彼は日系3世でアメリカの下院議員として実績もあり、かなり有力な政治家のようである。ホンダ氏が従軍慰安婦問題で日本政府に公式に謝罪を求める対日非難決議案を下院に提出し、どうやらこの決議案が採択される可能性がでてきたらしい。
日本国内では、この問題に火をつけた当事者の朝日新聞ですら、そんなことはありえなかったことを、暗黙のうちに認めているにもかかわらず、何故今アメリカで問題になっているのであろうか。この背景について考えてみる。
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先週、フジテレビの報道2001を見ていたら、ホンダ氏が出演していた。見るからに日系と分かる顔立ちで、誠実そうな感じであった。彼の言い分は次のようなものであった。
「従軍慰安婦問題は日米関係を悪くしようとして取り上げたのではない。真に日米関係を考えてやっているのである」「アメリカ政府は戦時中、日系人に対し差別をしたが、正式に国として謝罪をしている。
日本は歴代の首相が認め、謝罪しているが、国として正式に謝罪していない。これを明確にすることが大切なのだ」これに対し黒岩キャスターが客観的にそのような事実がなかったと反論していた。
それに対しホンダ氏は不思議そうに、次のように答えている。「客観的事実がなかったのなら何故時の首相・官房長官が認めて謝罪したのか」 このシーンを見ていて、ホンダ氏の疑問は当然であり、それが世界の常識ではないかと改めて考えさせられた。
ホンダ氏は顔つきこそ日本人のようであるが、精神構造はアメリカ人であり、日本人の価値観・精神文化を理解してほしいといってもそれは無理であろう。
従軍慰安婦問題に火がついたのは宮沢内閣の末期で、河野官房長官が国の関与を公式に認める所謂「河野談話」を出した事実がある。話の発端は、森某という日本人が済州島で戦時中、従軍慰安婦を強制的に駆り集めたという告白本を、さも本当らしく書いたのである。
それを朝日新聞が取り上げ“勇気ある良心的日本人である”とその本を絶賛し、コラムなどにも取り上げたのである。それが韓国内でも評判になり、被害者という女性が現れ涙ながらに昔のことを話し、いつか従軍慰安婦が現実のことであったようになってしまったのである。
韓国政府は「日本側が火をつけた問題で大変迷惑している、韓国国民が騒ぎ出し、政府は日本に対し弱腰だと政治問題となっている。何でもよいから日本側で強制性を認めて欲しい」と日本側に迫った。
日本側はそのような事実はないが、ここで韓国政府の面子を立ておけば後はうまく行くと勝手に考えた節がある(日本人の常識ではここで謝罪しておけば韓国政府は感謝し、二度とこの問題を持ち出すことはないだろうと勝手に思い込んでいたようである)そこで、両国間の将来を考え、一応謝罪しておこうという事になったのであろう。
以上が当時の状況であり、そのことは後になって当時の官房副長官石原氏によって詳細に語られている。この謝罪の仕方は日本人にとっては理解できるが、外国人には全く理解できないことである。
その最も本質的なことを、日本人、なかでも政治家や外交官が分かっているのであろうか。そこにこの問題の根があると筆者は考えている。
その後も折に触れ、日本政府の要人が従軍慰安婦に関し謝罪を繰り返しているが、謝罪の要点は日本が国策としてそのような強制的行為をしたことはないし、そのようなことを裏付ける証拠は一つとして発見されていない。
しかし、当時民間人が商売として軍の後を追って慰安所を設け、慰安婦を連れ歩いていたことは事実であり、慰安婦が本人の意思と関係なく連れて行かれた例もあるだろうし、その点から言えば強制がなかったとは言えない。
そのことに遺憾の意を表し、謝罪するという、いかにも日本的な謝罪の仕方であった。問題にすべきは、全く文化的背景の違う外国人に分かりやすく日本的謝罪の意味を充分に説明してこなかったことであろう。
ホンダ氏が日米関係を考慮し、あえてこの問題を取り上げているのは、まさにこの日本的な謝罪の意味が充分理解できていないからなのである。やっていない事でも、これからの相手との関係を考え、時には謝罪をするという日本的な文化は外国人には到底理解不能であろう。
他人の罪を代わりにかぶるとか、やっていなくともやったと認め謝罪する、このような行為は日本では奥ゆかしいと評価される場合があるのである。その背景を考えると、自分がやっていなくとも、相手が「お前がやったのだろう」と執拗に言ってくる場合、自分の側にも相手にそう思わせた何かがあったのだろう、自分の徳の至らぬせいだと考え、今後の付き合いのことも考え、とりあえずここは謝っておく、そうすればいつか真実は現れ、自分の無実は明らかになる。
それが大人の態度であり他者から尊敬されることでもあった。昔「男はだまってサッポロビール!」というコマーシャルがあった。潔い男はぐだぐだと自己弁明をせず黙っていろ、そのうちに正義は明らかになる。
「沈黙は金」というのが日本文化なのである。
国際化の時代に、このような謝罪文化は誤解されやすい。日本人同士であればまだよいが(最近は日本人らしい日本人が減っているから、日本人同士でも問題があるかもしれない)外国人に対しては、充分にこの日本的な精神文化を説明し、誤解を解かなければならない。
ホンダ氏に対しても理詰めで説明しても彼には理解できないであろう。ホンダ氏の場合は、日本人の血が流れていることでもあり、この日本文化の特異性を充分に説明すれば、日本的謝罪の真意を理解してくれる可能性はあるのではないかと思う。
南京大虐殺にしてもこれからは「沈黙は金」では問題は解決しない。先日の産経新聞によると、衛星放送テレビ局「日本文化チャンネル桜」が「南京の真実(仮題)」という映画を製作し、日本の立場・真実を強力に主張するとのことでまことに喜ばしいことである。
良識ある方々のご協力をお願いしたいし、筆者も出来るだけ協力したいと考えている。
註) 従軍:従軍慰安婦という言葉は間違っており、実際には存在していない。従軍○○という場合それは軍人ではないが軍属であり、軍に所属する文官、文官待遇者をいう。従って従軍記者、従軍看護婦、従軍僧等は実際にいたが、従軍慰安婦というものはありえなかったし、当時はそのような言葉もなかった。戦場慰安婦は実在したし、これを否定するものではないが、従軍慰安婦と慰安婦は本質的に違うし、従軍慰安婦なる言葉は誤りであることを強調したい。
文責:大谷
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