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NHKスペシャルドラマ、「坂の上の雲」より――第4回、「日清開戦」より…

NHKスペシャルドラマ、「坂の上の雲」より――第4回、「日清開戦」より…

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宣戦布告直前、日本海軍第1遊撃隊旗艦“吉野”と防護巡洋艦“秋津洲”“浪速”が、朝鮮北西岸の豊島沖で、清国艦隊の“済遠”“広乙”と遭遇。ここに、戦闘の火蓋が切られました。

やがて清国艦隊が逃亡を開始したため、吉野と浪速が済遠を、秋津州が広乙を追います。

広乙は座礁。

浪速は新たに、清国軍艦“操江”と英国商船旗を掲げた汽船“高陞号”(こうしょうごう)と遭遇します。

高陞号には、清国兵が満載されていることが確認できました。



浪速は、高陞号に随航を命じます。

浪速からボートが出て士官が派遣されますが、英国人船長は、清国兵は捕虜になることを望んでいないと、随航を拒否。

通告を無視するならば砲撃することになると士官が告げますが、これに清国兵たちは興奮。妥協案として船長は、出港地に戻してくれるよう提案します。それなら清国兵も納得するだろうと。

士官から報告を受けた浪速艦長・東郷平八郎(渡哲也)は、船長の要求には応えられないとして、“直ちにその船を見捨てよ”と信号を送ります。

イギリス国旗を掲揚している限り日本軍は攻撃しないと読んだ清国兵は、この命令に従うことを拒否。脱出を請う船長らも拘束します。

東郷艦長は撃沈の指令を出しました。


こうして、砲撃を受けた高陞号は沈没。船長以下数名の船員が救助されますが、清国兵のほとんどは溺死しました。



この事件を知った首相・伊藤博文(加藤剛)は激怒、東郷を罷免するように言いますが、海軍省官房主事・山本権兵衛(石坂浩二)が止めます。

東郷はイギリスに留学しており、国際法に精通している。決して軽率な行動をとる男ではないというのです。



一方、北京では、代理公使の小村寿太郎(竹中直人)が、光緒帝の誕生を祝う宴席に、招待状も無いのに出席していました。

微妙な空気が流れる中、小村は李鴻章に挨拶します。

そこで言われたのが、「見渡したところ、閣下の背丈が一番小さいですが、貴国の人々は皆、閣下の様に小さいのですか?」という質問。

小村は答えます。「残念ながら、日本人は小そうございます。ただ、中には大きい者もおります。閣下のごとき大男は、“ウドの大木”と申し、そういう者には、国家の大事は任せられません」



英国籍の商船が撃沈させられたということで、当初、英国各誌はこれを批判し、イギリス外相も日本の責任を追及しました。

が、その真相が判明すると、浪速の取った措置は戦時国際法に沿ったものだと分かり、事態は沈静化していきます。

国際法学者らによれば、高陞号のとった行為は、戦争の一方に加担する行為に当たり、他方にはこれを阻止する権利がある。武装解除を拒む1千名以上の兵をわずかな水兵で拿捕するのは不可能であり、撃沈はやむを得ない、ということでした。



山本権兵衛は浪速を帰国させ、東郷を海軍省に呼び出します。

緒戦の勝利は東郷のおかげだとしながらも、他に方法はなかったのかと尋ねる、山本。

攻撃前に英国旗を降ろすことを命じていたなら、英国の世論はこんなには騒がなかったのではないか? 撃沈しないで拿捕することはできなかったのか? そうしていれば、問題は起こらなかったのではないか?

