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今日は何の日 1637年(寛永14年10月25日) - 島原の乱が勃発。

今日は何の日 1637年(寛永14年10月25日) - 島原の乱が勃発。

島原の乱の一揆勢が原城に籠城して、どこの支援を待ち続けたのか

前回の記事で、島原の乱は年貢の減免を求めて農民たちが蹶起したのではなかったことを書いた。乱を主導したのは小西行長の遺臣たちで、代官のもとに押しかけた農民たちは、自分達は元のキリシタンに戻ると宣言し、他の村々や周囲の人々にも、キリシタンに戻ることを迫り、寺社に放火し、僧侶や神官を殺害するなど、宗教色の強いものであった。

厳密に言うと、島原では慶長19年(1614)に松倉重政が入封し、以降のキリシタン弾圧により島原の乱が起こる10年近く前に住民はキリスト教を棄教していた。また、天草では関ヶ原の戦いの後、寺沢広高が領主となり、島原と同様にキリシタン弾圧が行なわれ、ずっと以前から住民はキリスト教を棄教していたのである。

ところが、彼らは島原の乱が起こる直前の短期間のうちにキリシタンに立ち返ったのだが、何がそのきっかけになったのであろうか。

この謎を解く鍵が、島原の乱が勃発する直前の10月13日付けに書かれた『じゅわん廻状』と呼ばれる文書にあるようだ。この文書が、地域一帯に回付され、12日後の10月25日に島原の乱が起こっている。

原文は読みづらいので、神田千里氏の解説でその内容を紹介したい。

「まず『天人』が地上に降り、『ぜんちょ』(gentio、異教徒)はすべて唯一神デウスから火の『ぜいちょ』(juizo、審判)が下されることになったと述べられ、誰でもキリシタンになったものは自分達のもとに馳せ参じよ、特に村々の庄屋や乙名*は馳せ参じよ、との要請がなされている。

さらに『天草四郎様』という人は『天人』であること、たとえ『異教徒』の僧侶であろうとキリシタンに改宗したものはデウスの審判から許されるが、キリシタンに改宗しない者は、デウスから『いんへるの』(inferno、地獄)に堕されると宣言している。

要するに『天人』が来臨し、デウスの審判が行なわれることになったから、キリシタンになって馳せ参じよ、というわけである。」(『宗教で読む戦国時代』p.182)
*乙名(おとな):長老、村落の有力者

この『じゅわん廻状』の原文は、早稲田大学の大橋幸泰准教授の講義のレジメの「史料3」に紹介されており、誰でもネットで読むことができる。
http://www.f.waseda.jp/yohashi/nihonsikenkyuu/0703.pdf

キリスト教の世界では、この世の終末に近くなると主イエス・キリストが再臨して、異教徒が裁かれて地獄に堕ち、キリスト教徒は天に導かれて神の国を確立するという信仰があるようだが、

熱心なキリシタン大名が統治する時代が長かった島原や天草の人々にとっては、領主が変わってキリスト教の棄教を迫られ、多くの仲間を「殉教」で失い、不作であるにもかかわらず過酷な課税をかけられて生活は苦しかったために、

「この世の終末」が近づいてきており、キリストが再臨してキリスト教徒が救われるとの話に飛び付きたくなるような心理的状況にあったことは充分に理解できる。

さらに、島原の乱の起こる26年前に追放されたイエズス会のマルコス神父が、日本を離れる際に残した予言があったことが、神田千里氏の著書に紹介されている。

「その予言書には、26年後、すなわち乱の起こった年に必ず『善人』が生まれ、その者は習わないで字が読めるものである。

天にも徴(しるし)が現われ、人々の頭に『くるす』(十字架)が立ち、雲が焼け、木に饅頭がなり、人々の什器をはじめ野も山も皆焼けるだろう、というものであった(『山田右衛門昨口書写』)。人々はこの予言にある『善人』とは天草四郎すなわち益田四郎であり、彼は『天の使い』に違いないと信じたと言う(同上)。…

