人々の視線が集中していた。証言も終わりに近づく頃、被告の人となりを問われた彼女は、しっかりと顔をあげて答えた。

 「私は東京からここへ参りました。私は今も本間雅晴の妻であることを誇りに思っております。私には娘がひとりおります。いつの日か、娘が私の夫、本間雅晴のような男性とめぐり会い、結婚することを、心から願っております。本間雅晴とはそのような人でございます。

 本間は、小さなことでも逃げ口上を言う男ではございません。彼は心の広い人で、細かいことにこだわりません。また彼は平和的な雰囲気を創り出し、その中で過ごすことを好みます。彼の行為はすべて、このような姿勢に基づいているのです。

たとえば、外で嫌なことがあっても、彼はけして家に持ち込んだことはありません。常に微笑を浮かべて帰宅しました。本間はそのような性格の人です。彼の趣味の第一は、読書でございます。古今東西の書物を読みます。また詩作もいたします。

 スポーツの趣味については、青空の下でテニスに興ずることを好みます。毎週日曜日にはテニスをやっておりました。狩猟や魚釣りは好みません。それは本間家代々の伝統でございます。彼は、生きるためならいざ知らず、趣味として楽しく遊んでいる鳥を撃つことはできない、と考えておりました。それもまた、本間家代々の家風です。

 宗教でございますが、本間はすべての宗教について研究し、それらに関する多数の書物を持っております。キリスト教をはじめ、多くの宗教指導者について語っておりました。しかし、本間家は仏教徒でございます。本間も仏教を信奉しております」

 この言葉が通訳によって伝えられると、法廷のあちらこちらからすすり泣きの声があがり、米軍検察官の中にも感動のあまり涙をぬぐう者がいた。そして本間中将自身も、妻の自分に対する絶対的な尊敬と愛の言葉に接し、ハンカチを顔にあて嗚咽していた。当時の法廷の様子を描いた諸記録が伝えるところである。

 終戦直後のマニラは、日本人とみれば罵声が浴びせられ、石が飛んでくるほど、反日感情が充満していた。しかし、夫人の証言を聞いたフィリピン人たちまでもが、証言を終えた彼女に争って握手を求めた。翌日のマニラ・タイムスをはじめとする地元紙も、彼女に対する好意に満ちた記事をこぞって掲載した。

 マニラに向かう前の夫人の会見を伝えた新聞記事

「主人の命乞いに行くのだというような気持ちは、毛頭ございません。本間がどういう人間であるか、真実の本問を全世界の人々に一人でも多く知っていただきたいのです…裁判の結果などはいまから念頭にありません」

「私の責任の重大さは十分認識しています。衆人環視の法廷に立って少しでも気怯れがして言うべきことも言えなかったりしてはなりません。日本の家庭婦人としての面目を少しでも傷つけるようなことがあったら日本の皆様に本当に申し訳ないことだと思います。日本の女として初めて世界の視線に立つだけの覚悟は十分致して参るつもりでおります」                      (昭和二十一年一月十二日付朝日新聞)

夫の命乞いではなく、"日本の誇り〃を決然と示すため、彼女はマニラに向かったのである

 夫人は帰国する直前の二月九日夜、夫と最後の面会を行った。時間は三十分と制限されたが、監視役の米憲兵大尉はわざと酒に酔い、二時間後に帰ってきた。夫妻のために時間を作ったのである。

 本間を身近に接した米軍人は、いずれも彼に敬愛の念を持つようになっていた。

 今日出海も、帰国直前に本問と面会した際、本間が収容されていた房に、警備のMPが自分の小遣いで買って差し入れたチョコレートの缶の山を見ている。また、MPが「あんな立派な人に接して名誉だ」と語ったことも記している。

  旧紀元節の二月十一日、銃殺刑の判決が下された。山下泰文大将も真珠湾攻撃の前日にあたる十二月七日に絞首刑の判決(アメリカ時間では真珠湾攻撃の日)が下され、同じ二月十一日にマッカーサーから処刑執行命令が出されている。

本間雅晴中将の処刑は一九四六年四月三日、享年五十ハ歳。処刑日の四月三日は旧神武天皇祭で、日本軍バターン総攻撃の日。山下大将は二月二十三日の初代アメリカ大統領ワシントンの誕生日であるワイントン・デーにマンゴーの木に作られた簡易処刑場で絞首刑にされます。