東郷は、英国旗を降ろすことは清国兵の妨害に遭いできなかっただろう、あれだけの大型船を拿捕することも無理である、そう答えます。

波間に浮かぶ清国兵を救おうとしなかったことに対しても、「軍人は、みすみす敵を逃がすことは、できもはん。おいは、決めたこつについて、責任をば持つ。必要ならば、腹も切る。じゃっどん、後悔はしもうはん。戊辰の戦以来、おいはそげんして刀を抜き、戦ってきもした」と。

それを聞いた山本は、「用意周到な上に、しぶとか」と笑い。「一軍の将たるもの、そのしぶとさが必要でごわす。今度の戦は、おはんの力をば、頼りとしておいもす」と。



好古(阿部寛)は、第二軍の騎兵第一大隊長として清国・遼東半島に上陸。

その使命は、旅順要塞の敵情視察です。

当時、東洋一、あるいは、唯一の近代要塞と言われた、旅順要塞。

しかし好古は、大したことなさそうだと、気づきます。

好古は、第二軍司令官・大山巌(米倉斉加年)に意見書を送りました。

敵兵の配置情報、状況分析、攻略法などが書かれた好古の上申書を元に、大山が作戦を立てます。



好古の隊は意見書を出した翌日、宿営地を出て前進しますが、おびただしい敵と遭遇。戦闘状態に入りました。

銃弾が乱れ飛び、砲撃が土をえぐる。

戦況はのっけから不利であり、時間が経つにつれ、より不利になりました。


兵が萎縮していると感じた好古は、馬に乗り、前へ出ます。

砲弾の中を兵たちのもとへ向かい、「ええか、よう聞け! あしは旅順へ行けと言われとるんじゃ。退却という命令は受けとらん」と笑う、好古。「一歩も引きはせんぞな。去るものは去れ、責めはせん。じゃが、あしひとりでも、旅順へ行くぞ!」

敵の中にあっても酒を喰らう、好古。しかも、馬上です。

好古に鼓舞されて兵の士気は高まり、前進します。

そこへ騎兵が到着して有利になるかと思われましたが、敵の主力がやって来ました。

200の斥候部隊に対し、3000の敵。

好古は前進を中止し、退却準備を命令。


戦国時代においても、一番難しいといわれた殿(しんがり)の役割。

好古は、「戦でもっとも難しいんは、退却戦じゃ。勢いにのった敵は、こちらが逃げ足と見れば、どっと来るぞな。それを食い止め、整然と引き上げるんじゃ」、そう言って口に酒を含みます。

こうして好古が殿を務め、退却が始まりました。



好古ら騎兵隊の後退があったものの、作戦の目的は果たされました。

半年はかかるといわれた旅順要塞の攻略。

それがたった1日で陥落したのです。

その最大の要因は、清国兵の士気の低さにあったといわれます。


この攻略に加わっていたのが、第一旅団長・乃木希典(柄本明)。

乃木は、後にも旅順要塞と関わることになります…

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“ねずみ公使”とあだ名されたという、小村寿太郎。写真を見ると、確かに似ている。しかし、堂々と渡り合うところなど、かっこよかったですね。負けない気概がある。