事実天草四郎(益田四郎)については、この時期不思議な噂が立っていた。島原の町役人であった杢左衛門の証言では、このころ大矢野村の益田四郎はわずか16歳で近国でも評判になっていた。稽古なしに読書をし、経典の講釈を行ない、やがてキリシタンの世になる、と人々に改宗を勧めた。…(『別当杢左衛門覚書』)」(『宗教で読む戦国時代』 p.183)

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天草四郎像

少し補足すると、天草四郎は関ヶ原の戦いに敗れて斬首された小西行長の遺臣・益田甚兵衛の子として母の実家のある天草諸島の大矢野島(現在の熊本県上天草市)で生まれたとされ、益田家は小西氏滅亡の後、浪人百姓として一家で宇土に居住していたという。

神田氏の著書には、ほかにも当時の島原や天草に残された数多くの記録を紹介しておられるが、これらを読むと、「一揆勢」が代官のところに押しかけたのは、年貢の減免を要求したのではなく、公の場でキリシタンに立ち返ることを宣言することであったことが理解できる。
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最後の審判

この世の終末にイエス・キリストの再臨を信じる人々にとっては、表面的にせよ異教徒であり続けることは、自分自身が裁かれて地獄に墜ちてしまうことになる。

だから、何としてでも元のキリスト教信者に戻りたいと願い、自分が異教徒ではない証(あかし)として、あるいは『天の使い』である天草四郎が異教や異教徒を撲滅する『審判』に協力するために、寺社に火を点けたり僧侶や神官を殺したりしたと理解すれば良いのだろうか。

そして、この「最後の審判」の後は、「異教徒」はこの世にいなくなり、キリシタンだけの世の中に生まれ変わることになる。

さて、一揆勢の蜂起は島原藩の予測をはるかに超えて広がっていった。翌10月26日の早朝にはさらに7ヶ村の立ち返ったキリシタンたちが蜂起し、一揆勢に押されて島原藩の軍勢は島原城に籠城したという。

一方、島原の蜂起を聞いた数日後に、天草地方も多くの住民がキリシタンに立ち返って、蜂起している。

天草四郎を戴いた一揆軍は11月14日に本渡の戦いで富岡城代の三宅重利を討ち取り、さらに唐津藩兵が篭る富岡城を攻撃し、落城寸前まで追い詰めたという。

しかしながら、九州諸藩の討伐軍が近づいていることを知って島原半島に移動し、島原領民の旧主有馬家の居城で廃城となっていた原城に籠城している。

この原城で島原と天草の一揆勢が合流したのだが、幕府側の記録では37千人程の勢力が、大量の鉄砲と弾薬を保有してこの場所に立て籠もったのである。

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板倉重昌

幕府は御書院番頭であった板倉重昌を派遣し、重昌は九州諸藩による討伐軍を率いて原城を包囲して、12月10日、20日に総攻撃を行ったのだが、城の守りは固かった。

そして寛永15年(1638)1月1日に再度攻撃を試みるも失敗に終わり、総大将の板倉重昌は一揆勢から鉄砲の直撃を受けて戦死している。

さらに幕府は討伐上使として老中・松平信綱らを派遣し、西国諸侯の増援を得て12万以上の軍勢で、陸と海から原城を完全に包囲し、兵糧攻めでじっと勝機を待つこととした。

松平信綱

その際松平信綱は籠城する一揆勢に対して、この度の反乱の意図を問い質しているのだが、面白い部分なので神田氏の解説を引用する。

「原城に籠城する一揆に対して幕府総大将の松平信綱は、なぜ籠城して幕府軍に反抗するのか、その理由を矢文(やぶみ)で問い質し『天下』すなわち将軍への遺恨によるのか、それとも『長門守(ながとのかみ)』すなわち島原藩主松倉勝家への遺恨によるのか、もし謂われのある遺恨であれば相談するにやぶさかではない、と宣言した(『新撰御家譜』正月中旬松平信綱矢文)。

