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西郷隆盛の生涯-西郷の下野から西南戦争勃発まで

西郷隆盛の生涯-西郷の下野から西南戦争勃発まで

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今日は何の日 3月31日 明治10(1877)年 - 西南戦争: 大分県中津で西郷軍に呼応した士族が叛乱。

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西郷隆盛が創設した私学校跡(鹿児島市)

(西郷の帰国と私学校設立)
 岩倉の腹黒い術策で遣韓論を潰された西郷は、明治6(1873)年10月23日、辞表を提出し、鹿児島へと帰郷しました。

「このような最も非道なやり方で国の政治が運営されて良いはずがない。新政府に関しては、いつか改革しなければならない……」

 推論ですが、帰国する西郷の心中は、次のような決意が秘められていたのではないでしょうか。そのように考えなければ、後の西郷の行動に筋が通ってこないのです。

 西郷の辞職及び帰国は、国内に衝撃を走らせました。

 西郷を慕う陸軍少将の桐野利秋や篠原国幹(しのはらくにもと)ら旧薩摩藩出身の近衛兵や士官らが、西郷に付き従うかのように続々と鹿児島に帰郷することになったのです。

げん
 鹿児島に帰郷した西郷は、その後は一切の俗事を離れ、畑を耕したり、川に魚を釣りに行ったり、狩猟に出たりと、まさに農夫のような生活を始めました。

 西郷がそのような田園生活をしていた頃、日本の国内には次々とまた大きな事件が起こったのです。

 明治7(1874)年1月には、右大臣の岩倉具視が東京の赤坂喰違坂において不平士族らに襲われ、負傷する事件が起こりました。また、同年2月には、江藤新平(えとうしんぺい)が佐賀で反乱を起こしました。そして、同月には前述した明治政府の台湾征討が行われたのです。

 このように西郷が去った新政府は、いきなり国内外の重大問題が頻発することとなりました。明治新政府においての西郷の影響力が、いかに大きいものであったのかがよく分かります。西郷が政府の中心にいたからこそ、平穏な日々が続いていたといって過言ではありません。

明治の知識人である福沢諭吉も、西郷が政治の中心となっていた二年間は、民衆が不平がましいことも言わず、自由平等の気風に満ちた時期であった、というようなことをその著作の中で書いています。

 明治7(1874)年6月、西郷は旧薩摩藩の居城であった鶴丸城の厩跡(うまやあと)に「私学校(しがっこう)」を設立しました。

 私学校とは、砲隊学校と銃隊学校及び賞典学校からなっていました。西郷の下野を追って帰郷した青年らの教育機関を作ろうと考えたことが、私学校の主な創設理由だったのですが、果たしてそれだけであったのでしょうか。

 俗に西郷はロシアや欧米列強の脅威に備えるために私学校を設立し、いざ国難が訪れた際にはそこで育てた人材や兵を働かせようと考えていたと言われています。

 確かに、西郷の心中には常に対ロシアという考えがあったと思われますが、西郷が私学校を設立した真の目的とは、前述した政府改革のためであったのではないでしょうか。

私学校において優秀な人材と強力な兵隊を養い、いつか来るであろう政府改革のために使おうと思っていたのではないでしょうか。

 西郷は新政府が最も汚く腐敗したものであるということを、遣韓大使派遣の際に嫌というほど知らされました。西郷は、こんな堕落した政府は新しいものに作り直す必要があると考えていたのではないかと私はそう推測しています。

(私学校暴発そして西南戦争へ)

 明治9(1876)年になると、各地で不平士族の反乱が頻発しました。

 10月24日、熊本において熊本県士族の太田黒伴雄(おおたぐろともお)を中心とする不平士族が、「神風連の乱(しんぷうれんのらん)」を起こし、同月27日には福岡県で「秋月の乱」、同月28日にも山口県で前原一誠(まえばらいっせい)が「萩の乱」を起こしています。

 このように反政府運動が頻発して起こる中、鹿児島にいた西郷はその動きに呼応することなく、微動だにしませんでした。西郷は、自分が起つ時は、政府改革の見込みが立った機が熟した段階でと考えていたと思われます。

