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薩摩藩士の生麦事件と長州藩の英米蘭仏4か国連合艦隊との講和。

今日は何の日 9月13日 1862年(文久2年8月21日)-生麦事件、1864年(元治元年8月14日) - 下関戦争: 長州藩が英米蘭仏4か国連合艦隊と講和。

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1862(文久2)年8月21日には、参勤交代を終えた薩摩藩主・島津久光(しまづひさみつ)が江戸を出発して帰京の途中、薩摩藩の大名行列を横切ったイギリス人(リチャードソンら4名)を殺傷する『生麦事件』が起こりました。

リチャードソンが死亡して、他のイギリス人2名が負傷しました。

日本側の慣習的な法では、奈良原喜左衛門(ならはらきざえもん)と有村武次(海江田信義,かえだのぶよし)がイギリス人を殺傷した行為は『(大名行列の秩序を乱した無礼者に対する)無礼討ち』として容認されますが、

領事裁判権を持つことさえ当然と考える当時のイギリス人(西欧人)がそんな日本の法(野蛮と見なす慣習)に納得するはずもなく、外交問題へと発展して幕府は謝罪と賠償を行うことになります。
日本に対する抗議を行ったのがイギリスの代理公使・ニールでしたが、『賠償金・謝罪・犯人の引渡し』を求めるニールの要求を幕府は受け容れますが(第二次東禅寺事件と生麦事件の賠償金として11万ポンドを支払う)、薩摩藩はそのイギリスの要求を拒絶します。

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『生麦事件の下手人はもう行方不明になった』と誤魔化して、イギリスとの薩英戦争(1863年)に踏み切ることになるのです。

1863年6月、薩摩藩の不誠実な態度に怒ったイギリスは交渉を打ち切って、6月22日に横浜に停泊していた軍艦7隻を鹿児島へと出動させて、暴風雨(台風)が吹き荒れる7月2日に薩英戦争が開始されました。

暴風雨の影響でイギリスは近代兵器の長距離砲の利点が十分に活かせず、イギリスは予想以上に薩摩藩との戦いに苦戦して大きな損害を出しましたが、薩摩藩の側も砲台・集成館(洋式兵器工場)を破壊されて多くの藩士が命を失うことになりました。

圧倒的なイギリスの火力・装備で国土を叩かれた薩摩藩でしたが、薩英戦争を戦って薩摩藩が得た最大の教訓は『武力をもって西欧列強を攘夷することは、現状の幕府・諸藩の力では不可能である(まずは西欧の先進的な兵器・技術・知識を導入して国力を充実強化しなければならない)』という現実認識でした。

戦後、薩摩藩は急速にイギリスに接近して、武器・軍艦の購入を交渉するようになっていき、薩摩藩の『軍備・軍隊・工場の近代化』はイギリスの支援を受けて進められていったのです。

薩摩藩は武力で西欧諸国を攘夷することを断念しますが、西欧諸国の先進的な技術や兵器、知識(科学)を積極的に導入して国力を増強する『西洋文明の利点・優位の活用』こそが、薩摩そして日本の将来に役立つと確信したのでした。

薩摩藩と並ぶ西南雄藩である長州藩も、薩英戦争以前の1863年(文久3年)5月10日に、下関(馬関)海峡でアメリカ商船ペムブローク号や西欧諸国の艦船に対する朝命に基づく無謀な攘夷(砲撃)を決行しており、西欧列強から激しい報復を受けて下関砲台が破壊されました。

長州の幕末の軍事力は、藩の上級武士の支配機構に組み込まれた『正規兵』から、武士の身分にこだわらない義勇兵(有志・志願兵の軍)としての性格を強く持つ『奇兵(ゲリラ兵)』へと大きな転換を遂げていきますが、その諸隊創設の原動力の役割を果たしたのが長州藩士・高杉晋作(たかすぎしんさく, 1839-1867)でした。

高杉晋作が1863年6月に『奇兵隊(きへいたい)』を創設した背景には、幕府・藩の上級武士の西欧列強に対する弱腰卑屈な態度や武力の弱さがあり、強硬な攘夷主義者であった高杉晋作は『攘夷の意志・覚悟』がある志願兵をゲリラ軍として活用することに攘夷の可能性を見ていました。