これに対して城中から回答があり、『上様』へも『松倉殿』へも遺恨はない、『宗門』のことで籠城しているのであり、『宗門』を認めてほしい、との回答があったという(『新撰御家譜』正月十四日堀江勘兵衛書状)。原城からの一揆の矢文とされるものがいくつか伝わっているがどれも、『宗門』すなわち信仰を認めてほしいとの要求で一致している。

 そのうちの一つは次のように述べている。『現世のことについては、我々は『天下様』(将軍)に背くつもりはありません。もし謀反人などが出た場合には、討伐軍の一手はキリシタンにお任せ下さい。一命を軽んじてご奉公申し上げることを『天主』(デウス)に誓います。しかし『後生の一大事』については、天使様のご命令を守ります』と。(『新撰御家譜』正月十九城中矢文)」(同上書 p.192-193)

前回の記事で、島原の乱は極めて宗教的な動機によるものであることを書いたが、わが国に残されている史料の多くがそのことを裏付けているのである。

にもかかわらず、わが国の通史ではこの乱の原因を島原藩、唐津藩のキリシタン弾圧と苛政にあったとしてきたのだが、そのようなスタンスで書かれているのは、ほとんどがキリスト教徒の立場からの書物である。

例えば『日本基督教史. 下巻』では
「先代の苛税に苦しみつつあった農民らは、この上更に新税を納むるの資力なく、遂に食物に窮し、終に草根、菜蔬を採って辛うじて生命を維ぐに至り、空しく餓えて死せんよりは、一挙領主に反抗して死を速ならしめんことを希い、終に騒乱を爆発するに至った。」

とわが国の通説に近い内容になっているのだが、この書物では一揆勢が大量の鉄砲と銃弾を以て戦った事にはほとんど触れていないのである。
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/943940/230

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原城包囲の図

またオランダ商館長のクーケバッケルは、長崎奉行の要請を受けて、船砲五門を陸揚げして幕府軍に提供し、さらにデ・ライプ号とベッテン号を島原に派遣し、海から城内に艦砲射撃を行なっている。
しかし、キリスト教国であるオランダが、なぜキリシタンの反乱を鎮圧する幕府側に協力したのであろうか。Wikipediaはこう解説している。
「当時オランダとポルトガルは、蘭葡戦争(1603~1663)を戦っており、日本との貿易を独占して敵国ポルトガルを排除しようとするオランダの思惑もあったとされる。また、中世研究家の服部英雄は一揆勢力がポルトガル(カトリック国)と結びつき、幕府側はオランダ(プロテスタント国)と結びついた。このあとの鎖国でのポルトガル排除はオランダとの軍事同盟の結果と考察している。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B3%B6%E5%8E%9F%E3%81%AE%E4%B9%B1

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原城地図

島原・天草で蜂起したキリシタン達が原城跡に籠城したということは、常識的に考えて、どこかの勢力の支援を待つということである。では彼らがどこの支援を待っていのたかと言うと、この地域のキリスト教化に関わったイエズス会やポルトガルかスペインの可能性が高そうだ。次のURLで写真が出ているが、原城阯からはイエズス会のロヨラやザビエルの像が描かれたメダル等、キリシタンの遺品が多数出土している。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~sitijyou/harajo-3.htm

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島原の乱

神田千里氏は中公新書の『島原の乱』で松平信綱がオランダ船の砲撃を要請した理由について、信綱自身がこう述べたと書いている。
「拙者が異国船を呼び寄せたのは、一揆の指導者たちが、我々は『南蛮国』と通じているのでやがて『南蛮』から援軍がやってくる、などといって百姓を騙しているから、その『異国人』(つまりオランダ人)に砲撃させれば『南蛮国』さえあのとおりではないかと百姓も合点がいき、宗旨の嘘に気が付くのではないか、と思った」(中公新書『島原の乱』電子書籍29/58)

