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大西瀧治郎中将と特攻に往った若者たち

大西瀧治郎中将と特攻に往った若者たち


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「俺と握手していったのが614人いるんだ」と送り出した大西中将は眼に涙をためて語った。

■1.「祖国を憂える貴い熱情」

 フランスの元文化大臣、アンドレ・マルローは次のように言っている。

確かに日本人は第2次大戦で敗れた。だがその代わりに何ものにもかえ難いものを得たことを忘れてはならない。それは世界のどの国にも真似のできない特別攻撃隊である。戦後フランスの大臣として日本を訪れたのは私が最初だが、その時も陛下(昭和天皇)にとくとそれを申し上げておいた。

・・・日本の純真な若い特攻隊員たちは、ファナチック(狂信的)だったとよくいわれる。それは違う。彼らには権勢欲とか名誉欲など露ほどもなかったし、ひたすら祖国を憂える貴い熱情があるばかりであった。[a]



 マルローが「祖国を憂える貴い熱情」と呼んだ精神は、大学生活を中断して軍に入り、特攻を志願した学徒兵の次の言葉からも窺うことができる。戦後、米軍の調査で「各自が特攻隊員を志願した心境はどうであったか」との質問への回答である。

 学徒出身者として自分はわずか一年の軍隊教育を受けたもので、必ずしも軍人精神を体得した者とはいえない。むしろ、一般人として戦局を痛感し、本攻撃をもっとも有効な攻撃法であると信じたのである。自分らが国家に一身を捧げることによって、日本国の必勝を信じ、後輩がよりよい学問をなしうるようにと志願したものである。[1,p127]



 特攻隊員たちの「祖国を憂える貴い熱情」はイギリスの日本古典文学研究家アイバン・モリス[b]、特攻隊員の遺書を読んだブラジルの日系人子弟[c]、フィリピン人少年[d]など、国籍や民族を超えて人々の心に訴えている。

 しかし、他方、送り出した方はどうなのか。最近、ある読者からいただいたお便りに、次のような一節があった。

特攻隊の自滅死戦術は 国の責任によって行われた。
国の上層部は黙認したのか?



 もっとも至極の疑問である。本号は「特攻の創始者」と呼ばれた大西瀧治郎(たきじろう)海軍中将を取り上げて、送り出した側の考えを探ってみたい。



■2.「吾死を以て旧部下の英霊と其の遺族に謝せんとす」

 大西瀧治郎中将は、終戦の翌日、昭和20(1945)年8月16日午前2時45分に自刃した。

 作法どうり腹を十文字にかき切り、返す刀で頸(くび)と胸を刺しながら、なお数時間は生きていた。従者が発見して、軍医を呼んだが「生きるようにはしてくれるな」と頼んだ。駆けつけた部下には「介錯不要」と言った。「できるだけ永く苦しんで死ぬのだ」 その遺書には、こう書かれていた。

 特攻隊の英霊に曰す。善く戦ひたり、深謝す。最後の勝利を信じつゝ肉彈として散華せり。然れ共其の信念は遂に達成し得ざるに至れり。吾死を以て旧部下の英霊と其の遺族に謝せんとす。



■3.海軍航行隊の育ての親

 山本五十六を海軍航空隊の「生みの親」とすれば、大西は「育ての親」と並び称された人物であった。大正の初めから、開発されたばかりの海軍機のテスト・パイロットを務め、ドイツやイギリスにも留学して、航空に関する知識、見識では並ぶ者がなかった。

 剛胆さも併せ持っていた。後年、少佐以上では実戦機には搭乗せず、基地で指揮をとるのが普通であったが、大西は大佐になってもさっさと乗り込み、かつ三角形の編隊ではもっとも敵の攻撃を受けやすい後方の翼端部に陣取った。