この日にち合わせは、アメリカなかんずくマッカーサーの下司な復讐心を物語って余りある。かって史上最年少の米国陸軍参謀総長を務め、フィリピンを第二の故郷と呼ぶマッカーサーにとり、バターン半島で傷つけられた誇りへの復讐の念が深くこもっていた。のちに連合軍総司令官として厚木に乗り込んだマッカーサーの使用機は「バターン号」と名付けられていた。

 本間中将を裁く五人の裁判官は、いずれもバターン半島で日本軍に白旗を揚げた将校だったことでもこの裁判という名前のマッカーサーにとっての復讐劇ということがよくわかる。

 山下大将と本間中将は陸士第十八期の同期であり、フィリピン戦緒戦の攻略戦を本間中将が、最後の攻防戦を山下大将が指揮をとった。

 戦勝国と同様に恥ずべきは、勝者に迎合した少なからぬ日本国民かもしれない。本間の娘の助命嘆願運動には、勝者の宣伝を鵜呑みにした日本人から横槍がはいった。

 東京に進駐してきたマッカーサーは判決後の三月十一日に、弁護人ファーネスト大尉とともに尋ねてきた富士子と会い下記のような会話をしている。

「あなたが最後の判決をなさるそうですが、そのときは裁判記録をよくお読みになって、慎重にしていただきたい」

「私の任務について、あなたが御心配なさる必要はありません」

「夫の裁判に関する全記録をいただきたい」

「よろしい、コピーをとってあげましょう。生活に不自由なことがあれば、なんでも援助したい」

「お気持ちだけで結構です」

 (『悲劇の将軍・本間雅晴とともに』本間富士子 文芸春秋昭和三十九年十一月号)

 富士子夫人は夫である本間中将の助命を嘆願にいったのではない。裁判記録をきちんと読めば「りっぱな軍人である」死刑になる理由などないと確信していた。

後日、富士子夫人はこの日マッカーサーと会ったことについて、

「本間家の子孫に、本間雅晴はなぜ戦犯として軍事法廷に立ったかを正確に知らせるため、裁判記録がほしかったのです。あれを読めば雅晴に罪のないことがわかり、子孫は決して肩身の狭い思いなどしないはず、と思いましたので」

 (『いっさい夢にござ候』角田房子著 中央公論社)と語っている。

 マッカーサーは富士子夫人のことについて、まるで本間中将の命乞いに訪れたかのように、次のように語っている。

 「本間夫人が直接寛大な措置を訴願する機会を得たいといってきたので、私は夫人に会う事を承諾した。夫人は本間裁判で弁護に当たった米軍将校たちに伴われてやってきたが、教養のある非常に魅力的な婦人で、この会見は私の生涯でいちばんつらい時の一つとなった」  (『マッカーサー回想記』津島一夫訳 朝日新聞社刊)

 本間夫人が決して命乞いなどに訪れたのではない事はあきらかである。それは先の『悲劇の将軍・本間雅晴とともに』にも「私は決して命乞いのために元帥に会ったのではありません。そのことについてはひとこともふれませんでした。なぜなら、敵将の前でそんな態度をとることは、主人の最も嫌うことだと知っていたからです」(『悲劇の将軍・本間雅晴とともに』)

 富士子夫人にとって守るべきは本間中将の名誉であり、無実という確信であったのです。
同じ「マッカーサー回想記」に記されたマニラ裁判についてのつぎの言葉ほどこのマッカーサーという男を表しているものはない。

「これほど公正におこなわれた裁判はなく、これほど被告に完全な弁護の機会が与えられた例はこれまでになく、またこれほど偏見をともなわない審議が行われた例もない」

 連合軍司令官最高司令官として我が国に君臨し、離日の時には多くの日本人が泣いて見送ったというマッカーサーという男の姿です。(文責 木下隆義)
 
 参考及び引用文献
 「正論」平成17年7月号に掲載された米田健三帝京平成大学教授の「米軍検察官が泣いた 凛とした本間雅晴中将夫人の『戦犯』法廷証言」
 「南十字星に抱かれて」福富健一著 講談社
 「東京裁判」新人物往来社
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