好古の落ち着いた振る舞いも、かっこよかった。


気になるのが乃木ですが、どういう風に語られるんですかね…
戦争の影響は子規(香川照之)の近くにも及ぼうとしていました。

新聞「日本」の紙面も戦地から送られてくる従軍記事で飾られ、また、社の仲間たちも次々と従軍記者として出発してゆきます。

子規は仲間たちを、複雑な心境で見送りました。

そしてついに、陸渇南(佐野史郎)に従軍させてもらえないかと、直訴します。

体のことを心配してくれるのはありがたく思う。しかし、同僚が一人また一人と戦場に旅立ち、自分だけが残る。それが堪らないと。

君には蕪村の発掘という大仕事があるじゃないかと、陸は言いますが、子規は「古い句に光を当てるいう仕事は、土蔵の暗がりを這いずり回るようなもんです」と。

陸は更に、そこが子規の戦場だと言います。

陸と言葉を交わすうち、“俳句とは写生である”との思いを強くする、子規。



子規の妹・律(菅野美穂)が帰ると、兄が縁側で何かを石で叩いていました。

それは紅葉。

子規は律に、「さっき庭に出たら、楓の葉がこの世のものとは思えんほど、鮮やかに色ずいとった。できればその赤を、永遠のもんにしたいと思たんじゃ」と、話します。

この姿勢こそ、子規の俳句観を表すものかもしれません。


そう言いながら、子規は悶々としていました。

今頃、真之(本木雅弘)は軍艦を乗り回し、好古(阿部寛)は馬で満州の大地を駆巡っているだろう。それに引き換え、自分は、庭の踏み石で紅葉打ちをしている。


本当にきれいじゃね、と律。

子規も、じゃろ、と返します。

律は涙を堪えることができませんでした。



翌年の明治28年1月、連合艦隊は、清国北洋艦隊が立て篭もる、威海衛の攻略を始めようとしていました。

巡洋艦“筑紫”の船上には、真之の姿が。

翌日からの砲撃開始を前に、真之は水兵たちに、明日は新しい褌(ふんどし)を締めるように言います。

「ええか、褌はな、心を丹田に落ち着け、逆上を防ぎ、知力と気力の働きを自在にしてくれるんじゃ。明日は新しいのを、きつうに締めてゆけ」

そう言って真之は、いつも持っている煎り豆を皆に振舞いました。

真之を心酔する花田(須田邦裕)は、同じように豆用の袋を作り、「これは、わしのケンカの御守りです」と。



翌日、連合艦隊は北岸砲台に艦砲射撃を敢行しました。

激しい戦闘の中、筑紫は被弾。戦闘旗が落ちてしまいます。

“戦闘旗”とは、戦闘状態にあることを示すために掲げられる、軍艦旗のこと。濃い霧や、砲撃による煙などで、敵味方の識別ができなくなるのを防ぐために、取り付けられます。

戦闘旗は、乗員の士気を高めるものであり、自艦の意志や決意を表すものだとも言われます。したがって、降伏しない限りは、下ろさない。


真之は花田に、新しい戦闘旗を掲揚するよう命じます。以前、花田はマスト上りが一番の得意だと話していました。

砲弾が乱れ飛ぶ中、花田はマストに上ります。

が、筑紫は再び被弾。甚大な被害が出ました。

耳を傷めた真之は、無音の世界の中で、艦上の惨劇を目の当たりにします。

そして、折れたマストの下には、花田の姿が。

花田は既に事切れていました。

その傍には、あの御守りが。



子規の従軍が決まりました。欠員の出た従軍記者の枠に入れてもらったとのことでした。陸も、子規の決意に根負けしたかたち。

大喜びの子規。律は、自分も付いて行かないで大丈夫か? と。

その中で、母の八重(原田美枝子)だけは浮かない様子でした。

八重の父・大原観山は儒者で、子規も観山の私塾で漢詩を習っていました。そんな親しい国と、日本は戦っている。世の中が戦勝に浮かれる中、八重は複雑な心持だったようで…



2月12日、清国北洋艦隊は、降伏します。

提督の丁汝昌は、将兵の助命を懇願した後、自決。その棺は商船康済号に乗せられ、送られました。

真之の元を訪れた広瀬武夫(藤本宏隆)は、「丁汝昌ほどの名将でも、軍の規律が緩み、国が腐敗しとる限り戦に勝つことはできん」と話しました。

旅順要塞の攻略といい、今回の件といい、兵士の士気がとてつもなく影響したようです。また、旗艦の大破、指揮系統の混乱などがこれに重なり、丁汝昌は最終的に服毒自殺を。

自決前に出した降伏の条件は、将兵の助命であり、これは伊東司令長官に受け入れられました。



戦闘が終了した艦上で、真之は広瀬に、「わしは軍人にはむいとらん」と漏らしました。

戦は怖ろしい。さっきまで隣にいた者が一瞬にして死んでしまう。花田は、手柄を立てて我が家に帰るのを楽しみにしていた。それなのに…。あの時、命令を出さなければ…

「広瀬さん、やっぱり、わしは軍人にはむいとらん」

真之は、戦争の凄惨さを、身を持って体験しました。



意気揚々と従軍した子規ですが、その頃には下関に李鴻章が来ており、講和の準備が進められていました。

子規は戦争後の生々しい傷跡と、清国民の日本人に対する激しい感情を目の当たりにします。

その夜、子規は、軍医部長・森林太郎(後の森鴎外:榎木孝明)と出会います。互いは互いの名を知っていました。

子規は森に、「あしは、俳句復興の松明になろうと思うとります」と宣言。

森は、今回の戦争の現実について語ります。戦死者およそ8千、その3分の2は病死でした。脚気や赤痢、コレラ、凍傷、我が軍は戦わずして悲惨な病に倒れた。残念ながら、軍の医療体制の不備を曝け出す結果になったというのです。