 人柄も人々を惹き付けてやまないものがあった。こんなエピソードがある。大西の東京の家の一帯が空襲で焼けた時、近所の人たちにお見舞いとして氷砂糖を配った。

 公平を期して各人に一人、一掴みづつさせ、主婦に背負われた幼児にも「赤ちゃんも、どうぞ」と掴ませたが、小さい掌では一つか二つしか掴めない。大西は全員に掴ませた後、自分の手で一掴みを幼児の前に突き出し、「ハイ、これはおじさんの贈り物です」と差し出した。人垣から拍手が起こった。

 続いて大西は円陣の中央に立って、こう言った。

 私は軍人として支那大陸ほか外地を攻撃し、爆弾をおとして、建物を焼いてきました。ですから、敵の空襲をうけて、ごらんのとおり、家を焼かれるのは当然であります。しかし、みなさんはなにもしないのに、永年住み馴れた家を焼かれておしまいになった。これは、私ども軍人の責任であります。本当に申し訳ありません。



 大西は深々と頭を下げた。海軍中将と言えば、一般民衆から見れば雲の上の人だったが、そんな偉い人のこういう言動に心動かされない人はいなかったろう。


■4.「そんなむごいことできるものか」

『特攻の思想 大西瀧治郎伝』[1]を著した草柳大蔵氏は、大西が「特攻の創始者」と言われていること疑問を呈し、「特攻はひとりの人間がきめられるものではない」と語っている。[1,p67]

 特攻のアイデアは以前からあった。城英一郎大佐はラバウル空戦とサイパン沖海空戦での苦い経験から、彼我の戦力差を検討した結果、「もはや通常の戦法では敵空母を倒しえない。体当たり攻撃を目的とする特別攻撃隊を編成し、小官をその指揮官としてもらいたい」という具申を行っている。

 これ以外にも、何人かの海軍幹部がいろいろな形で特攻を提案したり、準備を始めたりしていた。大西はこんな発言を残している。

 内地におったとき、ラバウルから帰った城大佐が特攻を具申してきたが、わたし自身は「そんなむごいことできるものか」という気持ちだったよ。しかし、ここ(フィリピン)に着任して、こうまで敵にやられているのを見ると、やはり決心せざるをえなくなったなあ。[1,p54]



 厳しい戦局の中で、もう特攻しかない、という声が海軍のあちこちで起こっていたのである。


■5.「海軍が最後のエースを送り込んだ」

 昭和19(1941)年9月、米軍はフィリピン攻略を目指し、戦闘艦艇157隻、輸送船団420隻、上陸部隊20万名を送り込んだ。フィリピンが米軍の手に落ちれば、南方地域からの石油などの戦略物資は内地に運べなくなり、戦争の行方はあらかた決まってしまう。

 それに対抗して、戦艦を主力とする栗田艦隊をレイテ湾に突入させ、艦砲射撃により輸送船団や上陸軍を撃破するという作戦が立てられた。そのためには敵の空母を叩いて、栗田艦隊への航空攻撃を防ぐ必要があった。

 ここで大西がフィリピンの航空戦力を所管する第一航空艦隊の司令長官に任ぜられたが、この人事には「海軍が最後のエースを送り込んだもの」という声が上がっていた。

 大西が着任したのは10月17日。かつては戦闘機、爆撃機など合計1644機を擁していた第一航空艦隊は、この時点でわずかに100機、うち戦闘機は30機に過ぎなかった。この残存勢力でアメリカの航空攻撃からいかに栗田艦隊を守るか。

 すくなくとも1週間だな。一週間、空母の甲板が使えなければ、よいわけだ。そのためには零戦に250キロの爆弾を抱かせて体当たりをやるほか、確実な攻撃法はないと思うが、、、。[1,p94]



 着任早々、大西は第一航空艦隊幹部たちにこう相談した。この時点で、すでにこれしか残された手はない、とは幹部たちにも明白だったので、結論を出すのに議論は必要なかった。


■6.「どりゃ、もう一度、諸君にあってこよう」

 10月20日の朝、特攻を志願した16名の前で、大西は訓示を行った。

 国を救うものは、大臣でも大将でも軍令部総長でもない。もちろん自分のような長官でもない。諸君の如く純真にして気力に満ちた若い人々である。[1,p128]