尊皇攘夷・儒学の指導者であった吉田松陰は『松下村塾(しょうかそんじゅく)』という私塾を開いていましたが、19歳で松下村塾に入門して学問・思想を学んだ高杉晋作は久坂玄瑞(くさかげんずい)と並んで『松門の双璧(しょうもんのそうへき)』と尊称されました。

長州藩主・毛利定広の命で文久2年(1862年)5月に、高杉晋作は五代友厚などと一緒に幕府使節随行員として長崎から中国の上海へと渡っています。

その時に、高杉晋作はアヘン戦争に敗北した清(中国)が西欧列強の植民地とされつつある状況にショックを受けたと伝えられますが、中国の民衆が団結して『太平天国の乱』を起こしていることを見て、日本でも民衆(庶民)の力や愛国心を何とか活かせないかと思案します。

『奇兵隊』を筆頭とする志願兵のゲリラ部隊は、『庶民の力・国防の意志』を軍事力に反映させようとする思想の具体的な現れとして理解することもできるでしょう。

四国連合艦隊が長州を砲撃した馬関戦争と攘夷の挫折

武士と庶民が混合した瀬戸内海一帯のゲリラ部隊(身分の差にこだわらない志願兵で構成される部隊)は、高杉晋作が結成した奇兵隊以外にも、御楯隊・遊撃隊・鴻城隊・荻野隊・膺懲隊・南園隊・第二奇兵隊・八幡隊・集義隊などの諸隊が結成されます。

幕府が倒壊する前の1865年の段階で、既に2,000名を越える兵力を志願兵の諸隊が持っていたとされますが、高杉晋作が原動力となった長州近縁のゲリラ部隊は『攘夷の軍』から次第に『倒幕の軍』へとその性格を変えていきました。

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1863年5月のアメリカ・フランスに対する攘夷攻撃(砲撃)に失敗した長州藩は、1864年(元治元年)8月に四国連合艦隊(イギリス・フランス・オランダ・アメリカ)の攻撃を受けることになり『馬関戦争(下関戦争)』が幕を開けることになります。

イギリス海軍中将・クーパーを総司令官とする四国連合艦隊の目的は、『長州藩に報復すること』もありましたが『日本の武士階級(支配階級)に鎖国及び攘夷の不可能性・危険性を悟らせること』に重点があり、雄藩・長州藩を圧倒的な軍事力で痛めつけて他藩の見せしめに出来ればそれで良いと考えていました。

長州藩は1864年の時期には『四国連合艦隊の襲撃』と『幕府による長州征伐』という内憂外患を抱え込んでおり、長州藩は何とかして外国との戦争を回避しようとします。

豊後水道の姫島に集まっている四国連合艦隊(旗艦はユーリアラス号)に、伊藤俊輔(伊藤博文)と松島剛蔵を送って和平交渉を行おうとしましたが、既に艦隊は出航していて交渉はできず、その後も前田孫右衛門と井上聞多(井上馨)を送りますが間に合いませんでした。

1864年8月4日、長州藩が沿岸に設置していた砲台は、強力で正確な弾道を持つ艦砲射撃によって次々と破壊されていきましたが、続く陸上戦では長州藩の諸隊(特に奇兵隊・膺懲隊)が奮戦して西欧諸国の軍隊と対等に渡り合いました。

結局、馬関戦争(下関戦争)は圧倒的な近代兵器(艦砲)の火力を持つ四国連合艦隊の勝利に終わりますが、8月8日の馬関戦争の講和には高杉晋作が使者として赴き、アーネスト・サトウの通訳で総司令官クーパーとの交渉を行いました。1864年8月18日に講和条約がまとまり、長州藩は下関海峡の外国船の通行の自由、石炭(燃料)・食物・水など外国船の必要品の売買の認可、悪天候時・遭難時の船員の下関上陸、下関砲台の撤去、賠償金300万ドルの支払いの5条件を受け容れました。

賠償金300万ドルは、長州藩が幕府の命令(幕府が朝廷に約束した攘夷)を受けて不本意に攘夷を実行したという事情があったので幕府に対して請求されることになりました。

幕府が大政奉還をして崩壊すると、この馬関戦争の賠償金は新政府へと引き継がれ1874年まで支払いが続きました。フランス軍は馬関戦争の戦利品として青銅製の砲門をパリに持ち帰っており、アンバリッドという軍事博物館に陳列しています。