西郷としては、現在の日本の状況下では、まだ時期尚早であると考えていたのでしょう。

 しかしながら、そんな西郷の思惑とは裏腹に、当時の明治政府は大きな罠をしかけました。

 新政府にとって、明治維新最大の戦力となった旧薩摩藩士族の動きは最も気になるところであったため、当時の警察庁長官にあたる薩摩藩出身の大警視・川路利良(かわじとしよし)は、同じく薩摩藩出身の中原尚雄(なかはらなおお)ら二十三名を密偵として鹿児島に送り込みました。

 中原ら密偵の目的は、鹿児島県の情勢調査と私学校生徒と西郷の離間を図るというものでしたが、今日でもこの密偵団には、「西郷暗殺」の密名が出されていたと伝えられています。

後に西郷が挙兵した際、その挙兵の理由として、この密偵について政府に尋問があるということを掲げていることからしても、当時そう信じられていたことは間違いありません。

 事の真相は、今となっては闇に葬られ、事実関係を証明することは難しいのですが、私自身の感想から言うと、西郷暗殺の密命が出されていたことは十分にあり得ると推論しています。

 また、政府の中心人物であった大久保は、旧薩摩藩士族の力をそぐために、鹿児島にあった陸軍の火薬庫から、武器・弾薬を大阪に移送しようとしました。これが西南戦争勃発のきっかけとなったのです。

 私学校生徒は、政府の卑怯なやり方に憤激し、

「政府は先手を打ってきもした。西郷先生の暗殺団を送りこみ、なおかつ、武器を隠れて他に輸送しようとするとは卑怯ではごわはんか!」

 とばかりに徒党を組み、明治10(1877)年1月30日夜、激昂した一部の過激な私学校生徒が、現在の鹿児島市草牟田(そうむた)にあった陸軍火薬庫を襲撃したのです。

 また、その騒動が飛び火して、過激な私学校生徒らは、磯の集成館、坂元、上之原などの火薬庫を次々と襲い、鹿児島市内は火を放ったような大騒動となりました。

 一方西郷はと言うと、その頃大隈半島の小根占(こねじめ)へ狩猟に出掛けていました。

 西郷は私学校生徒が政府の挑発に乗り、陸軍の火薬庫を襲ったとの報に接した時、

「しまった! なんちゅうこっを……」

 と、一言漏らしたと伝えられています。

 しかし、西郷としては、火薬庫を襲った若者らを捕え、政府に差し出すという非情なことは出来ませんでした。

「こいもまた天命ごわす……」

 西郷はそう考え、自らの身をお前達に預けようと周囲の者に言い、全てを委ねました。 ここに西郷隆盛自らが挙兵することを決意したのです。

「今般政府に尋問の筋これあり」

 西郷は自らの挙兵の理由を掲げ、明治10(1877)年2月17日、西郷率いる薩軍は東京へ向けて進撃を開始しました。

 西南戦争において、西郷率いる薩軍は、最も拙劣な熊本城包囲策を取り、その後の戦況を悪化させることになります。

 西南戦争の戦いの経緯については、ここでは書きませんが、おそらく西郷としては、自分の行動が、これほどまでに大規模な戦いになるとは予想していなかったように思います。その西郷の心境については、それを示す傍証がいくつか残されています。

 西郷の考え方は、今から考えれば非常に見通しの甘いものと捉えがちですが、当時の日本の状況を考えれば、あながちそうは言い切れないものがあります。

 当時、全国各地には不平士族が充満しており、西郷が挙兵すれば、彼ら不平士族が雪崩を打って反政府行動に出ると考えられた時期です。

もし、そんな事態にでもなれば、政府としては各地の反乱を全て鎮圧出来るはずもなく、西郷を政府に迎え入れて、その意見を聞き入れざるを得ない状況になりかねません。

 熊本城内の政府軍兵士達が臨戦態勢を取っていることを知った西郷は、大変驚いたと伝えられています。西郷としては、何の抵抗も無く、戦わずして東京に到着できると思っていたのかもしれません。

鹿児島出身の歴史作家・海音寺潮五郎氏も、このような説を唱えられていますが、私自身もその意見に賛成です。

 実際、この西南戦争において西郷は、作戦を立てたり、陣頭で指揮を取るようなことは一切ありませんでした。西郷としては、熊本城の政府軍が抗戦の気配を見せた段階で、今度の挙兵は失敗した……、自分には天命がなかったようだ……、と考えたのではないかと私は推測しています。
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