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1934(昭和9)年 - ドイツ・ポーランド不可侵条約が締結される。

今日は何の日 1月26日 1934(昭和9)年 - ドイツ・ポーランド不可侵条約が締結される。

 第二次大戦は、ドイツのポーランド侵攻から始まった。ここでは、それに至る両国の関係を、第一次大戦終了直後から概観してみようと思う。

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1. ポーランドの置かれた環境

 第一次大戦中にドイツ・ロシヤ・オーストリアの三大帝国が崩壊したことにより、この三国に分割されていたポーランドは独立を果たすことができた。

 その際ドイツは、ヴェルサイユ条約において西プロイセンとオーバーシュレージエンをポーランドに譲ることとなり、東プロイセンは飛び地となった。

東プロイセンと本土の間にはさまれた細いポーランド領の帯は「ポーランド回廊」と呼ばれ、ポーランドの海への出口とされた。

 これはドイツにとって極めて不本意な国境であった。プロイセンに基礎を置くユンカー層はもちろんのこと、ドイツ国内のあらゆる層が、ドイツの東方国境は改定されるべきだという点で一致していた。

 一方ロシヤは、革命直後の内戦期にポーランドから侵略されるという、より劇的な形で領土を失った。独立ポーランドはロシヤの混乱に乗じて対ソ戦に踏み切り、1921年のリガ条約で、ミンスクに迫るまでの東方領土を得ることができた。

 こうして、東西の大国の犠牲において領土を獲得したポーランドは、いわば腹背に敵を受ける態勢となった。この困難な態勢で、いかにして国家の存在を保つか、

というのがポーランド外交の基本とされ、ドイツとの関係もその線上で模索されることになる。

2. 独ポ関係第一期…ヒトラー以前

 こうして二つの潜在的敵国にはさまれたポーランドであるが、さしあたってドイツもソ連も敗戦や革命の傷をいやすのに必死であり、対外的には非常に弱い立場にいた。

 しかし、そのことは同時に、独ソ両国を「共通の脅威」に対して協力させることともなった。両国の間に結ばれたラパロ条約は、暗にヴェルサイユ体制からの脱却を目指すものであり、両国の友好関係は、条約の最大の受益者ポーランドに対して好意的ではありえなかった。

 ポーランドは地理的に独ソ両国にはさまれ、まわりにはそれ以外の大国は存在しない。しかもその独ソが提携してポーランドに敵対している以上、ポーランドのとるべき道は、なんとかして彼らが攻めて来られないようにおさえることしかない。

 とりあえずヴェルサイユ条約を擁護してドイツの再軍備を妨害することに加えて、対抗上なんらかの同盟関係が必要であった。その相手としては、ヴェルサイユ体制側でしかもドイツに力を及ぼしうる大国として、フランスが適当である。

 フランスも同じ立場からポーランドとの提携を欲し、1925年のロカルノ会議の席上、仏ポ条約が締結された。

 ラパロに代表されるヴェルサイユ条約打破勢力に対抗する手としては、東欧諸国の相互援助保障体制も考えられた。

しかしポーランドは、ドイツをも含んで安全(と国境)を保障しあう条約でなければ結ぶ意味がないとして、この構想には冷淡であった。

 その背後には、外交におけるフリーハンドを維持してポーランドの自主性を高めたいとする自負心・しょせん頼れるのは自分だけ、という覚悟・そしてリトゥアニアやチェコスロヴァキアとの領土問題などもあったと思われる。

 一方、そのころのドイツの至上命題は、国としての権利の回復であった。最低でも、ルーア地方に外国軍が駐留しているという異常事態は早く解決しなければならなかった。

 そして、それはフランスとの関係改善によって解決されるのだから、そういう意味ではヴェルサイユ条約を誠実に履行すべきである。そうやって信頼を築いていけば、その先に軍備の均衡も見えてくるであろう。対西側の外交懸案は、こういった対話によって解決可能なのだ。

 しかし、東方国境に関しては、対話と妥協による解決は受け入れるわけにはいかない。ポーランド回廊はドイツにとって奪回すべき固有の領土である。ポーランドにとっても彼の地は譲れない産業地域である以上、妥協によって今の国境を固定してしまえば、二度と回復は望めないであろう。

 こういう認識のもと、シュトレーゼマンに始まるドイツの外交方針は決定された。この方針は政権の交代や大恐慌にも影響されず、NSDAPの政権掌握まで継続されることになる。

 このドイツの姿勢を象徴的に示しているのが、ロカルノ条約である。ロカルノではドイツの西側の国境は固定された。これは西側との対話協力を求める姿勢のあらわれである。

 しかし、東側の国境の固定・保障は行われず、東ではラパロと仏ポ・仏チェコの同盟が対立する構図となった。これ以降も、「東方ロカルノ」の試みは、ドイツの強い反対によってついに実を結ぶことはなかった。


3. 独ポ関係第二期…ヒトラー以降

 1933年のNSDAPによる政権の掌握は、ヨーロッパの国際関係を大きく変化させた。その第一の要因は、従来良好だった独ソ関係が、反共を掲げるNSDAP政権によってあっという間に冷却したことである。

 この変化は、ポーランドに有利に働くように見えた。今まで相携えてポーランドに敵対していた独ソが今度は敵同士になったのだから、どちらかに味方すれば、腹背に敵を受けていた危険を逃れ、背後を安全にすることができる。そして、今やポーランドはどちらかを選ぶ外交的自由を得た、とそう思われたのである。