幕府の長州征伐が起こる前には、京都の政局は長州藩を中心とする尊王攘夷派が主導権を握っていましたが、薩摩藩と京都守護職を担う会津藩が連携して反長州の宮廷クーデターを起こして、長州藩は京都から追放されることになります。

薩摩藩・会津藩の孝明天皇を奉戴した宮廷クーデターを『8月18日の政変』といいますが、この政変によって幕府は一時的に勢力を盛り返して、攘夷派の志士は新撰組(局長・近藤勇,副長・土方歳三)などによる粛清の脅威を受けることになります。

元治元年(1864年)6月には、新撰組隊士(近藤勇・沖田総司・永倉新八・藤堂平助)が志士を襲撃して殺傷する『池田屋事件』が起こっており、

尊攘派で将来有為とされていた吉田稔麿・北添佶摩・宮部鼎蔵・大高又次郎・石川潤次郎・杉山松助・松田重助など長州藩・土佐藩の志士が命を落としました。
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■憲法改正の早期実現を求める国会議員署名について

賛同国会議員441名(10月18日現在)

■憲法改正の早期実現を求める意見書採択について

地方議会にて36都府県 /59市区町村

■石川、熊本、愛媛、千葉、香川、富山、兵庫、鹿児島、群馬、栃木、岡山、大分、宮城、山形、高知、佐賀、埼玉、山口、長崎、宮崎、和歌山、岐阜、神奈川、大阪、福井、京都、茨城、東京、徳島、静岡、新潟、秋田、山梨、福岡、滋賀、長野

■【神奈川県】横浜市、川崎市、横須賀市、藤沢市、茅ケ崎市、逗子市、大和市、海老名市、座間市、秦野市、伊勢原市、小田原市、厚木市、愛川町、寒川町、箱根町【東京都】荒川区、小笠原村、日野市、中野区、府中市、町田市、調布市【千葉県】酒々井町【茨城県】常総市【京都府】綾部市【石川県】羽昨市、七尾市、内灘町【富山県】舟橋村、立山町、入善町、滑川市、富山市【大阪府】大阪市、和泉市【奈良県】田原本町【愛媛県】松山市、今治市、四国中央市【福岡県】福岡市、北九州市、川崎町、遠賀町、大川市、篠栗町、芦屋町、行橋市、春日市、糸島市、大木町、柳川市、【佐賀県】鳥栖市、佐賀市【長崎県】佐世保市、大村市、対馬市【熊本県】合志市、多良木町、菊陽町で可決


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朝日新聞また捏造発覚!任天堂の岩田聡社長インタビューを捏造していた!捏造の反省なく常習化

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コメント

経済再生

中東を席巻する中韓の製品、人々が欲しがるのは欧米製品。
日本製は存在感自体が無くなったようだ。

イラン国民の欲しいもの、米国旅行と独製自動車 ネット調査
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150913-35070465-cnn-int

長州が皆いいとは限らない

子供のころから高杉晋作は好きじゃない。
ふぁびょ系だから。
長州藩からも虚言壁で追放た。
中韓好き・欧米憎しが度を越している。
日本人は穏やか。


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  • Author:日本会議地方議員連盟
  •  日本会議(会長 三好達元最高裁長官)は、平成9年5月、各界代表や都道府県代表が参加して設立されました。元気で誇りある国づくりをめざして、超党派の国会議員懇談会(会長 平沼赳夫前経済産業大臣)の皆さんとともに全国で国民運動を推進しています。

     このたび、日本会議に所属する全国の地方議員が連携し、地方議会から「誇りある国づくり」を発信するため日本会議地方議員連盟を設立しました。(平成17年3月6日)

     議員連盟では、外交、防衛、教育、文化などの国の根幹に関わる基本問題に連携してとりくむネットワーク作りを進め、「憲法・教基法」の改正をめざします。

     議員会員(年間1万円)には、会員専用サイトを設け、国会の動き、時局問題に対する見解、全国地方議会の動きなど国民運動情報を提供します。
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…………………………………………………………………………

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①自治基本条例の問題点について

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……………………………………………………………………………

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●外国人参政権に反対する意見書採択について

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慎重首長署名568自治体(7県知事221市区340町村長・同年9月1日現在)

………………………………………………………………………………

 

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