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武漢三鎮で革命軍が蜂起(武昌起義)。辛亥革命が勃発。

今日は何の日 10月10日 1911(明治44)年 - 武漢三鎮で革命軍が蜂起(武昌起義)。辛亥革命が勃発。

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日露戦争のあと、日本と清国の関係は良好だった。

ロシアに奪われてしまっていた満州を日露戦争で日本が清朝に取り返してやったために清国は日本に友好的になっていたのだ。

清朝は支那で十数世紀も続いた科挙を廃止し、日本に留学することによって高級官僚になれる資格とした。このため、優秀な支那人が数万人も日本に留学した。

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その中に孫文らがいた。孫文は、日本の近代化を見て、自分たち(支那人、漢民族)も清国から独立したいと考えた。

孫文が唱えた「滅満興漢」というスローガンは、「満州を滅ぼして漢(支那)を興す」という意味で、孫文の革命運動というのは本質的には独立運動である。
1911年(明治44)、武昌で革命軍が挙兵し辛亥革命が起こった。孫文はアメリカから帰国した。つまり、孫文は革命が勃発したとき現場にはいなかったのだ。

孫文は、翌年1912年(明治45)1月1日、南京で中華民国の建国を宣言し、臨時大総統に就任した。

中華民国

1911年(明治44)に辛亥革命が起こり、翌1912年には孫文を臨時大統領とする中華民国(国民党政府)が樹立された。

これによって清朝第12代皇帝である宣統帝(溥儀)は退位させられ、清朝は崩壊した(「辛亥革命」といわれるが、本来は「革命」などではなく、満州族を滅ぼして漢民族(支那人)を興す(滅満興漢)という満州族からの支那人の独立運動である)。

支那事変に至るまでの支那(中華民国)は、軍閥内戦、国民党内戦、国共内戦が休みなく続いた戦乱の時代である。

北洋軍閥を中心とした北京政府の実権をめぐる攻防戦だけでなく、南方においても各省の軍閥間で戦争が繰り広げられていた。軍閥は勢力の維持・拡大のため、他の軍閥と合従連衡し、同時にそれぞれが外国列強と手を結んでいた。

要するに、1911年から1949年まで「中華民国」という国が支那にあったと考えるとひどく誤解することになる。



「この辛亥革命がもとで清朝が滅び、それに替わって中華民国が建国され、それが昭和24年(1949)の中華人民共和国に替わった」と超簡略に言うとそうなるのだろうが、実際の中華民国の歴史は複雑極まりないものであった。下記に詳しく説明した。

  中華民国の歴史(1911年から国共合作[1924年]まで)

辛亥革命から間もなく1912年1月1日、南京で中華民国の建国を宣言し、孫文は臨時大総統に就任した。

しかし、清朝は、北洋軍閥の長・袁世凱の出馬を仰ぎ、事態の収拾を図ろうとした。ところが、袁世凱が革命政府と気脈を通じていたため、1912年2月、清朝は倒れてしまった。

そこでかねての約束どおり、孫文は大総統を去り、袁世凱が大総統となった。

ところが大総統に就任した袁世凱は一転、革命派を弾圧し独裁体制をとるようになる。こうして中華民国の実権は袁世凱に握られてしまい、革命は名ばかりとなってしまった。

孫文は支那南部で兵を挙げた(「第二革命」という)が敗れ、日本へ亡命する。

袁世凱は帝政を復活させて自ら皇帝になろうとした。革命によって清朝を倒して皇帝を廃したのに、袁世凱は今度は自分が皇帝になろうとしたわけだ。しかし袁世凱は支那南部の反乱によって帝政をあきらめ、1916年に急死した。

その後継をめぐって政府は分裂。各地方の軍閥が入り乱れ、支離滅裂の状態になる。それぞれが「自分こそが正当な支那政府」と言い張り、支那大陸は果てしなき内戦の時代となる。

翌年の1917年、孫文は広東に入って大元帥になり、第一次広東政府が成立する。しかし、外交機関は相変わらず北京にあり、北京政府と広東政府が支那に存在することになる。

さらに両政府内には軍閥・派閥の戦争があり、どこが支那政府かわからない状態だった。そのため、列強が植民地化した「租界」の中だけが「桃源郷」だった。

辛亥革命から支那事変に至るまでの支那は軍閥内戦、国民党内戦、国共内戦が休みなく続いた戦乱の時代であった。

北洋軍閥を中心とした北京政府の実権をめぐる攻防戦だけでなく、南方においても各省の軍閥間で戦争が繰り広げられていた。全国的に見ても省VS省、村VS村といった戦争は絶えることがなく、たとえば四川省だけでも約500回もの軍閥内戦があった。

中華民国時代に各地にはびこった軍閥は、清帝国時代の総督より実権は強大だった。清の総督はあくまで中央から派遣された地方官であったのに対し、民国の軍閥は私兵を有しながら専制権を確立していた。

住民に対しては封建的搾取をほしいままにする”半独立”諸侯だった。

軍閥は勢力の維持・拡大のため、他の軍閥と合従連衡し、同時にそれぞれが外国列強と手を結んでいた。

袁世凱の権力の「遺産」をめぐる軍閥割拠の内戦では、覇者は走馬灯のように入れ替わり、いずれも三年ともたない混戦ぶりだった。

当時の支那を二分していたのは段祺瑞らの北京の北洋軍閥と、その対抗勢力として南方の西南軍閥だった。孫文は革命拠点を築くため、西南軍閥と提携した。

孫文が目指したのは、西南軍閥の軍事力を利用しての南北統一(北伐)だった。

のちの国民党軍の北伐の最中、同党内だけでも武漢政府VS南昌・南京政府、南京政府VS北京政府、その後も広東政府VS南京政府など、政府乱立による政府間抗争が相次いだ。

続く国共内戦時代では国民党VS地方ソヴィエト政府の戦いが、そして支那事変時代には南京、重慶、延安の各政府による三つ巴の攻防戦が、それぞれ熾烈に展開された。

中華民国の時代とは「一国多政府時代」である。決して「中華民国」なる統一された一つの近代国家が存在していたわけではない。どの政府にも支那全土を支配する力はないのに、自分たちこそ「全支那に支持された正当政府」と主張していた。

辛亥革命で共和制が敷かれたものの、当初各省・各県を支配したのは、各地方の武装勢力だった。それは軍閥であり、革命派であり、あるいは単なる匪賊集団だったが、どれ一つとして支那を再統一したものはなかった。

大勢力を誇る北洋軍閥(北京政府)や南方革命派(広東政府)でさえ、それぞれ南伐、北伐を試みたが成功しなかった。
1920年代に台頭してきたのが連省自治派である。

孫文は、連ソ容共の姿勢をとったが共産主義者に転向したわけではない。コミンテルンの国際共産主義を、自分が唱える「三民主義」の一部(民生主義)だと錯覚し、得意になっていただけである。

ここまでの支那の状況

支那、相変わらず軍閥・匪賊が跋扈し、複数政府状態(主要な政府:張作霖の奉天政府、袁世凱を継ぐ軍閥による北京政府、孫文の広東政府)

蒋介石により中華民国が一応の統一をみた後、支那の内戦は本質的に重大な変化を遂げる。軍閥の群雄割拠から、国民党と共産党の二大勢力が対決する国共内戦へと変わった。



辛亥革命に参加した志士の多くは日本に留学しており、これに多くの日本人が協力した。このため「支那革命は東京発」と言われた。

日本人は支那が近代国家として安定することを願っていたが、それは無理だった。


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10月11日、中華民国湖北軍政府成立
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