かつては都知事選は国政がどのような向きに流れるのか、国民意識の変化の兆しを鋭くキャッチする代名詞ともなり、だからこそ都知事選はどの地方選挙よりも注目するに値するものであった。
高度経済成長がひとまず落ち着いた時期の美濃部都知事誕生が神奈川、大阪、京都と大都市圏で革新知事が登場する端緒となった例、その結果、経済停滞を招いたつけを正常に戻すために政策手腕にたけると思われた自治官僚の鈴木都知事の登場は、他の都市圏でも自治官僚出身の知事が登場し、それも住民の精神の停滞を招いたところから、政治的素人であった青島都知事が登場を許し、結果的に無為無策の横山府知事の登場まで招いた。
花岡氏によれば政党的構図では、時系列に多党化、保革伯仲、社民衰退、公明与党化への流れの兆しは全て都知事選の戦いの中に包含されていた。
しかし、今回の都知事選は、そういうわが国の政治の変化を及ぼす勢い、潮の流れがないというのだ。換言すれば「政治の季節」とは言い難いというのだ。
確かに子供の頃であったが、美濃部都政の出現は、あたかも都市圏が革新勢力で覆われ、一夜にしてこの国に革命が起きるのではないかという程の熱気があった。
青島都政の登場も、この国が行き先のない、本当にこれでいいのか思いつ
つ、誰も責任をとろうとしない国民意識の象徴と思われたし、最後の切り札として、東京は世界の中でも有数の都市であり、国政に対しても物を言い、国政をリードすることができるというキャッチフレーズが保守層だけでなく無党派からも圧倒的支持されて石原都政が登場したことが、全国に改革派知事の出現を生み出すことになったのではないかと思う。
だが、今回の都知事選は焦点が五輪招致が大きなテーマであったにもかかわらず、今のところは都民の関心はそれほど高くない。また花岡氏は、「二大政党化」が大きな焦点だと思っていたが、石原氏も浅野氏も政党の支援を受けることを回避したために、表面的には政界再編の火種がなくなってしまった。
また、各県の出直し的知事選は、トッブと企業の談合が引き起こしてきた構造を否定しようとしたことから新しい知事が登場したのだが、残念ながら知事の最初の仕事が今までの構造を否定するという、極めてやるべきことがわかっていたことも、国民の活力をそのまま引き出すものではなかった。
花岡氏は、保守とリベラルは自民、民主に混在するために、自民、民主という枠組みは対立軸にはなり得ないこと、保守・リベラル二極分化が進みすぎ、保守が圧倒的に優勢の中、国政の動きは変わらないと国民が思っていることが、都知事選の停滞を齎しているのではないかと捉える。
本来、面白い都知事選が面白くないということは、国政の流れを都民が自分達で変えようという精神的活力がないことを意味するのではあるまいか。
小生にはこの時であるからこそ、変革を唱えるキャッチフレーズが必要ではないかと考えている。少なくとも、都知事選でみる限り、候補者の訴えが国民意識をそのまま反映していないことが、盛り上がらない原因と思われる。
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