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今日は何の日 1930年、ロンドン海軍軍縮会議が始まる

今日は何の日 1930年、ロンドン海軍軍縮会議が始まる

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 金解禁が行われた昭和五年(1930)一月、セント・ジェームス宮殿(イギリス・ロンドン)において、重要な会議が開かれていた。イギリス・アメリカ・日本・フランス・イタリアという当時の五大軍事大国の代表が集ったロンドン海軍軍縮会議である。

 各国の主席全権は、イギリスはマクドナルド首相、アメリカはスチムソン国務長官、日本は若槻礼次郎元首相、フランスはタルジュ首相、イタリアはグランジ外相。

 当時、イギリスやアメリカは、ついこの間まで極東の一弱小国に過ぎなかった日本が、短期間のうちに清やロシアを倒すまでに成長し、世界第三の軍事大国に上り詰めていたことに脅威を感じていた。

 彼らにとってのもう一つの脅威のドイツは、第一次世界大戦でたたきのめすことができたが、日本は味方についてしまったので、ぶちのめすことはかなわなかった。

 それどころか日本は、大戦中も中国にちょっかいをかけ続け、着々とその勢力を拡大していた。
「日本にはサムライがいる――」

 その頃、欧米では、『武士道』なる本が英語ほか五か国語に訳されて出回っていた。
 新渡戸稲造がサムライ・スピリッツを紹介した本である。

「日本は眠れる獅子と呼ばれた清や、ナポレオンですらかなわなかったロシアにすら、サムライ・スピリッツでもって勝ってしまった国だ。このまま日本を野放しにしておけば、近いうちに東アジア全体が日本の植民地になってしまうだろう。

そして、その後は――」
 イギリス・アメリカにとって非常に都合の悪い事態が待ち受けていることは容易に推測がつく。そうさせないためには、脅してでも、たぶらかしてでも、日本に軍縮を迫らなければならなかった。

 ロンドン以前にも、何度か軍縮会議は開かれ、軍縮条約が調印されていた。

 大正十~十一年(1921~1922)にはワシントン会議が開かれ、ワシントン海軍軍縮条約にて、イギリス・アメリカ・日本・フランス・イタリア間の主力艦(軍艦と航空母艦のこと)保有率を5:5:3:1.67:1.67と定めた。

 これによって日本は、アメリカやイギリスが保有している主力艦の六割までしか保有できなくなってしまったのである。
 そこで、日本海軍は考えた。

「それなら、ちっちゃいのをいっぱい造ればいいんだ」

 日本海軍は大きな主力艦を造るはずだったものを、小さい補助艦(巡洋艦・駆逐艦・潜水艦)に造り直した。無理して小さな艦体に大きな砲台を取り付けたりしたため事故が多発したが、それでも細かいのをたくさん造ることできた。

「どんなもんだ」
 しかし、イギリスやアメリカが、これを黙ってみているはずがなかった。
「今度は補助艦についても制限しよう」

 と、いうことになり、アメリカの提案で昭和二年(1927)にジュネーブ会議が開かれたが、意見が合わずに失敗に終わった。
 そこで今度はイギリスの提案で、ロンドン海軍軍縮会議が開かれたのである。

「今度こそ、日本を軍縮させてやるっ」

 会議に臨んでイギリスやアメリカは意気込んでいた。
 でも、日本海軍にも意地があった。

「イギリスとアメリカの謀略に乗せられて軍縮なんかさせられてたまるか!」

 もともとワシントンの「主力艦対英米六割」に不満だった日本海軍は、補助艦については「対英米七割」を主張、浜口もこれを了承し、この最低限の原則案を会議に持ち込んだのである。

 ところが、イギリスやアメリカなどはこれを認めてくれなかった。
「だめだね。主力艦が六割だから、補助艦も六割でいいじゃないか」

 日本は細かい条件をくっつけたり引っ込めたりしてがんばったが、どうあがいても七割には届かず、アメリカが譲りに譲った妥協案「補助艦全体の保有率対米六割九分七厘五毛(ただし大型巡洋艦は六割)」というものを、いったん持ち帰って出直してくることにした。

「――と、いうわけなのだ」
 若槻礼次郎主席全権から会議の報告を受けた浜口が言った。

「いいんじゃないか。国内でも緊縮財政を推し進めているところだ。これを機に海軍も軍縮したほうがいい」
 幣原喜重郎外相も同調した。

「とにかく、イギリスやアメリカを怒らせるのはまずいでしょう」
 海軍部内でも、アメリカの妥協案は紹介された。岡田啓介軍事参議官はこれに賛成した。

「やむをえないだろう。われわれの目標の『七割』と、わずか『二厘五毛』違うだけじゃないか。たかが『二厘五毛』に目くじら立てて反発することもあるまい」

 しかし、加藤寛治(かとうひろはる)軍令部長や末次信正(すえつぐのぶまさ)軍令部次長は猛烈に反発した。
「たかが『二厘五毛』とは何事だ! この『二厘五毛』の戦力差が、勝敗の命運を決することにもなりかねんのだ!」