 大西は切れ切れの喘ぎながらの口調で語った。真下に伸ばした手が震えてはとまり、とまってはまた震え出す。訓示が終わると、大西は、特攻隊員の列まで歩み寄り、一人ひとりと握手しながら、「しっかりたのむよ」といった。涙ぐんでいた。

 その日の午後、大西は「どりゃ、もう一度、諸君にあってこよう」と腰をあげた。隊員たちは飛行場のはずれの崖がひさしのように張り出している空地に屯(たむろ)していた。大西は一面の薄(すすみ)をかき分けて、隊員たちの前に現れた。

「郷里はどこやね」「お父さんはなにをしておられるのかね」 訓示の時とは打って変わって、やさしい声になっていた。

 その時、空襲があった。グラマンが快晴の空から急降下してきて、機銃弾が土煙をあげる。特攻隊員は、いっせいに地面に匍(は)った。しかし、大西はどっかり胡座(あぐら)を組んで、薄笑いをうかべてグラマンを見ている。「長官!」とするどく叫ぶ声に、大西は言った。「弾丸(たま)は、あたるときはあたるもんよ」。

 もともと剛胆な大西ではあるが、「死地を求めている」風もあったと周囲は語っている。特攻作戦を発動させた責任者として、若者を死地に送り込む以上、自分の命ももうないもの、と心に決めていたのであろう。


■7.「俺と握手していったのが614人いるんだ」

 最初の特攻隊、関行雄大尉率いる敷島隊は10月25日にフィリピン・レイテ湾の米機動部隊を襲い、わずか5機で空母一隻を撃沈、空母2、軽巡洋艦1撃破の戦果を上げた。この後、継続的に特攻が行われるようになる。

 大西は出撃の際に、かならず訓示を与え、隊員と握手をしたが、しだいに寡黙になり、憔悴していった。副官が心配して現地人から卵を入手して長官の食事に出させると、大西は従兵を呼んで、そっと卵を手で押しやり「これを隊員にやってくれ」と言った。

 昭和20(1945)年4月、鈴木貫太郎内閣が成立すると、大西は軍令部次長に任ぜられて東京に戻った。官舎に入った大西は、妻を同居させなかった。一般人も空襲で焼け出されている時に「いまはそんな時ではない」という理由だった。

 周囲の一人が「週に一度は奥さんの家庭料理を食べてはどうですか」と言うと、「そんなこと、いってくれるな」と言下に断った。

 君、家庭料理どころか、特攻隊員は家庭生活も知らないで死んでいったんだよ。614人もだ。俺と握手していったのが614人いるんだ。



 大西は眼にいっぱいの涙をためながら、「君、そんなこというもんだから、いま、若い顔が浮かんでくるじゃないか」と続けた。

 大西が遺書に「特攻隊の英霊に曰す」と書いた時、握手しながら出撃していった614人の若者たちの顔が次々と浮かんでいたに違いない。

■8.日本民族の福祉と世界人類の和平の為

 大西はある隊の出撃に際して、次のように訓示をしたことがある。

 この神風特別攻撃隊が出て、しかも万一負けたとしても、日本は亡国にならない。これが出ないで負ければ真の亡国になる。[1,p184]

 大西の考えは、その遺書の後段で、一般青壮年に訴えた一節につながっている。

 次に一般青壮年に告ぐ。・・・
 隠忍するとも日本人たるの矜持(きょうじ)を失う勿(なか)れ。諸子は国の寶(たから)なり。平時に処し、猶ほ克(よ)く特攻精神を堅持し、日本民族の福祉と世界人類の和平の為、最善を盡(つく)せよ。[1,p12]



 ここに言う「特攻精神」とは、冒頭で紹介したマルローの「祖国を憂える貴い熱情」と同じだろう。大西はその精神を受け継いで、生き残った国民に「日本民族の福祉と世界人類の和平」のために最善を尽くせ、と訴えているのである。

 その精神がある限り、亡国にはならない。大西の遺言は、現代に生きる我々にも、どう生きるかを問いかけている。

(文責:伊勢雅臣)

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