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田中義一内閣が中国・国民革命軍の北伐再開に対応して第二次山東出兵を決定

今日は何の日 4月19日 昭和3(1928)年 - 田中義一内閣が中国・国民革命軍の北伐再開に対応して第二次山東出兵を決定。

北伐再開(第二次北伐)後、4月中旬には早くも国民革命軍(北伐軍、南軍)は山東省の首都・済南を包囲する態勢になった。

済南には邦人が1810人(うち女性829人)いたが、第二の南京事件が起こる危険性が出てきた。

このため支那駐屯軍の天津部隊3個中隊(臨時済南派遣隊)と内地から第6師団の一部が派遣された(第二次山東出兵)。


南京事件(なんきんじけん)は、1927年(昭和2年)3月、蒋介石の国民革命軍の第2軍と第6軍を主力とする江右軍(総指揮・程潜)が南京を占領した際に起きた日本を含む外国領事館と居留民に対する襲撃事件(第一次山東出兵での事案)。



北伐軍(国民革命軍)は強大な軍隊で上海近郊の南京に入った。そこで北伐軍に入り込んでいた共産党員は日本・イギリス・アメリカの領事館や学校、企業、外人住宅を襲って、虐殺、暴行、掠奪を行なった。

そのうち女子供を含む数百名の一般市民までもが略奪に加わった。女性への暴行、人体の損壊、掠奪はすさまじいとしか言いようがなかった。この事件を映画化したのが、スティーブ・マックィーン主演の「砲艦サンパブロ」である。

南京事件(1927年3月)「日本を含む外国領事館と居留民に対する襲撃事件への各国の対応」

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事件で活躍したアメリカ海軍クレムソン級駆逐艦「ノア(en)」

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事件で活躍したイギリス海軍練習艦「ヴィンディクティヴ」



南京の暴徒化した民衆が各国領事館を襲ったり、企業を襲って、「外国人を皆殺しにせよ」と叫びながら青龍刀を振り回して、外国人の首を切り落とすシーンが描かれている。

毛沢東を指導者とする共産主義者の大義名分は、帝国主義打倒の打破であり、そのためには外国人に何をしても許されるとの号令がかかったのである。もともとギャングかごろつきの集まりが支那兵である。

そうした連中に何をしてもよいとのお墨付きを与えるなら、どんなことがおきても不思議ではなかった。

これに対して、イギリスとアメリカは当然憤激した。そして両国は揚子江にあった軍艦から南京城内に砲撃を行った。イギリス租界奪取事件の漢口のように、英米両国は「日本も一緒に行動しよう」と呼びかけた。

しかし日本の駆逐艦は揚子江にはいたのだが日本の軍艦だけは反撃には加わらなかった。それは、「支那を刺激してはならない」という日本政府の訓令があったためで、日本の軍艦は、避難しようとする日本居留民を見捨てて揚子江を下流に向けて逃げ帰った。

イギリスは居留民を守るために共同出兵を日本にしようと日本に提案したのだが日本はこれも応じなかった。当時の日本政府が幣原外交で不干渉主義だったのと、尼港事件のように日本人全員が虐殺されることを恐れたためである。

各国はこの南京事件で厳しい対応を行ったが、我が国の甘い対応が、支那全土で激しい反日・侮日運動へと収斂した大きな要因と思われる。

 

南京事件は第一次山東出兵の際の事件であるが、第一次山東出兵に至った背景として

第一次山東出兵(1927年5月)とは

田中義一内閣が成立したそのすぐ翌月、支那の山東半島へ出兵しなければならない事態が生じた。

蒋介石の北伐軍(国民革命軍)に張作霖の軍が各所で敗れ、三東軍も敗退し、山東半島が戦場に巻き込まれる危険が増大した。

山東地方(青島、済南など)には日本人が2万4000人以上居留しており、投資額も莫大だった。南京事件や漢口事件での被害もあり、日本としては放っておくわけにはいかない。

漢口事件(1927年4月)

漢口事件とは、1927年(昭和2年)4月3日、国民革命軍の武漢攻略の際、一部の無秩序な軍隊と暴民が漢口の日本租界に侵入し、掠奪、破壊を行い、日本領事館員や居留民に暴行危害を加えた事件。漢口四三事件とも言う。



田中義一首相(兼外相)と森恪(つとむ)外務次官は、軟弱外交を展開した幣原喜重郎とは異なり、長年の合法的権益を犠牲にすることを好まなかった。

森恪は大正初期から三井物産の社員として支那に長く滞在し、支那の無政府状態や、支那軍の略奪習慣を熟知していた。

南京事件の被害者たちの代表は森と何度も会って被害者救済のための陳情を行なっていた。被害者たちは幣原の軟弱外交を批判し、積極的な対支那外交を望んだ。対支那積極外交は彼ら国民の声だったのだ。

田中内閣は出兵して居留民の生命・財産を守ることを考えたが慎重だった。イギリスをはじめとして、アメリカ、フランス、イタリアの諸国からも反対がないことを確かめると、昭和2年(1927)5月28日に三東に出兵した。