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 海軍内でも意見が分かれたが、浜口内閣が岡田を通して反対派を説得、なんとか四月二十二日に条約に調印することができた。

 ところがこれ以前、どうにもおもしくない加藤は、反対の旨を昭和天皇に直言していたのである。

 このことを知った野党立憲政友会の犬養毅や鳩山一郎らが、翌二十三日の議会で激しく浜口内閣にかみついた。

「ああ、なんということだ! 軍令部長が条約調印に反対していたのに、内閣はこれを無視して条約を調印した! 軍令部は統帥権をお持ちである天皇陛下の補佐機関にして、帝国海軍の最高機関である! 内閣は、陛下の御手足に対して反乱を起こしているのも同然である! そもそも軍事条約の調印は統帥権に含まれ、内閣の職務ではない! 内閣のしていることは、『統帥権の干犯』である!」

 いわゆる統帥権干犯問題である。犬養らの発言の反響は大きく、条約反対派・野党・右翼がこぞって内閣に抗議したが、内閣は元老・西園寺公望以下の圧力でこれを乗り切り、なんとか十月二日に条約批准(ひじゅん)にこぎつけた。

 しかし、このことがまもなく、浜口の政治生命を終わらせる事件に発展することになった。
昭和五年(1930)十一月十四日。

 この日の朝、浜口は「燕(つばめ)号」に乗るため東京駅にやって来た。

 「燕号」はこの年に開通したばかりの東京~神戸間を結ぶSL特急である。この日、岡山県で陸軍の軍事演習が行われることになっていたため、浜口はその視察に向かったのであった。

 浜口がプラットホームからまさに列車に乗り込もうとしたとき、一発の銃声がとどろいた。
 パン!
「うう……」
 同時に浜口がうめき、下腹部を抑えてうずくまった。
「ああっ!」
「首相が!」

 秘書官・中島弥団治(なかじまやだんじ)や書記官長・鈴木富士弥(すずきふじや)らがびっくりして浜口を助け起こしたが、彼の顔はすでに真っ青で、言葉を発することもできなくなっていた。

 浜口はすぐに東大病院に運ばれ、手術を受けた。
 銃弾が骨盤まで達する重傷だったが、なんとか一命は取りとめた。

「男子の本懐だ」
 手術後、浜口が漏らした言葉が流行語になった。当時はまだ流行語大賞などなかったが、彼もまたコイズミのように流行語を残したのである。

 一方、犯人のほうはすぐにつかまった。二発目を撃とうとしていたところを警官に取り押さえられたのである。

 犯人は佐郷屋留雄(さごうやとめお)という青年であった。岩田愛之助(いわたあいのすけ)を頭とする愛国社(あいこくしゃ)という右翼団体に所属していたが、背後関係は秘密にしていた。

「浜口は社会を不安におとしめ、陛下の統帥権を犯した。だからやった。何が悪い」

 佐郷屋はそう言った。取調べはすぐすんだ。当時の警察は左翼には厳しかったが、右翼には甘かったという。

 佐郷屋は三年後に死刑を宣告されるが、恩赦で出獄、戦後は井上日昭(いのうえにっしょう)らと護国団を結成するなどの活動をしている。

 浜口の遭難により、内閣は外相幣原喜重郎を臨時代理の首相とした。
「幣原はイギリスやアメリカの言いなりの『国賊』じゃないか!」

 野党や右翼はこれに反発した。議会は混乱した。
「国賊!」
「バカたれ!」
「ロンドン行って条約を調印しなおしてこい!」

 ヤジや怒号で議題が進まず、すぐに休憩となる。退室しようとする幣原らに、野党の怖いお兄さんたちが退路をふさいで騒ぎ立てた。

「逃げるんかー!卑怯者ー!」
「くたばれー!幣原ー!」
「貴様も撃たれろーっ!」

 議場は押し合いへし合い、ヤジや怒号だけでは収まらず、ゲンコツやケリまで乱れ飛ぶ乱闘修羅場となった。まるで某隣国(台湾)の議会のようだ。

「私がいない間に、そのような事態になっているのか……」

 報告を受けた浜口は、三月十日に無理を押して議会へ出席した。まだ骨の中に銃弾を残していたというが、なんという壮絶な登院であろうか。おそらく彼は、議会中に居眠りなんかはしたことはあるまい。

 議会閉会後の四月十三日、浜口は若槻礼次郎に後を託して内閣を総辞職し、四か月後の八月二十六日に例の傷がもとで亡くなった。
 彼の辞世の句が、その邸宅跡にある石碑に刻まれている。

   なすことのいまだ終わらず春を待つ

 こうして、浜口による構造改革は挫折(ざせつ)した。しかし彼は、自分のやった改革が間違っていたとは思っていなかったであろう。

 浜口を失った日本は、やがて無謀な戦争の道へとひた走っていくことになるのである(「制裁味」「攻撃味」等参照)。
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