森は「自分の医者としての無力さを思い知らされました」と、漏らしました。

森は今回の戦争を、維新と文明開化の輸出・売り込み、と称しました。不思議な親切さ、だと。そして、その不思議な親切さは朝鮮にも向けられているが、彼らにしてみれば余計なお世話だろうに、と。

更に森は言います。「そういう戦争の本質から目を逸らして、やたらと戦意を煽るだけの新聞は罪深い」

そして、「正岡くんの書く新聞なら、写実じゃないと困るよ」とも。


帝国主義の時代です。眠れる獅子ではないということが露見した清国は、ロシアやフランス、イギリスなど、西洋列強の餌食になってしまうだろう。

森はそう結びました。



従軍の帰路、子規は船上で再び喀血します。従軍が病を進行させたようでした。



日清戦争は日本の勝利で終わりました。

連合艦隊は佐世保に凱旋。戦勝会が催されていました。

真之の姿を探す、広瀬。あの時の言葉が気になって仕方ない。

広瀬は真之に、ロシアに行こうと思っていると告げます。

まずロシア語を勉強して武官となり、ロシアの懐に飛び込んで、彼らの本当の姿を見てみるつもりだと。

“ウラジオストク”、ロシア語で“ヴラヂヴァストーク”の意味は、“東を征服せよ”というもの。広瀬はロシアの進攻を警戒していました。

広瀬は最後に、「絶対に、お前が海軍を辞めるのをゆるさん」と、真之を見つめました。



宴席から離れた真之は、偶然、東郷平八郎(渡哲也)と再会します。

真之は東郷に、よき指揮官とは何でしょうか? と、尋ねました。自分にはそれがよく分からないと。

そして、自分の出した命令を後悔したことはありませんか? とも。


自分は自分の命令で、1100人もの清国兵をいっぺんに殺した、と東郷。「指揮官は決断し、命令を下すのが仕事じゃ。いったん刀を抜く覚悟をしたら、あとは戦うだけでごわす」

「じゃっどん、決断に至るまで、あらゆることを考え抜かにゃあならん。そいが指揮官たるものの、責務でごわす」


しかし、考えに考えてどんな決断をしても、結局自分は悔やむ苦しみから逃れられそうにありません。真之は、そう正直に答えました。

「おいも人間じゃ」と、東郷は言います。それは自分も同じだ。悩みや苦しみと無縁ではないと。

「じゃっどん、将たる者、自分が下した決断を、神の如く信じらにゃあ、兵は動かせん」
「決断は一瞬じゃが、正しい決断を求めるなら、その準備には何年、何十年とかかろう」
「よか指揮官とは何か? 犠牲になった兵のためにも、よう考えてほしか」


真之は、父の言葉を思い出します。

“急がば回れ、短期は損気”


本当に必要なもののためなら、回り道もする。十分に、十分に、備える。

後悔のない決断をするために、準備して、準備して、準備する。



後に真之は、日露戦争において、東郷平八郎率いる連合艦隊の参謀となり、旗艦“三笠”に乗り込むことに…

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学生時代、要領のよかった真之。試験の神様ともいわれました。

しかし、人の命が一瞬にして失われるという経験をし、そこに変化が生じたのかもしれません。

要点を抽出するだけでなく、練りに練り、考える。

手際のよさや処理の早さだけでなく、熟考する。


自分は悔やむ苦しみから逃れられそうにありません。

そういった人間の弱さと向かい合うことにより、名参謀・秋山真之は開花したのかもしれません…
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■憲法改正の早期実現を求める国会議員署名について

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■憲法改正の早期実現を求める意見書採択について

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