江戸幕府は、一揆勢の背後にはポルトガルがいると考えたのだろう。島原の乱の頃はポルトガルとオランダの両国は交戦中であったので、江戸幕府はオランダなら協力要請に応じてくれるという計算をしていたのではないか。

百姓らにとってはポルトガル人もオランダ人も同じ『南蛮人』で区別がつかないと思われるので、オランダの艦船から原城を砲撃させることは、一揆勢に対して大きな心理的打撃を与えることになると松平信綱は考えたようだが、それなりの効果があったと思われる。

実際にポルトガルやイエズス会、あるいはスペインが背後でどう動いたかどうかは、具体的な記録がないのでよく分からないのだが、少なくとも江戸幕府はかなり早い時期から、島原の乱の背後に外国勢力やそれにつながる日本人キリシタンが存在し、その連携によりこの乱が全国に広がることを怖れていたようだ。

たとえば江戸幕府は、11月13日に山形城主保科正之、庄内藩主酒井忠当、四国松山藩主松平定行、今治藩主松平定房ら奥羽や四国の諸大名に国元への帰国を命じている。その理由は「天草蜂起による不慮に備える」ためであったというが、いずれもキリシタンの多い地域である。

特に警戒されたのはキリシタンの多い長崎で、中心に出島があり、ポルトガル商館があった。幕府方は兵力のかなりを割いて、日見峠など長崎につながる場所の警戒に当たったようだが、蜂起の直後に一揆の指導者の一部が戦列を離れ、商売人等に変装して、長崎に行っていた記録や、全国のキリシタンに蜂起を促そうとした記録があるという。

また、オランダ船レイプ号が有馬に到着した際に、幕府の作戦本部の司令塔であった上使戸田左門は、オランダ商館長に対しマニラ攻略の可能性を問いただしたという記録があるのだそうだ。(『オランダ商館日記』1638年2月24日[寛永15年1月11日])マニラはスペインの拠点であるルソン島にあるが、江戸幕府は、スペイン、ポルトガル両国とも敵であり、その拠点を叩きたいと考えていたようだ。

このように江戸幕府は、ポルトガルやスペインが島原に援軍を差し向けることを警戒していたようだが、当時の船の推進力は風であり、冬の季節は長崎からマカオに進めることができても、逆の方向は春以降まで不可能であった。もし一揆勢がもう少し持ちこたえていたら、外国勢力を巻き込んでもっと大規模な戦いになっていてもおかしくない。

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また、当時のわが国にはキリシタンがまだまだ各地にいて、この反乱が全国に飛び火するのを恐れていたのは幕府だけではなかったようだ。

服部英雄氏の『原城の戦いを考え直す――新視点からの新構図』という論考が次のURLにあるが、その中に熊本藩主細川忠利が仙台藩主伊達忠宗に11月12日付に出した書状が紹介され、そのなかで領内の転びキリシタンの動きを警戒せよと忠告していることがわかる。
http://catalog.lib.kyushu-u.ac.jp/handle/2324/17117/p178-197.pdf

細川忠利は細川忠興とガラシャの間に生まれ、幼少時にキリスト教の洗礼を受けた人物である。また書状の相手先である伊達忠宗の父・伊達政宗は、慶長遣欧使節を送り、あわよくばスペインと同盟を結んで、徳川政権にとって代わろうとした時期があった。この点については、以前このブログで詳述したので省略する。

このような史料を読んでいくと、教科書に書かれた「島原の乱」に関する叙述がかなり嘘っぽいことに誰でも気付くことになるだろう。

戦後GHQが、戦勝国にとって都合の悪い史実が書かれた大量の書物を焚書扱いにし、西洋諸国は良い国で、キリスト教は良い宗教で、日本だけが悪い国であったというスタンスで描かれた歴史に書き換え、そのような歴史叙述が、学校やマスコミを通じて広められたために、史実ではないことが日本人の常識となっていることが少なくないのである。

『島原の乱』に関する歴史叙述が、世界史の大きな流れを踏まえて、全面的に書き替えられる日は来るのだろうか。
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