【銀幕裏の声】喉にメス入れたまま歌わせ…世界的オペラ歌手の「声」取り戻した日本人医師の“神の手”

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【銀幕裏の声】喉にメス入れたまま歌わせ…世界的オペラ歌手の「声」取り戻した日本人医師の“神の手”2014.10.14 15:00

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 映画「ザ・テノール 真実の物語」のワンシーン。復活した舞台で握手を交わすユ・ジテ演じるベー・チェチョル(右)と伊勢谷友介演じる沢田=(C)2014 BY MORE IN GROUP & SOCIAL CAPITAL PRODUCTION & VOICE FACTORY. ALL RIGHTS RESERVED.

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撮影現場を訪れたベー・チェチョルさん(左)とユ・ジテさん=(C)2014 BY MORE IN GROUP & SOCIAL CAPITAL PRODUCTION & VOICE FACTORY. ALL RIGHTS RESERVED.

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撮影現場で談笑する輪島東太郎さん(右)と伊勢谷友介さん。劇中、伊勢谷さんは輪島さんに成りきる=(C)2014 BY MORE IN GROUP & SOCIAL CAPITAL PRODUCTION & VOICE FACTORY. ALL RIGHTS RESERVED.

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日本での再会を喜ぶベーさん、一色さん、輪島さん(左から)=京都市内で
◆映画「ザ・テノール 真実の物語」

 「事実は小説より奇なり」。実話を基に描いた名画を見る度に英国詩人、バイロンが遺(のこ)したこの名言が脳裏をよぎる。11日公開の映画「ザ・テノール 真実の物語」は、がんの手術で失った声帯の機能を取り戻し、オペラ界の第一線へ復活を遂げる天才テノール歌手、ベー・チェチョルさんの奇跡の実話だ。絶望の淵から復帰を果たすその影に、何人もの日本人の友情や情熱が絡んでいた事実が明かされる。見る者誰もがこう思わずにはいられないだろう。「世界にはまだこんな素晴らしい奇跡の実話があるのだ」と。

◆まさに「ブラック・ジャック」 不可能を可能にした手術

 音楽関係者を対象に大阪市内で行われたホール試写。「本日、この会場にゲストが来ています」。上映後、1人の日本人の名前が告げられると、会場は大きな拍手と歓声に包まれた。

 会場後方の席で立ち上がったのは外科医で京都大学医学部名誉教授、一色信彦さん。映画の中で、ベーさんの声帯再生の難手術に挑んだ執刀医、本人だ。

 《イタリアなどオペラの本場・欧州で“天才”と認められ、世界で活躍するテノール歌手、ベー・チェチョル(ユ・ジテ)は、ある日、のどに違和感を覚える。甲状腺がんだった。手術は成功するが、声帯の神経を損傷、医師からは「オペラ界への復帰は不可能だ」と告げられる。

 だが、彼の才能に惚れ込み、日本公演を成功させた音楽プロデューサー、沢田(伊勢谷友介)は、「このまま天才を引退させるわけにはいかない」と必死になって、声帯手術ができる医師を調べ、世界中から探し出す。そこでたどり着いたのが、声帯回復手術の第一人者で「一色メソッド」という独特の手術法を編み出した一色教授だった。

 沢田は京都にいる一色教授を訪ね、「どうしてもあなたに手術してほしい人がいる」と直談判する。

 しかし、周囲の外科医たちは、一色教授にこう言って反対した。「手術で声が出るようになるだけでも大変なのに、プロのオペラ歌手が歌うなど不可能。どう手を尽くしても失敗だと言われるだけだ。手術は引き受けるべきではない」と。

 それは世界のどんな名医でも手掛けたことのない難手術だった…》

◆私がやらねば、誰もやらない 医学界の進歩のために

 試写会場から出てきた一色さんが取材に応じてくれた。「多くの外科医が反対した難手術を、なぜ引き受けたのですか?」と聞くと、一色さんは柔和な笑顔でこう教えてくれた。

 「私がやらなければ、おそらく世界中で誰もやらない手術だったからです。声帯手術の未来のため、医学の進歩のために私がやるしかないと決意したのです」

 映画で描かれる、この手術場面が圧巻だ。

 《手術室のベッドの上に仰向けになるベー・チェチョル。のどをメスで切開しているが、全身麻酔ではない。口にはマイクが近づけられている。「はい、歌ってください」。一色教授はメスを入れた状態で指示する。彼の歌声が手術室に響く。歌声がうまく出る状態を見計らいながら軟骨を削り、形成していく複雑な手術。さながらピアノの調律師のようだ。

 一色教授の隣には手術着を着た沢田が立っている。

 手術前、一色教授と沢田がこんな会話を交わす場面が出てくる。

 「手術中、声帯の調整をするために音楽が分かる第三者にベーさんの歌声を聞き取ってもらい、その声の状態でいいかどうかを判断してもらう必要があります。あなたにその役目をお願いします」。一色教授がこう依頼すると沢田は驚く。「手術室で僕がそれを…」。一色教授は諭すように言う。「彼の声、音楽を知るあなたにしかその役目はできないでしょう」》

◆人智を越える奇跡の力

 試写を見たとき、正直、手術室のベッドの上でベーさんが歌う場面は映画上の演出だと思った。「こんな絵に描いたような手術場面が本当にあるのか?」と。

 取材時、まず一色さんにこのことを確かめたかった。「映画で描かれていたたあの手術場面は本当なのですか?」

 一色さんはうなずきながら答えた。「本当ですよ。すべて事実です。映画では詳細に描かれていましたね。ただ医師役の俳優が格好良過ぎましたが…」

 人智をはるかに超えた事実は、人の想像を超えてドラマチックなのだとこの映画は教えてくれる。

 ベーさんの手術は成功。再びオペラ界の舞台に復帰、9月は大阪公演も行った。「どれくらい声量は戻りましたか」と聞くと、ベーさんは「全盛期の60%ぐらいですね」と語った。今も毎日、激しいリハビリを続けているのだという。

 映画では、声を失ったベーさんが復帰をあきらめるシーンも描かれる。元オペラ歌手の妻は夫を支えるためにオペラ界を引退したのだが、“大黒柱の失業”という現実を前に、自分が家族を養おうと再び舞台に立つ決意を固める。そして、家族にだまってオーディションを受けに行く。胸が締め付けられる場面だ。

 映画で伊勢谷さんが演じる沢田は、実在の音楽プロデューサー、輪島東太郎さん。長年、ベーさんと家族同様に付き合ってきた輪島さんがこう打ち明ける。「彼の奥さんがオーディションを受けていたなんて、私は映画を見て初めて知りました。こんな事実があったなんて…」

 映画では、ベーさんの日本公演を成功させようと尽力する沢田を渾身的に支える事務所の女性スタッフを女優、北乃きいさんが演じている。

 「彼女のモデルはいるのですか?」と輪島さんに質問すると、隣でベーさんがにやっと笑い、下を向いたままつぶやくように日本語で「奥さん、輪島さんの奥さんですよ」で教えてくれた。

 この公演の後、輪島さんは彼女と結婚したという。

映画「ザ・テノール」[2]
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