 ポーランドが選んだのは、ドイツとの提携であった。その理由には、
・当時のポーランドを指導していたピウスツキ元帥の思想が反ロシヤ・反共産主義であったこと

・ドイツの拡大傾向からポーランドを救うには、ドイツと敵対してわざわざドイツの侵攻を招くよりは、ドイツと良い関係を保ってその矛先をチェコスロヴァキアへ向けたほうがよいと思われたこと

・さらに、今まで後ろ楯にしてきたフランスが反戦・退嬰的で、いざという時頼りにならなさそうだったこと
 があげられる。

 

ドイツとしても、ポーランドとの協力には利点があった。ヴェルサイユ条約打破・東方国境の改定は既定方針としても、ポーランドからそれを始めた場合、ソ連の介入が避けられない。

 それよりも、邪魔の入らないチェコを先に片付け、オーストリアを併合してドイツ民族を統一した後にポーランドに対する方が、順番として好ましいのだ。その間、ポーランドには対ソ防壁の役を果たしてもらうこともできる。

 また、従来フランスの影響が強かった東欧にドイツの友邦を作ることで、フランスの力をそぐことができる。

 こうして1934年に成立した独ポ不可侵協定は、ソ・ポ関係を不可避的に悪化させることになった。

 ポーランドから見ればソ連は脅威的な大国だが、ソ連の心理とすればポーランドの方が東方への拡張志向を持つ脅威であり、資本主義諸国の「反共十字軍」の重要拠点である。それがあからさまに反共を唱えるドイツと結んだのだから、これは反ソ的な意味を持つと理解せざるを得ない。

 これ以来ソ連は対抗上フランスに接近することとなる。

 NSDAP政権の成立後、ドイツは公然とヴェルサイユ条約の打破を主張し、再軍備宣言・ルーア進駐を行ったが、英仏は無策であった。

 ポーランドはこれを見て、やはりドイツとの協力が自国の安全を保障する道だと考え、この方針を堅持した。


4. 独ポ関係第三期…大戦へ

 ドイツの拡大方針は着々と進んだ。1938年にはオーストリアとの合同を果たし、さらにズデーテン問題を足がかりに、その年のうちにチェコスロヴァキアを解体して、1939年にはその主要部を併合してしまった。

 チェコの次はポーランドだというのはわかりきっていたことなのだから、ポーランドはここに至るまでの間に何らかの手を打つべきであったろう。しかし、ポーランドは奇妙にもドイツの拡大を傍観し、あまつさえチェコスロヴァキア解体に乗じて領土を奪取したりしていた。

 だから、ドイツのチェコ併合によってドイツに三方から包囲される形となったポーランドが危機に陥ったとしても、それは自業自得というところだろう。

 さらにポーランドにとって不幸なことに、ソ連には1937年から粛清の嵐が吹き荒れており、ソ連はその痛手を回復するためにドイツとの争いを避けたがっていた。ただ、ポーランドとしても、今までの反ソ姿勢を改めるつもりはなかった。

 従って、頼るべきは英仏、一度は頼るに足らずとした英仏しかないということになる。

 チェコ併合直後にドイツから出された最後通牒に対してポーランドは軍事動員で応じ、重い腰を上げたイギリスと相互援助宣言をするに至った。その間に独ポ条約は破棄され、ドイツの軍事的圧力がポーランドにひしひしとかかってきた。

 ドイツの脅しに屈して、西部地域を割譲するのはポーランドにとって論外であった。西部には国内の工業の大半が存在し、その中にはグディニア港のように独立後に国民の心血を注いで築いたものも多い。

 対決の他はなかったが、チェコスロヴァキアの時と違って英仏が動いてくれたことで、ポーランドにはある程度の見通しがあった。再軍備を宣言して4年目のドイツが、二正面作戦の危険を冒してポーランドを攻めるはずはないと考えたのだ。40個師団を擁し、近代化も着々と進んでいるポーランド軍※への自信がそこにはあった。

※それほどポーランド軍は「遅れた」軍隊であったわけではない。ドイツ軍が異常に発達した軍隊だったのである。当時の日本陸軍の装備は、航空隊を含めてもポーランド軍と同程度である。

 しかし、その見通しはもろくも崩れ去った。8月に、独ソ不可侵条約が結ばれたのである。ソ連は、ポーランドを生贄に差し出して時間を稼ぐことにしたのだ。対ソ関係を放置しておいたポーランドに、そのツケが回ってきたと言えるだろう。これで、ポーランドの方が二正面作戦を気にしなければならなくなった。

 ポーランド以上に自らの軍隊に自信を持っていたドイツは、それ以降ポーランドとの交渉を全く求めず、ポーランド回廊の返還を強圧的に求めた。それに対する返答はもはや問題ではなかった。

 なぜなら、独ソ不可侵条約が締結された1ヶ月後には、もはやポーランド問題はドイツにとって「外交」の問題ではなく、「国内」の問題だったからである。


5. 感想

 イデオロギーにとらわれず自国の安全最優先で展開されたソ連外交にくらべ、ポーランド外交の客観性の欠如が印象的であった。また、ドイツにとって対ポーランド外交は「必要悪」程度のものだったように感じた。

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