この10日後くらいにはイギリスもアメリカもフランスも軍隊を派遣した。現在の状況に置き換えるならば国連軍の派兵に類比しうる行動といえる。

出兵は北京政府、武漢政府、南京政府の三政府(当時の支那は主な政府だけで3つもあったのだ)にきちんと理由を通達した上で行なったが、三政府ともこれに抗議した。

このあたりから、支那全土で激しい反日・侮日運動が繰り広げられるようになる。

やがて、支那大陸では状況が一変する。蒋介石の北伐軍(国民革命軍)が、北方軍閥軍との会戦に敗れて一挙に揚子江南岸まで退いたため、山東地方が戦場になる危険がなくなった。そのため内地から派遣された日本軍は9月初旬に帰還した。結局は約3ヶ月半の出兵となった。

このように日本人の撤収は速やかだったが、日本出兵と共に起こった反日運動と日本製品ボイコット運動は全支那大陸に広まった。支那の排外運動は日本にそのターゲットが集中していく。

この昭和2年(1927)年ごろが日本にとっての歴史の最も重大な曲がり角だった。

それは北支那や満州にも及びつつあった。この背景には、アメリカの反日運動が連動していたのと、元来は日本が好意を示していた張作霖が反日の姿勢を示し始めていたからである。満州にも、ソ連からの共産党の影響が入り込み、反日・排日運動を支持していたのだ。

今回の北伐に失敗した蒋介石は北伐を一度中断するが、翌1928年に北伐を再会(第二次北伐)し、怒涛の快進撃を続ける。



第二次北伐(1928年4月)

北伐再開(第二次北伐)後、4月中旬には早くも国民革命軍(北伐軍、南軍)は山東省の首都・済南を包囲する態勢になった。済南には邦人が1810人(うち女性829人)いたが、第二の南京事件が起こる危険性が出てきた。


現地からの出兵要請を受けた田中義一首相は熟慮の結果、4月下旬、済南に出兵を行なった。出兵そのものに対してはアメリカなどは歓迎していた。アメリカ人の保護がなされるという理由からである。

ここで恐ろしい虐殺事件・済南事件が発生する。

済南事件(1928年5月)とは

山東省の済南城には、北軍が撤兵すると蒋介石の国民革命軍(北伐軍)が入城してきた。北伐軍には南京事件という悪行の前例があるため、日本は済南に軍隊を送り(第二次山東出兵)、守備地区を設けて居留民保護の体勢をとった。

しかし、案の定、南軍が入ると同時に、日本国旗侮辱や反日ビラ貼付などを行い、市内は緊迫の様相を呈した。

これに対し、南軍総司令である蒋介石より日本軍に対して「治安は北伐軍が責任を持って確保するから済南城内の日本軍の防御を撤去してほしい」との要請があった。日本軍はその言葉を信じて徹夜で防御を撤去した。

すると5月3日、突然北伐軍が居留民を襲撃してきた。各所で多数の男女日本人居留民が北伐軍の暴兵の手で虐殺されていった。略奪などを含めると被害者は400人にのぼった。

虐殺の仕方は支那伝統の言語に絶する残虐なものであった。たとえば、手足を縛り、手斧のようなもので頭部や面部に斬撃を加えられたり、滅多切りされたりした。婦女はすべて陰部に棒が挿入されていた。

また、焼かれて白骨化し、焼け残った白足袋で日本婦人たるものがわかったというものもあった。白人にこんなことをしたら支那人は復讐としてもっとひどい大虐殺を食らっていたであろう。

当然のことながら、この事実を知った日本では暴支膺懲の国論が沸騰した。それでもすぐに攻撃せず、日本の山東省派遣軍は12時間の期限付きで責任者の処刑、北伐軍の撤兵等の要求を北伐軍に行なった。

しかし、その要求を支那側が拒否したので日本軍は攻撃を開始した。ただし、安全地帯と避難路を指定しておいたため、北伐軍は城外へ逃げることができた。最終的に日本軍は済南城を占拠した。

この虐殺に蒋介石は絶望した。蒋介石としては、日本軍と事を起こしたくなかった。蒋介石の軍隊はごく少数の士官以外は全部そのあたりにいる者をかき集めて成り立っていたから、兵隊を十分に掌握できておらず、さらに悪いことに共産主義者が多数紛れ込んでいた。

この事件後、支那側は「外交官虐殺事件」なるものを作り上げた。済南で便衣隊から拳銃射撃を受けたために、日本側が全員射殺する出来事があったが、そこにたまたま国民党の外交官がいた。ただそれだけの話だが、これを支那側は「日本が外交官を虐殺した」と宣伝し、排日感情を煽る材料にした。

中華人民共和国(支那共産党)は例によって例のごとくこの事件を歪曲し、反日運動に利用している。支那共産党の公式見解では「済南事件は北伐妨害のために日本人が起こした」となっており、5月3日を「国恥記念日」としている。

日本の防御撤去は蒋介石の要請であることを忘れ、蒋介石の言葉を信じた日本側の善意を悪意にすり替えている。とにかく支那は嘘をついてでも自分が有利になるように宣伝するのである。


あきれたことに日本の広辞苑(岩波出版)は日本軍が市民を殺傷したかのごとく記述をしている。



日本は済南事件に関して国際連盟に覚書を出し、支那兵が便衣隊を加えていたと指摘した。


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